1945年4月30日、アドルフ・ヒトラーは総統地下壕で自殺した……と思われていた。しかし実際には、ソ連軍の急襲により捕らえられ、極秘の地下収容所に投獄されていたのであった。
捕虜となってから数カ月、ヒトラーはいつものように薄暗い独房で目を覚ます。そして、与えられた硬いパンと水っぽいスープを機械的に胃に流し込み、天井のシミを見つめる。かつて「総統」と呼ばれた男の目は生気を失い、濁っていた。
突然、扉が音を立てて開いた。現れたのはスターリンだった。
「おはようヒトラー。よく眠れたか?」
眠れるわけないだろクソが。ヒトラーは内心で毒づく。スターリンはほぼ毎日、ヒトラーのもとを訪れる。その度に暴力的な尋問や精神を削るような雑談をしてくるので、ヒトラーは心身共に疲弊していた。
今日はどんなことをされるのだろうか。ヒトラーは恐怖と苛立ちを押し殺し、スターリンを目一杯睨みつけた。スターリンは部屋の隅にあった粗末な椅子に腰を下ろし、パイプに火をつける。
「そんな顔しないでくれよ。今日はな、面白いゲームを持ってきたんだ。」
「は?ゲームだと?」
ヒトラーは目を丸くした。スターリンの口からそんな言葉が出るとは予想だにしていなかった。しかし、彼がただの娯楽を提案してくるとはとても思えない。警戒を解くことなく耳を傾ける。
「ルールは簡単だ。私がこれからする質問に『正直に』答えろ。もし私が嘘だと判断すれば……」
スターリンは銃を取り出してヒトラーに向け、笑った。
「その場で撃つ」
ヒトラーの喉が締め付けられる。回答が嘘か真かを決めるのはスターリンの独断、つまり気まぐれだからだ。
「逆に、もしお前が全ての回答に正直に答えることができたなら、少しだけ……外に出してやらなくもない」
その瞬間、少しヒトラーの目が輝いた。外に出ることができるなら、ここから脱出するための糸口が見つかるかもしれない。彼は決意を固める。
「……分かった。やろう」
ヒトラーはスターリンをまっすぐ見つめて言った。
「まず1つ目の質問。お前はなぜ負けた?」
ヒトラーはスターリンの機嫌を損ねないように、機嫌を取るように、ひとつひとつ言葉を選びながら答えた。
「私は……ソ連を脆弱な国家だと誤解していた。だが、その……お前の指導力と戦略の前に、我々は完敗した。お前は冷徹で、知略に富み、誰よりも戦争を理解していた。私が……お前を甘く見ていたからだ……。」
スターリンの目が、ヒトラーを値踏みするように鋭く光る。
「ほう……?」
スターリンは薄く微笑みながら煙を吐き、次の質問を投げかけた。
「2つ目。お前の人生で最大の間違いはなんだった?」
ヒトラーは内心で舌打ちする。趣味の悪い質問ばかりしやがって。それでも彼は、意を決して答えた。
「……最大の間違いは、私がお前と戦おうとしたことだ。ソ連は決して倒せる相手ではなかった……。私は政治家として、戦略家として、未熟だった。最初からお前と協力し、共に支配する道を選べばよかった……」
スターリンは満足そうに笑みを深めた。
「よろしい、では、最後の質問だ。」
彼は身を乗り出し、低い声で尋ねた。
「お前が1番恐れているのはなんだ?」
ヒトラーは迷わずに言った。
「お前だ、スターリン」
沈黙が落ちる。スターリンはパイプを咥えたまま、ヒトラーをじっと見つめる。ヒトラーの鼓動が早まり、額には冷や汗が滲んだ。
スターリンはしばらく考え込み、やがて大きく笑った。
「ハハハ!!なるほど、なるほど!!いいだろう、少しだけ、1時間だけ外に出してやる!!」
ヒトラーの肩から力が抜ける。呼吸を整え、汗を乱暴に拭う。なんとか命は繋いだ。
外に出れば、何か手がかりが見つかるかもしれない。看守の動き、収容所の構造……、どんな些細なものでもいい。そう思った瞬間。
「……だがな、ヒトラー。」
スターリンの声が低く響いた。ヒトラーの背筋が凍りつく。
「私は今までの回答が嘘であることを知っている。そんなこと、本当は思ってないんだろう?」
スターリンは立ち上がり、ヒトラーの周りを歩いた。コツコツ、と靴音が響くたびに、ヒトラーの心臓は激しく鼓動した。
スターリンは静かに煙を吐き出すと、軽く笑った。
「お前が私の機嫌を取ろうとしているのが、あまりにも丸見えだった。だから、情けをかけてやったのだ」
ヒトラーの顔が屈辱で歪んだ。しかし、何も言い返せなかった。ここで否定すれば、死を招きかねない。
スターリンはゆっくりとヒトラーに近づき、彼の耳元に顔を寄せる。そして、低く囁いた。
「運がいいな」
ヒトラーは息を詰まらせた。その言葉が、「今日のところは許す」という意味なのか、「いずれ殺す」という意味なのか、彼には分からなかった。
「ほら、行くぞ」
そう言って、スターリンはヒトラーを中庭に連れて行く。必ずここから逃げ出してやる。ヒトラーは心の奥で固く決意した。