バレンタインにプロポーズした後の話(高銀)最近、銀時の様子がおかしい。
バレンタインに結婚のプロポーズをして、泡を吹いて倒れたかと思ったらおかしくなった。
そりゃあ、いくら長い付き合いとはいえ、やはり意を決してプロポーズをしたのだから多少の反応や態度が変わることぐらいは予想していたし、それがよいものであればと期待もした。
しかし、しかしーー。
「え、なんで醤油取ってくれたの……お、俺のことが好きだから?」
「トイレットペーパー替えてくれたのって……俺のこと好きだから?」
「燃えるゴミ捨てて来てくれたの……?え、もしかして俺のこと好きだから?」
「高杉が俺にちんちん勃たせてる……俺のこと好きだから?」
一事が万事この状態なのだ。
一応、言っておくがプロポーズする前からそれくらいのことはしていたし、むしろ人としては当然の行いではないだろうか。というか、好きでもない相手に勃起するわけないだろう。
はじめはアイツも喜んで浮かれてくれていて、それで挙動がおかしくなったのかと思っていた。
しかし、どうやらーー本当にいちいち驚いているようにも見える。
「銀時」
「な、名前呼んだ……もしかして、俺のこと好きなの?」
「そうだ」
「そ……そっか……そうなんだ」
この繰り返しを、一日に十回は繰り返しているのである。
はじめてアイツにチョコレートをもらい、恋人という関係になったのは中学三年生のときだった。
俺と銀時はいわゆる幼なじみという関係だった。いつも一緒にいて、馬鹿みたいに騒いで、喧嘩していた悪友だった。
中学生最後のバレンタイン、アイツが俺にチョコレートを寄越してきた。
「そういうことだから」
というその一言に、俺は初めてアイツのことをそう意味で意識してーーそして、落ちた。いや、とっくに落ちていたことに気がついたというべきか。ずっと抱えていた形容しがたい感情に、ようやく名前と形を与えてやれたというべきか。
だから俺も「そうか」と、返事をした。
初めて恋をして、それが成就した日だった。だから、俺にとってバレンタインというのは少しだけ特別だ。
だが、銀時はあけすけに見えてどうにもそういう方面では恥ずかしがり屋らしく、せっかく付き合いはじめたというのにその後から妙に距離を取ってきやがった。まあ、当然ながら追いかけたが。
しかし、なぜかその日以来、俺にバレンタインのチョコレートを渡さなくなった。
まあ、もともと人にものを贈るなんて気の利いた事をする男ではないかと大して気にもしていなかったが、しばらくして他の男には配っていたことが発覚したときには、さすがに怒り狂ったものだ。
付き合ってからというもの手すら繋がせない銀時に対して、我慢の限界もきていた。
さらに思春期まっさかりということもあって、そのまま押し倒してキスをしてやれば、銀時は目をぱちくりとさせて俺を見あげていた。
そのあどけない表情にたまらなくなって、そのまま抱いた。銀時はしきりに「なんで?」「どうして?」と喘ぎながら問いかけてきて、俺はそれに対して「分かるだろ?」と少しばかり乱暴に答えた。
まったく、人を散々に振り回すとんでもない魔性の男だ。銀時とのはじめては、だから少し苦々しい思い出でもある。最初は……それこそうんと優しくしてやろうと、愛してやろうと思っていたはずなのに、気がつけば衝動的に貫いて、揺さぶって、たくさん泣かせてしまった。
それでも気が収まらずに事が終わったあとに、「なんでチョコがねェんだ」と恨み言を言えば、銀時がへろへろと腰が抜けたままチョコレートの代わりにココアを作ってくれた。
甘さが控えめで少しスパイシーなココアを一緒に飲みながら「お前、そんなにチョコすきだったの?」なんて泣いて赤くなった目尻を見せながら可愛くない口を聞くのも、素直にチョコレートを渡せない銀時の捻れた可愛げだと気がつけば、たちまち苛立ちは収まっていた。
やはり、体を繋げると心も近くなるものなのか、それから銀時は素直に俺に身を任せるようになった。
相変わらずつれない素振りも多いが、ベッドの中では俺の背に手を回して可愛らしく鳴くようになった。とことん不器用で意地っ張りな男だと呆れながらも、それもまたこの男の可愛いところなのだ。
「最近のお前の泊まってけコールなんなの?」
「あ?」
関係を持ってしばらくして確信に至ったが、銀時は基本的に朝まで一緒に居たがらない。
どんなに激しく情熱的に愛を交わしあった後であっても、余韻もそこそこに帰ろうとしてしまう。それならばと俺が銀時の家に行けば、「帰れ」と追い出されてしまう。
まったく酷い話だと思う一方でその理由も知っている。すぐに帰ろうとする銀時に苛立ち、気絶するまで犯し尽くしてやったことがある。安心してその体を抱きしめながら眠れば、朝には顎を殴られた。そのときの銀時は、まるで爆発したのかと思うほどの寝癖を両手で抑え、涙目で睨みつけてきていたので、俺はなるほどこの寝癖を見せたくなくて朝を迎えたがらなかったのかと合点がいった。
俺としては鳥の巣のような寝癖も可愛いものでしかないのだが、そこはやはり銀時にも恥じらいというものがあるのだろう。
そう甘やかしてきてそろそろ十年。(ときどきは無理やり朝まで泊めていたが)
流石に俺とて恋人とともに心穏やかに朝寝を迎えたい。
あの手この手で口説き落とし、「お前なんでそんなに必死なの?」と少し引かれつつもなんとか半同棲にまで持ち込んだ。
「あれ?え?泊まるとかいう話じゃなかった?」
と首を傾げる銀時の寝癖を直してやりながら、俺はさっそく銀時の引越しについて考える。
さて、こうして同棲の話が出ると、今までも漠然とは思い描いていた未来のことを本格的に意識しはじめる。
銀時とは末永く、それこそ墓場まで一緒に行くつもりだ。
だが、銀時は未だになにを考えているのかよく分からないときがある。遠慮なんてしない男のくせに、どこか一歩引いたところから俺たちの関係を見ているーーそういう気配があるときは、このバカをどこにも逃がさないとばかりに抱き潰して甘やかすのが常だった。そのためには、やはり一緒に暮らすことが重要だ。
「先生にも挨拶に行かねェとな」
「は?松陽?なんで?」
「一緒に暮らすんだ。今までみてェになあなあはダメだろ。あの人にも俺たちの関係認めもらわなくちゃいけねぇだろうが」
「は?暮らす?そういう話だっけ?てか、認めてもらう?松陽に?正気か?」
「そういう話だ。俺は正気だ」
「いやいやいや、こんな関係を松陽に言うなんてどうかしてるだろ」
「……確かに」
俺は顎に手を当てて考える。
先生は常識に囚われない自由で前衛的な考えを持っているがある一点に関しては、少しばかり古いーーというか硬い。
それは先生が、この腕の中にいる男を目に入れても痛くないと思うほど可愛がっているが故のことではあるのだが……。
つまるところ、俺と銀時は「婚前交渉」をしてしまっていた。
そのことに対して、銀時は心配しているのだろう。礼節を重んじている先生からしてみれば、結婚前の大切な愛息子に手を出すなんざ、怒り心頭になってもおかしくない。
しかし、ならばやはり……それこそしっかりと先生に伝えなくてはいけない。
「行く」
「いや、だからそれおかしいって」
「おかしくなんかねェ。ちゃんと話して認めてもらう。多少の拳骨は覚悟の上だ」
「いやいや、こんな爛れた関係を親に認めてもらうっておかしいだろ」
「ちゃんと説明すれば、先生だって分かってくれるさ」
「いや、なにをわかってくれるんだよ、逆に認められるほうがなんかやだよ」
善は急げだ。グチグチと文句を言いながら抵抗する銀時を引きずりながら先生のところに行き、俺は先生に頭を下げた。
「ずっと黙っていましたが、十年前から俺は銀時と……」
「晋助。私の目も節穴ではありません。ちゃんと気がついていましたよ」
「……先生」
「君に覚悟はあるんですね」
先生はただ一言だけそう聞いてきて、俺は迷いなく頷いた。
「なら、拳骨ひとつで許しましょう。君になら任せられますから」
そして、先生が俺にぽこりと拳骨を落としてきて、俺の体が庭に埋まる。
銀時は始終怪訝そうな顔をしながら、首を捻っていた。
こうして、俺は銀時との同棲ーーもとい結婚を認めてもらったわけだが、ここで俺は重要なことに気がついた。
完全に順番を間違えていたと言ってもいい。いくら「それ」が自明の理とはいえーー俺はまだ銀時にきちんとプロポーズをしていなかったのだ。
銀時へのプロポーズを飛び越えて先生に許しを得たのだから、それは銀時も怪訝に思うというもの。
「まじで意味が分かんないだけど?」と訴えてくる銀時の心情はもっともなものだった。
俺は急いでーーしかし、決して蔑ろにすることなく、しっかりと精査しながら指輪を選んだ。
プロポーズの日取りは今年のバレンタイン。銀時が俺を選んでくれた日だ。
それなのに、どうしてこういうときに限って仕事でトラブルが続いてしまうのだろうか。
別に高級レストランやらなんやらでというようなロマン的なこだわりはない。
しかし、まがりなにりにも一世一代の日だというのに、俺はろくな準備もできず目の下にクマを作りながら、銀時の家にたどり着くので精一杯というのはいかがなものか。
迎え入れられた、あと一ヶ月後には引き払う予定の銀時の家。それはそれで惜しみつつも、新しい生活への期待に胸は膨らんでいく。
とにもかくにも、残業続きで銀時不足だった俺は、ほとんど本能のようにそのまま銀時を思う存分に貪り、そしてようやく落ち着いたときに、格好がつかないプロポーズをしたのだ。
「結婚はまだ早いというか、その友達、いや、恋人からというか」
「何言ってやがる。せめて婚約者だろ」
「こ、婚約者っ!」
プロポーズに対しての銀時の返事は、やはり一筋縄ではいかないようだった。
素直に頷いてはくれないものの、贈った指輪は大事そうにつけてくれているし、その気がないようではなさそうだ。
「婚約者って、それつまり高杉が俺のこと好きってこと?」
「そうだ」
問いかけられるたびに律儀に答えてやれば、銀時は顔を赤らめて「ふ、ふうん」と照れ隠しのように口をとがらせるので、そこにキスしてやる。
「な、ななな、なんでキスっ」
「テメェが好きだからだ」
「馬鹿野郎!恥ずかしいやつ!……お、俺洗濯物取り込んでくるから……!」
耳まで赤く染めながら背を向ける銀時の初々しさに、思わず「ククク」と笑みが零れる。
「なるほど、これがマリッジブルーってやつか。可愛いもんじゃねェか」
面倒なところも好ましく思ってしまうのは惚れた欲目というものか。
式までの段取りに思いをめぐらせる俺は、数日後に本当のマリッジブルーになり失踪しかけた銀時を監禁することになるだなんて、思いもしていなかったわけだが……。