君のぬくもりに溶かされる(なぜきちんと選んでから観なかったのだろう。本当に迂闊だった。)
そんなことを思いながら、頭まですっぽりと布団に包まるアキラは否が応でも先程見たホラー映画のショッキングなシーンを思い出すのであった。
ホラー映画が苦手なアキラが何故ホラー映画を観る羽目になってしまったのかというと、新たに仕入れたレンタルビデオのチェックをするためであった。
ビデオが正常に動くのか、またお客さんにストーリーを尋ねられた時に答えられるよう、同じくこの店の店長である妹のリンと仕入れたビデオを観ていたのだが、運悪くいくつもの中からパッと手に取り見始めたのがリンが仕入れたホラー映画だったのである。
「お兄ちゃん…怖いなら我慢しなくて良いからね?」
「べ…別に怖くなんかないさ。ホラーといえど結局はフィクション。創造物の範囲でしかないのだから。」
「強がっちゃって…でも本当にダメそうだったら私が最後まで目を通すから無理しないでね?」
とリンなりの優しさで言ってくれたのであろうが、こちらも兄としての威厳がある。
途中何度も目を背けたくなってしまうほどのシーンをなんとか乗り切り最後まで見終えるところまでは良かったのだが、こういった類のものは悲しいことに寝る前にフラッシュバックするのである。
リンの部屋からは音が聞こえないため、おそらく既に夢の中であり、イアス達はスリープモードに入っている。つまり、今このRandom Play内で起きているのは自分だけであることを思いしらされなおさら恐怖が増していく。
ならばいっそのことこのまま寝ずに朝を迎えてしまうことを決め暇を潰すためにスマホを開くと、DMに一件通知が来ていることに気がついた。
(こんな時間にメッセージ…?誰からだろう。)
疑問を浮かべながらDMを開くと、ヴィクトリア家政の執行責任者もとい、アキラの恋人であるライカンからのメッセージであった。
(ライカンさんだ、こんな時間にどうしたのだろう…内容は、どれどれ…?)
(ーアキラ様、こんばんは。本日も大変お疲れ様でした。何かお客様とのトラブルなどは起きませんでしたか?疲労が溜まっているようであればこのライカン、すぐに駆けつけますのでなんなりとお申し付けくださいませ。それでは、おやすみなさい。)
(だって…。ふふっ、ライカンさんの方こそ疲れているだろうにこうして律儀にメッセージを送ってくれるのは嬉しいな。)
恋人からのメッセージに少しだけ恐怖が和らぎ、メッセージを送り返そうとし、手が止まる。
(今、会いたいと送ったらライカンさんは来てくれたりするのだろうか…?ただ、このメッセージは30分前に来たものだ。メッセージを送ってから30分もあれば大抵の人ならば寝てしまうだろうし…)
少し考え、アキラ自身はどっちにせよ眠れないため、思い切って送ってみることにしたのだった。
(ライカンさん、こんばんは。お気遣いどうもありがとう。僕の方は今日も無事に何事もなく終わったよ。強いて言えば、リンとホラー映画を観る羽目になってしまったことかな?ライカンさんはどうだったかな?良い1日を過ごせていたら僕も嬉しいよ。)
(…あと、もし起きていたらで良いんだけど、会いに来てくれたら嬉しいな…なんてね。おやすみなさい、ライカンさん。)
二つに分け、メッセージを送る。
(まぁ、メッセージが来ないようであればライカンさんは寝てしまったと考えて、起きる前に二つ目のメッセージを取り消してしまえば良いからね…)
そう思った瞬間に既読がつき、すぐさま
(かしこまりました。10分後に向かいますので、お手数ですがアキラ様の部屋の窓を開けて待っていてくださいませ。)
とメッセージがきた。
(ええ!いくらなんでも早すぎないか!?半分冗談くらいの気持ちだったのに…というか10分で来るなんて心の準備ができないじゃないか…!)
しかし、狼狽ていても仕方がない為、すぐさま包まっていた布団を直し、身支度をある程度整え、窓を開けるのと同時に人影が部屋の中に入ってきた。
「アキラ様こんばんは。そして大変お待たせしました。このライカン、貴方様の命により只今馳せ参じました。」
と見事なまでのお辞儀をしてみせるライカンさんにあっけにとられてしまう。
「こんばんは…ライカンさん。色々聞きたいことはあるけれど…まずは急に呼び出してしまったのにこうして来てくれてありがとう。」
「いえ、例には及びません。主人の命令にはいち早く対応するのが執事の仕事でございますから。」
「それにしてもあまりにも早すぎやしないかい?ひょっとすると、ライカンさんも眠れない夜を過ごしていたのかい?」
「いいえ、私は寝ようと思えばいつでも寝れる状態ではあったのですが、こう、野生のカン…というやつでしょうか…このまましばらく起きていればアキラ様から連絡が来るのではないか…と。そして案の定、連絡が来た。その為この様に駆けつけることができた次第でございます。」
その言葉にやはり一流の執事はすごいなと関心するアキラをよそにライカンは質問をなげかける。
「して、私に会いたいと言ってくださったのはとても嬉しいのですが、どういったご用件なのでしょうか…?」
「あ…あー…それなんだけど…」
「はい。」
「その…ね…」
「はい。」
「…。」
「…アキラ様?」
いざ面と向かって聞かれてしまうと返に困ってしまい言葉に詰まってしまう。
(だって、だって恥ずかしいだろう?ホラー映画のシーンが頭にこびりついていて目を閉じるとそのシーンを鮮明に思い出してしまって寝れないから恋人の顔を見て癒されたいだなんて!)
悶々とするアキラに対しライカンが
「…失礼を承知で申し上げますが、その反応から察するに、先程リン様とご覧になられたホラー映画のシーンを思い出して寝れなくなっていて、私めに助けを求めた…と言ったところではないでしょうか?」
「…実はその通りなんだ。なんだい?ライカンさんはエスパーか何かなのかい?ここまで正確に当てられたらいっそ清々しいまであるね…」
「やはりそうでしたか…ただその様な状況で真っ先に私を頼ってくださったこと、アキラ様が私に信頼を寄せてくださっていることが分かり、ライカンはとても嬉しゅうございます。」
と言うライカンの尻尾はちぎれんばかりに揺れていて、思わずアキラも笑みが溢れてしまう。
「ふふっ…当たり前だよライカンさん。だって貴方は僕の恋人だろう?恋人ならば相手を頼るのは当然のことだろう。…それに、貴方といれば嬉しさや喜びで一杯になって、怖いという気持ちを忘れられるのではないかと思ったからね。」
「…アキラ様…!!」
「だからね、改めて急なお願いだったのにきてくれてありがとう、ライカンさ…わっ!」
アキラが感謝を言い切る前に、耐えきれなくなってしまったライカンはアキラをグッと腕の中に引き寄せ強く抱きしめる。
「ああ…なんて愛おしい…私は貴方の様な恋人がいることを生涯誇りにいたします…!」
喜びのあまりどんどん抱き締める力が増すライカンに流石のアキラも苦しくなり、背中を叩く。
「ライ、ライカンさん!つよ、強い!苦しい!」
はっとなり抱きしめていた力を緩めアキラを解放する。
「し、失礼致しました!私としたことがアキラ様の言葉に舞い上がってしまいこのような無礼を…」
「い、いや、大丈夫…苦しかったけど、今ので完全に恐怖がどこかに飛んでいったよ」
自身のはしゃぎっぷりを反省し耳と尻尾が垂れ下がってシュンとしてしまう。
(仕事の面では完璧な一流執事だけど、僕の前ではこういう一面を見せてくれるんだよな、愛されてるなぁ僕。)
などとしみじみ思いながら、しゅんとしているライカンさんに声をかける。
「ライカンさん、ライカンさんが嫌でなければでいいのだけれど、ひとつ、恋人のわがままに付き合ってくれないかい?」
「…と、申しますと?」
「今日はいっしょに寝て欲しいんだ、僕のベットで…」
「…。」
「ダメ…かい?」
「いえ、ダメなんてことはありませんよ。私でよろしいのなら、是非アキラ様の抱き枕になりましょうとも。」
「ふふ、ありがとうライカンさん…あ、でもライカンさんパジャマがないよね…」
「いいえ、このようなこともあろうかと持ってきておりました。」
というと、ライカンは持ってきていた鞄からパジャマを取り出す。
「あまりにも用意周到すぎてもう驚かなくなってきたよ…」
「お褒めに預かり、光栄でございます。」
「褒めたつもりはないんだけど…」
「ついでにハーブティーを持ってきましたので、今から入れさせていただきますね。」
「…よろしくお願いします。」
流されるままアキラは、ライカンによるハーブティーや寝れると評判のアロマ、ついでにマッサージまでしてくれるという至れり尽くせりを味わうことになった。
一通りがすみ、眠気が訪れてきたアキラが布団に入ると、それを追うようにライカンが布団に入り、背後からそっと抱きしめる。
「どうでしょうか…苦しくはありませんか?」
「うん、問題ないよ?」
では、ついでに…というとライカンは自身の尻尾をアキラの前に差し出した。
「よろしければ、私の尻尾を抱き枕がわりにお使いくださいませ。」
「え、尻尾を抱きしめて眠っていいなんて…僕は嬉しいけど、本当にいいのかい?」
「勿論でございます。他ならぬ、アキラ様ですから…。」
ありがとう、と感謝を述べると、アキラは目の前のフワフワとした魅力的な尻尾をゆっくりと抱きしめ、顔を埋める。
「ああ…あまりにもフワフワすぎて僕自身がフワフワに吸収されてしまうよ…」
「ふふ…満足していただけますでしょうか?」
「もちろん…幸せだなぁ…」
「私も、貴方様をこの腕で抱き締めて眠れることに何よりの幸福を感じます。」
「あれ、これでは逆に僕がライカンさんの抱き枕になってしまうね…?」
「そうですね…嫌ですか?」
「いいや?むしろ嬉しいよ。貴方の温もりが本当に心地よくて…ふあぁ…」
「眠れそうですか?」
「うん…」
「アキラ様が寝たのを確認するまで、私は起きております。だから安心して眠って下さいませ。」
「ありがとう…おやすみなさい…ライカン…さん…」
「はい、おやすみなさいませ、アキラ様」
尻尾と腕に包み込まれ幸せな気持ちに浸りながら、アキラは眠りに落ちる。
一定のリズムになった呼吸を確認したライカンは、その愛しい恋人の額にそっとキスを落とし、自身も幸せな夢の中へと落ちていくのであった。