花の名前「土井先生、見なさい、芍薬が咲き始めましたよ」
忍術学園の薬草園で、丸いつぼみをほどき始めたシャクヤクを眺め、山田先生はふと顔を綻ばせた。シャクヤクといえば根から鎮痛剤がとれる薬草である。薬がご入用ですかと聞くと、山田先生は私を見て大きくて吊った目をきょとんとさせた後、表情を大きく崩した。
「かぁ〜っ、あんた、情緒がない男だねぇ。そりゃあ学園にある植物はみな薬草ですけれど、せっかくの花を愛でないなんてもったいない。あたしは芍薬の花が好きですよ。すいと伸びた茎は凛として意志が強そうじゃあないですか。それでいて花は華やかで美しい」
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
美人の例えに使う言葉である。山田先生がシャクヤクの花に誰を重ねているのかを、なんとなく想像がついた。あれは怒らせると怖いですがね、実に佳い女ですよ。わしの妻には勿体無い。正直、いつ振られるか、戦々恐々としとります。あれはわしの戦忍の技量に惚れてくれたんだから、衰えてはいられんのですよ。いつかの酒の席で、恥ずかしがり屋の山田先生が珍しく惚気を零したことを思い出した。
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