アイス・スナイプ・アイススコープを覗きこみ、数百メートル先にいる目標人物を確認する。
先程まで吹き荒れていた風は、今はピタリと止み、絶好のタイミングと言えよう。あとは耳元から聞こえるはずのGOサインを待つばかり。
初夏とはいえ、雲で遮られていない太陽の光は、影にいる俺様にすらその猛威を振るってくる。できれば汗で照準が狂わないことを祈りたい。あーこの作戦が終わったら、アイスをこれでもかと買い込んで、食らいつくしてぇなぁ。
「そんな言い回しをしたら叶わなくなると、菊が言ってなかったか?」
不意に聞こえたその声に少し驚いてしまった。引き金に手を置いてなくて良かった。
「なんだヴェスト、いつから俺様の思考が読み取れるようになったんだ。」
「そんなわけあるか。すべて声に出ていたぞ、まったく。」
暑さで頭でもやられたのかとーー呆れつつも、安堵したような(と思いたい。)言葉が耳にはいる。
まぁ暑さにやられていることについては否定しないが、頭は至って正常だ。こうしてる間にも、目標からは目を離していないのだから。
「連絡寄越したってことは、行動して良いってことだな?」
「それに関してなんだが、もうしばらく待てとの命令が来ている。調印が済み次第行動せよと。」
「はぁ?元々それをさせないための今回の作戦だろ?上は何を考えてる。」
「調印前に事を起こすより、終えた後の方が打撃を与えやすいと、そう言っていた・・・。少しの不利よりも、大きな成果をとったようだ。叶うかどうかも分からないと言うのに。」
シャイセ、思わずそんな言葉が口からこぼれた。無能だと思っちゃいたが、ここまで能無しだとは思わなかった。
「兄さん・・・」
珍しく弱気な声が耳に入り、ようやく話が見えてきた。
元々退避が困難な状況での急な作戦変更。ジンクスを気にする傾向にある我が弟は、俺の呟きを聞き、昔友人から教わった事を考えたに違いない。普段は、生真面目で常に毅然とした態度をとっているにも関わらず、通信では滅多に言わない、プライベートな呼び方をしていることにも気づかぬほどにーー。
「ケセッ心配すんなヴェスト、俺様を誰だと思ってる。完全無欠最強無敵なこの俺に、失敗の2文字は似合わねーだろ?愛しい我が弟よ。」
茶化して言えば、ゴホンと咳払いが聞こえてくる。どうやら今ので照れたらしい。
なんだよ可愛いな。
「何がなんでもヴェストの所に戻って、その頭を撫でてやるぞ」
「やめてくれ、髪が乱れる!じゃなくて、ふざけてないで任務に集中したらどうだ!もう調印が終わる頃じゃないか?!」
どんな顔をしているのか目に浮かぶようだ。俺様の顔も自然とニヤケてしまう。だが、ヴェストの言う通り、目標人物がそろそろ動き出そうとしていた。
「ああそうだな、そろそろ行動を開始する。お前は心配せず、愛しいお兄様の帰りをそこで待ってな?」
ついでにアイスも用意しといてくれよ!と言うと、いい加減にしろ!と怒られてしまった。ちぇっちぇのちぇ~、だがまぁなんやかんや言いながら、俺様に甘いヴェストは必ず用意してくれるはずだ。
それを信じ、改めて気を引き締め、俺は再びスコープの先の人物に意識を戻すのだったーー。