ダイニングテーブルの中央には、スターリンが自ら盛りつけたシチューが湯気を立てている。ヒトラーとスターリンは、テーブルを挟んで向かい合って座っていた。
ヒトラーは椅子に深く腰掛け、眉間にしわを寄せたまま、シチューの乗った皿を警戒するように見つめている。
「おいアディ、その顔はなんだ。私が直々に作った料理だぞ? 何がそんなに不満なんだ。ありがたく食え」
スターリンは笑いながら、スプーンを手に取った。
「不満も何も、お前の手料理なんて、信用できるわけがないだろう」
ヒトラーは腕を組み、スターリンとシチューを交互に睨みつける。口調は硬く、警戒心をむき出しにしていた。
「どうせ、何か変な薬でも入れてるんだろ? 催眠薬か、毒か、それとも…」
「おいおい、どれだけ私を悪役にすれば気が済むんだ。毒なんて入れてない」
スターリンは軽く肩をすくめ、シチューをすくって口に運ぶ。表情を崩すことなく咀嚼し、わざとらしく目を細めた。
「うん、美味い。なかなかいい出来だぞ。お前も食ってみろ。冷める前に」
「食うものか。私はお前の策略には乗らん!」
ヒトラーはテーブルを指でトントンと叩き、椅子の背もたれに身を預ける。口はへの字に曲がり、まるで子供のように頑なだった。
「全く、しかたないな」
スターリンはため息をつき、シチューを再びすくって、今度はそれをヒトラーの口元に差し出した。
「ほれ、あーん」
ヒトラーの目が見開かれた。次の瞬間、まるで戦場のような殺気がヒトラーから放たれた。
「……なんの真似だ?」
「いやお前が、私の作ったありがた〜い料理に手をつけようとしないから。食べさせてやろうと思って」
その言葉に、ヒトラーはついに堪忍袋の緒を切った。椅子を音を立てて立ち上がり、声を張り上げる。
「ふざけるな! 子供扱いしやがって! そんなことされるくらいなら戦車のキャタピラに巻き込まれた方がマシだ!」
「どんだけ嫌なんだよ……。戦争は終わったんだ。そうピリピリするな。それに、食事中に立ち上がるのはマナー違反なんじゃないか?」
スターリンは意地の悪い笑みを浮かべている。怒鳴るヒトラーの姿さえも、どこか楽しんでいるようだ。
ヒトラーは一度深呼吸し、ゆっくりと椅子に座り直した。スターリンの挑発に乗り続けていては、いつまで経っても主導権を握れない。冷静さを取り戻すのだ、と自分に言い聞かせた。
ヒトラーは目を閉じ、口を少しだけ開ける。その顔には緊張と屈辱が入り混じっていた。
だが次の瞬間、スターリンはくすりと笑い、スプーンを自分の口元に持っていった。
「やっぱあーげない」
「……はぁ?!」
ヒトラーは激高し、今にもテーブルをひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。
「私を……私をからかっているのか!」
「お前の真面目に待ってる顔、なかなか悪くなかったぞ。写真でも撮っておけばよかったなぁ」
「死にたいか貴様!!」
その怒号が響き渡ると同時に、ヒトラーはシチューを黙々と食べ始めた。すさまじい勢いで、まるで何かから逃げるようにスプーンを口に運び続ける。
スターリンはその様子を見つめながら言った。
「素直じゃないな、お前は……。本当はそれ、食いたかったんだろ」
ヒトラーは無言で最後の一滴までシチューをすすり終え、椅子を引いて立ち上がった。
「私は……部屋に戻る。お前の顔を見ていたら、食べたもの全部吐き出してしまいそうだ」
そう言い残してそそくさと部屋を出ていくヒトラーの背中を見送りながら、スターリンはほんのわずかに笑った。
「やれやれ……でもまあ、全部食ってくれたんだから、よしとするか」
彼の空になった皿を見つめながら、スターリンはひとり、静かに自分の皿のシチューを口に運んだ。