土用丑の日に喧嘩する話(高銀)「んん……腹、苦しい♡」
銀時は満足そうに微笑みながら、ふくらんだ腹を撫でた。
「はあ〜〜♡♡人の金で食べるうな重最高〜♡♡」
その目の前には高く積まれた空の丼……米粒ひとつどころかタレの跡すら舐め取られたそれは、食事をしたものの貪欲さを見せつけているようだった。
「やっぱり土用丑の日はうなぎだよな♡♡人の金の♡♡」
「いちいち気色悪い言い方するんじゃねェ」
その隣では、高杉が食後の一服のために煙管を取り出したところであった。
「いや〜、ここ1週間まともに食ってなかったからさ♡♡もう本当にサンキューな♡♡うなぎも美味しすぎて、今日一日は語尾から♡♡が取れねぇよ」
「チッ、安い♡♡だな」
久々の恋人同士の逢瀬。高杉が浮かれた気持ちで待ち合わせ場所に着いた途端、先に待っていた銀時は飢えた獣のような目で高杉の袖を掴んだ。
「今日は土用丑の日だぜ、高杉。蔑ろにするなんざ、江戸っ子が廃るってもんよ」
と、老舗のうなぎ屋に引っ張りこんだのは少し前の事。
高杉とて風流を愛でる男、土用丑の日にうなぎを食べることに異論はなかったし、万年金欠な銀時に高級うなぎを奢ることで財布を気にするほど小さな男でもなかった。
だが、問題は別にあった。
「テメェ、その腹でホテル行く気か」
「あひん♡♡」
高杉がバシィと銀時の膨れた腹を叩く。
銀時は今よりずっと痩せていた幼少期から、食べた分の腹が出やすい体質だ。
しかも最近は、ことあるごとに高杉に飯をたかり、高杉もまたそれを受け入れてきたため、ややムッチリめな体つきになりつつあった。
いや、ムッチリめなことはいい。もともと細めの体つきだったので、むしろ臀部や胸部にボリュームが出て、高杉はもう少し肥やすかとすら考えていた。
だがーー。
「はあ♡♡ホテル?♡♡こんなおなかいっぱいな状態でヤッたら、せっかくのウナギが上からでちゃうだろうが♡♡ってことで、腹拵えも済んだので今日はもう解散ーー♡♡」
言い終わる前に銀時の顔面に高杉の飛び蹴りがヒットしーーその体が宙を飛び、店の外に叩き出される。
ズシャァと音を立てて地面を転がる銀時の頭を上から踏みつける。
「いででで♡♡頭っ、こ、こ、壊れちゃう♡頭壊れちゃう〜♡♡」
「もとから壊れてんだろうが。テメェの頭にはふわふわの綿でも詰まってんのか?あ?人のことメッシーくん扱いしやがって」
「お前メッシーくんはちょっと古いって今の子には伝わらない♡♡って……てか、仮にも恋人の頭を踏みつけるヤツがあるかぁ(怒)♡♡」
「おい、情緒バグってんぞ」
「うなぎバフが……っ♡♡くそっ(憤怒)♡♡」
グリグリと頭を足蹴にしながら、高杉はフゥーと煙管の煙を吐き出す。
「こちとらそれなりに忙しい身なんだぜ?それでも合間を縫って時間作って来たってのに、とんだ雑な扱いじゃねェか」
「あ?テメェこそ会うたびにホテルに連れ込みやがって♡♡体目的かこの野郎♡♡」
銀時は己の頭を踏みつける不埒な足首を掴むと、そのまま勢いよく引き倒した。
「ぐっ」
高杉は咄嗟に受身を取るが、その上に銀時が飛び乗る。
「容赦なく人の頭足蹴にしやがって♡♡」
その顔面に目掛けて振り下ろした拳を顔をかたむけて避けながら、高杉は銀時の下腹に足を絡める。そのまま起き上がる反動で銀時の額に思い切り頭突きをかますと、怯んだ銀時の体が後ろに逸れた。すかさず高杉はその襟元を引き寄せながら、ひざ裏に踵を入れて体を回転させ、銀時の頭を地面に叩きつける。
ーーと、同時に高杉の腹部に銀時の片足があてられる。高杉の体がバランスを崩した瞬間、銀時がその下に潜り込んで高杉の太ももに足裏をあて、押し上げるように投げ飛ばした。
「ぐっ」
「〜〜 このっ♡」
互いに地に伏した二人は、ゆらりと立ち上がり、睨み合う。
高杉は切れた口元を拭うと、ギラギラした目をつりあげてーー笑う。
「ちょうどいい……そもそもテメェには言いたいことがたんまりあったんだ」
「そりゃあ、俺の台詞だ♡♡」
高杉が腰の刀に、銀時は木刀に手をかける。
「人にたかるときくらいもう少し愛想よくしやがれ!」
「靴下裏返したまま出すんじゃねえ♡♡」
二人はほとんど同時に刀を抜き、その刀身をぶつけ合う。
「朝稽古のときいつも逃げやがって!俺に負けるのが怖ェか?」
「ああん?誰が朝飯作って片付けて洗濯物してると思ってんだ♡♡んな時間と体力あるわけねぇだろ♡♡」
「後で俺も手伝うっていつも言ってんだろ!」
「後でっていつだよ♡♡そう言っていつもしねぇじゃんか♡♡」
「俺のタイミングがあんだよ!」
「俺がやれって言ったときにやれって言ってんだよ♡♡」
激しく打ち合う剣戟の舞の合間を縫って打たれる突きが、銀時の喉元を掠める。
「テメェ……」
「これくらい避けられねェなんて、鈍ってるんじゃねェのか?来いよ、稽古でもつけてやらァ」
「よーし、わかった。じゃあ掃除も洗濯も飯も自分の分は自分でやれよ?がんばれ♡がんばれ♡君ならできるよ、炊飯器爆発させて掃除機をまっ黒焦げにした高杉くん♡」
ピキリ、と二人の額に青筋が浮かぶ。
歌舞伎町もいよいよ崩壊かいなやと周囲の人間が固唾を飲みこんだそのときーー!
「そこのいい歳したカップルたちよ!街中で暴れるのはやめたまえ!」
「あんだぁ、テメェ」
「邪魔すんな♡♡」
二人の間に割って入ったのは、一人の男であった。
薄い髪をした、だるだるのズボンを履いた痩身の男は、ブツブツと呟きながら、メガネをカチャカチャと鳴らす。
「ここは公共の場……痴話喧嘩をする場所ではない!」
「あ?俺たちがしてんのは痴話喧嘩なんて甘っちょろいもんじゃねェ」
「そうだそうだ♡♡こちとらたまの取り合いじゃボケェ♡♡」
「フッ!」
「っ!」
細身の男が懐から取り出した吹き矢を銀時に向かって吹く。咄嗟に腕で防ぐもチクリとした痛みが走る。
「ぐっ」
「銀時」
「これは……感覚が遮断されてる…??」
「毒かっ」
「デュフフフ、これは私が作り出した感覚遮断薬……。話は最初から聞いていた。これで黒髪のアンタはありあまる性欲を発散でき、白髪のアンタは心配なくマグロになれーー」
「「ざっけんなぁ」」
高杉と銀時の拳か男の顔面に入る。
「ふざけたマネしやがって、今すぐ解毒剤寄越せこらボケェ♡♡」
「感覚がない?んなヤツ抱いて何が楽しいんだ、変態野郎がっ」
「ぐあーー!」
二人で男を始末し、間隔遮断も無事に解毒すると、高杉は刀をしまいながら銀時の肩を叩く。
「銀時、そろそろ腹ごなしは済んだろ?」
「ったく、強引なんだよお前はいつも」
銀時は口をとがらせながら服に着いた埃を払うと、高杉の腕に自分の手を絡めて密着する。
「あーあ、せっかく腹いっぱい食ったってのにもう消化しちまったじゃんかよ」
「安心しろよ、またたぁんとその腹を膨らませてやるよ。俺のこいつでな」
「そ、そんなの孕んじゃう…!ばか……っ、あ、♡♡取れた」
「やっと気色悪い喋り方も終わったか。んなテメェじゃ萎えて抱けねェ」
「ええー、可愛いだろうがよ」
そう仲睦まじく言い合いながら、バカップルはホテル街へと消えていったのだった。