顕蘆の思いつき短文 燈の火も消えて宵闇の中。御帳台からは脛の長い足が伸びていて、獣のような爪先が丸まったり開いたりしていた。浜床の上、帷の中で低く抑えられた囁きが這っていた。
「なんでも……玉などに呪を込める法があるとのことで……拙僧、とても興味がそそられ……」
真っ新な絹の色をした肌を露わにして、鍛え上げられ、引き絞られた弓のようにしなやかな肢体を横たえた法師は迦陵頻伽のように甘く美しい声で共寝の相手に囁いた。長い化生じみた黒と白の髪を寝床の上いっぱいに広げて、後朝のように悩ましげな溜息を吐きながら。
そんな共寝相手の老爺は殆ど寝落ちしていた。
「あ……? おお……どうまん……欲しいなら好きなだけ買うてやろう……」
「嬉しゅうございます……顕光殿……」
顕光は眠たげに唸り、寝返りを打とうとする。だが道満が腕を絡めてきたせいで身動きすらできなくなった。話しかけてくる裸体の巨躯にはもう慣れているので怒りもしない。むしろ寒くて丁度良い温さを感じて一層眠くなってきた。
道満に「顕光殿」と呼ばれるたびに短い返事を返していた彼だが、それも微かになり始めた時に外が騒々しくなった。
「……うるさいな、なんだ?」
寝入り端の耳には侍らせている法師の声以外は騒音でしかなかった。道満が身を起こしながら「夜盗のようですな」と答えた。苛立たしそうに顕光が「おい」とだけ言う。それだけで道満には意図が伝わる。
「はい、静かにさせて参ります」
「何か着ていけ。寒いぞ」
主人の言葉に道満は嬉しそうに頷いて、自身の衣を纏う。御帳の外へ出て閉められた戸を開ける。戸の向こうは庭であるが、やはり夜盗らしい男達が数人立っていた。
驚いた夜盗の一人が道満に向かって矢を放つ。道満が避けるまでもなく、照準の甘かった矢はその顔を掠めて後ろの戸に突き立った。道満は美しい相貌に、みるみる憤怒を激らせる。自分に矢を向けられたからではない。主人の屋敷に無断で入り、傷を付けたことが赦せなかった。
平素の道満であれば面白がって嬲り殺しにしただろうが、久し振りに時間ができて逢瀬を楽しんでいたのだ。早く優しいあの腕の元へ戻りたかった。
道満は一瞬の動作で印を結ぶ。夜盗達は音もなく潰れ、圧縮されて消えた。後にはもう静寂が広がるばかりだった。