アリスは荘園の自室で、一冊の本と向き合っていた。
ついに買ってしまった。
エドガー・ワルデンが描いたオルフレ本……しかも成人向け!
エドガーとオルフェウスは、たまに自作の同人誌をこっそりと販売している。今日の即売会で、この本を見て、あまりに素敵な表紙に魅了され買ってしまったのだ。
まさか、自分が男性同士のカップリング、しかも成人向けの本を買う日が来るとは。
今更ながら恥ずかしくなってきて、アリスは一人で顔を赤らめた。
「よし!」
ごくりと唾を飲み込むと、アリスは表紙をめくった。
物語は日常系だ。
試合中、フレデリックは恐怖を喰らい、開幕早々即死して地下吊される。
仲間が「私を助けなくていい」チャットを送る中、オルフェウスはフレデリックの救助に向かう。
そして、オルフェウスも救助恐怖を喰らい、2人仲良く地下で飛ばされた。
もう、この場面だけでアリスの胸の中に込み上げてくるものがあった。
対戦後、落ち込むフレデリックをオルフェウスは自室に誘う。
「クレイバーグさん。美味しい茶葉が手に入ったんです。良ければ、ご一緒にいかがですか?」
フレデリックはオルフェウスの誘いに応じ、2人きりの時間が流れる。
「そんなに落ち込まないでください。この前キャンベルさんなんて、間違えてハンターを引き寄せて、チェイス時間10秒でしたよ」
オルフェウスの励ましに、フレデリックは悲しげな表情を見せる。
「私なんて……音楽の才能もなければ、チェイスの才能もない。あるのは、この整った容姿だけです」
何か腹立つな、このクレイバーグさん。
紅茶を飲み終え、フレデリックは席を立つ。
「ご馳走様でした。それでは」
帰ろうとしたフレデリックの腕を、オルフェウスが掴む。
「クレイバーグさん!」
そのままオルフェウスはフレデリックをベッドに押し倒す。
「私は……あなたがどんなに戦犯をかましても、あなたのことを愛しています」
オルフェウスの告白に、フレデリックは驚きつつも感情が昂ったような表情を浮かべる。
「オルフェウスさん、私も……茶碗蒸しよりもあなたのことが……!」
ああ、何て良いシーンなのだろう。朝から茶碗蒸しを貪っていたフレデリックが、こんなに熱烈な台詞を言うなんて。
思わずアリスの鼓動も高まってしまう。
次は、ベッドシーンだろうか。フレデリックとオルフェウスの濃厚な絡みが描いてあるはずだ。
アリスはページをめくった。
「俺が代わりに脱ぐ」
いきなり、上裸になったモウロがページいっぱいに出てきた。
「!?!?!?!?」
アリスは開いた口が塞がらない。
私がさっきまで読んでいたオルフレはどこに行ったの?
ここから2人のドスケベベッドシーンが始まるんじゃないの?
しかし、それ以降のページは、様々な角度から見たモウロの上裸しか描いていない。
そして遂に、最終ページに辿り着くまで、オルフェウスとフレデリックのドスケベシーンは出てこなかった。
「ワルデンさん!!」
「わあっ!!」
エドガーは、突然部屋に入ってきたアリスを睨みつける。
「ノックもなしに部屋に入るなんて、失礼すぎるんじゃない?」
「それより、これは何ですか!?」
アリスはエドガーの眼前にオルフレ本を突きつける。
「何で成人向けの本なのに、2人のベッドシーンが描いてないんですか!」
「ああ」
エドガーは、何でもないように言う。
「だって、ただ2人のベッドシーンを描いたって、つまらないじゃん? 僕にしか描けない同人誌を作りたかったんだ」
「だからって、これじゃ詐欺ですよ! 読者はオルフェウスさんとクレイバーグさんの濃厚すぎる絡みが読みたくて、買っているんですよ! しかも何で脱ぐのが関係ないモウロさんなんですか!」
エドガーは、もはやアリスの方を向いていない。机に向き直って、他の原稿を描きながら答える。
「誰を脱がそうかクジをしたら、モウロが当たっただけだよ」
それでも納得がいかない。
アリスは釈然としないまま、成人向けの同人誌を片手に唇を噛んだ。
「そんなにドスケベイチャラブオルフレを見たければ、他人に要求するんじゃなくて、自分で書いたら?」
「え」
エドガーの言葉に、アリスは瞬きをする。
「自分の妄想は、自分で形にしないと」
ワルデンさん……!
「そうですよね、自分が読みたいものは、自分で生み出さないと!」
「そうだよ。他人が作るの待ってるなんて凡人の考えだ」
「でも、私……ワルデンさんの表紙に惹かれて、この本を買ったんです。あなたが描くオルフレのイチャラブシーンを見てみたいです」
アリスの言葉に、エドガーが振り返る。
「そこまで言うなら、君が書いたオルフレの挿絵、描いてあげようか?」
「いいんですか!?」
それからというもの、アリスは、ありとあらゆる成人向け本を読み漁った(全てオルフェウス作)。男女、男同士、組み合わせの性別関係なく読んだ。
色々考えて、面倒くさいので初っ端からベッドシーンに入ることにした。
欲望のままに、書いていく。同人誌を書くなんて初めてのことだから、これでいいのかもわからない。それでも、やる気が出ていて、アリスはわずかな隙を見つけては、作品と向き合っている。今も書きかけの紙が一枚懐に入っている。
「記者さん、少しよろしいですか?」
「はい」
メリーに呼ばれ、アリスはメリーの方へ駆け寄る。
その時、アリスのポケットから書きかけの紙が落ちた。アリスは、それに気づかない。
「記者さん、落としましたよ……」
アリスが落とした紙を拾い上げ、フレデリックは固まった。