【出勝♀】かっちゃんは僕の恋人「おい、なニヤニヤしてんだよ」
きめえ、といつもの毒舌を吐きながら、少し照れた表情を浮べる。
この人は幼馴染みのかっちゃんで僕の恋人だ。
乱暴だしよく怒鳴られるしけれど、かっちゃんは昔からカッコ良くて眩しくて。
弱い自分を受け入れる強さを持った、凜として強くて、美しい女性だ。
昔は彼女に意地悪をされていたし、今でも怒らすと怖い。
でもかっちゃんも雄英に入学し、多くの挫折と周囲の環境の中で、少しずつ変わっていったように思う。
そんなかっちゃんと僕が、紆余曲折をへてお付き合いを始めたのはつい先月のことだ。
それは僕にとってモノ凄いことで、これまで人生の中で忘れられない出来事も多くあったけれど、恋愛というカテゴリーの中では一番のビッグイベントだ。
(だってかっちゃんだぞ?)
僕に恋人が出来たこと自体がありえないし、その相手がずっと険悪だったかっちゃんだ。
過去の自分に言っても信じないだろうし、今の僕だって時々信じられない。
正直かっちゃんに対する感情は複雑で、好きだったこともあれば、あまり関わりたくないと思ったこともある。
同じ雄英高校に入学してから、本当に少しずつ関係が改善された結果、二年の秋に「何か言うことねえのかよ?」と睨んでくるかっちゃんに告白し、クラスの皆に内緒で付き合うことになったのだ。
まさに奇跡と言えるだろう。
かっちゃんと付き合って一ヶ月。
思いの外、僕たちの関係は順調だ。
「出久、手貸せや」
「えっと……うん」
かっちゃんは二人きりだと僕と手を繋ぎたがるし、普段多い暴言もめっきり少なくなる。
先日僕たちはようやくキスをし、一つ一つ着実に恋人としてのステップを踏んでいる。
でも僕には一つ悩みがあった。
それは――。
「爆豪、飯行こうぜ」
「なーなー爆豪、後で課題の分かんないとこ写させてくんないかな?」
そう、かっちゃんの友人である彼ら存在だ。
かっちゃんは普段、切島くんたちといつも行動するのだ。
(かっちゃんは、僕の彼女なのに!)
でも切島くんたちが悪いわけじゃない。
だって彼らはかっちゃんが入学してからの友達だ。
多少距離が近くとも、かっちゃんが彼らに無防備だったとしても、僕には仕方がないことだって分かってはいる。
そもそも僕たちは付き合っていると公言していないし、かっちゃんの周りから友達がいなくなってほしいわけでもない。
切島くんたちのことも好きなので、これまで通りに仲良くして欲しいと思う。
ただ僕が勝手に嫉妬しているだけだ。
「ねえかっちゃん?」
「ああ?」
夕方、僕はかっちゃんと自主トレをしながらそれとなく話を切り出してみた。
「あの……、どうして僕と付き合ってることを内緒にしてるんでしょうか?」
クラスの皆に内緒と言い出したのはかっちゃんだ。
そろそろ公表しても良いのではと思っていると、かっちゃんは僕の願いをあっさりと打ち砕く。
「んなもん、てめえと付き合ってるのことが恥ずかしいからに決まってるだろ」
「そ、そんな!」
ハッキリと言われてショックをうけた。でも同時に仕方ないと思ったりもする。
かっちゃんは派手で美人でカリスマ性もあるけれど、一方の僕はパッとしない地味な見た目だ。
(きっと僕と付き合ってるだなんて、恥ずかしいんだろうな)
だから皆に知られたくないのだ。
(確かに僕の立場ならかっちゃんと付き合っていると伝えても皆びっくりして驚くだけだけれどかっちゃんの立場ならきっとあんな奴と付き合ってると馬鹿にした目で見られるかもしれないしきっと自慢にもならないし……)
「おい、何ブツブツ言ってんだよ」
「ご、ごめ……」
いつの間にか一人の世界に入ってしまっていたようだ。
こういうところもかっちゃんからすれば気持ち悪くて、他の人に知られたくない理由の一つなんだろう。
でもかっちゃんは絶対僕のことが好きだと思うし、そもそも嫌いな相手とは付き合わない人だ。
たとえ皆に言えなくても、それだけを心の支えにしている。
*
昼休みに入る直前、相澤先生が教室に現れるとクラス全員に今開催している『ヒーロー展』の優待券が配られた。
「おおすげえな」
「わー、これ行きたかったやつ!」
「歴代のヒーローの展示もあるから好きな奴もいるだろ?」
ただ終了までの期間が短いので行くならさっさと行くように、とのことだった。
僕は配られたばかりのチケットをじっと見つめながら、チラリとかっちゃんの席を覗く。
(誘っていいのかな、いやいいよね?)
僕はかっちゃんの彼氏なのだ。
昼休みが始まり、僕は周囲を窺いつつ席を立つと、そっとかっちゃんの元へ向かう。
「かっちゃ……」
「なあ爆豪、いつ空いてる?」
けれど、同じタイミングで切島くんが声をかける。
一瞬僕とかっちゃんは目が合ったけれど、すぐに切島くんの方へと注意が向いた。
「ンだよ、デケー声出すなや」
「ヒーロー展。せっかくだし行くだろ? 皆誘って都合つく奴で行こうぜ」
切島くんはそう言って気の良い笑顔を浮かべる。
友達だし仕方がないって分かっている。
それでもやっぱり、かっちゃんとは堂々と二人で過ごせないんだなと思うと少し切なくなった。
(僕と付き合うの、恥ずかしいって言ってたもんね)
消沈した気持ちで二人を見つめていると、僕に気づいた切島くんが爽やかに笑いかけてくれた。
「なあ、緑谷お前も行くか?」
「え、あ、いや……」
百パーセントの善意で誘ってくれる切島くんを見て、断れるはずもない。
やはり切島くんはいい人だから、かっちゃんも友達に選んだのだろう。
僕といるより切島くんたちと一緒にいる方が楽しいんだろうな……なんて、そんな後ろ向きな感情を抱いてしまいそうになるけれど、僕はすぐに切り替える。
「うん、そうだね! ありがとう!」
残念ではあるけれど同じ場にかっちゃんもいるのだ。少しでも前向きな気持ちで提案を受け入れようとしたとき。
「お前は駄目だ」
「え?」
突然、僕を混ぜないと拒絶したのはかっちゃんだ。
隣に居た切島くんが慌ててかっちゃんを注意する。
「おい爆豪、またお前そんな言い方」
「るせー。出久は私と二人で行きたいんだろうが?」
なあ、とからかうように微笑みかけてくる。
「えっ、そう、だけど。えええ……?」
まさかそんなことを言われるとは思わなくて、僕の頬が一気に熱くなる。
(か、かっちゃん!? 気づかれてもいいの?)
とはいえかっちゃんも少し照れくさそうで、ふんっと僕から視線を逸らしそっぽ向く。
「えー、二人とか何なにー? カップルみたいじゃん!」
近くで様子見ていた芦戸さんが心臓に悪い突っ込みをいれてくる。
僕はどんな反応をすれば良いのか分からず慌てていると、かっちゃんが眉を吊り上げ罵声を浴びせる。
「るせー、何か文句あんのかよ!」
「かかか、かっちゃん!!!」
あれ、と思った。
もしかして認めてくれた?
かっちゃんは面倒くせえと舌打ちしたあと、切島くんに、
「そういうことだから私は出久と行く」
と断りをいれていた。
切島くんは少しだけ呆気にとられていたけれど、すぐに気の良い笑顔を浮かべてくれた。
やっぱりいい人だ。
その後、僕はかっちゃんに引きずられるようにして教室を出た。
そのまま教室にいるのも恥ずかしかったので僕としては助かったが、本当にかっちゃんは良かったのだろうか。
「言いたくなかったんじゃないの?」
「まあ恥ずかしいからな」
じゃあ何で、と尋ねようとしたとき。かっちゃんの頬が赤く染まっていることに気づいた。
「うぜえだろ、からかわれるの……」
僕はその時、ようやく勘違いしていることに気づいた。
(僕と付き合ってることが恥ずかしいんじゃなくて、皆からからかわれるのが恥ずかしいってこと!?)
でもそれなら何でからかわれると知って、僕との関係を公言したのだろう。
そんな僕の考えは、かっちゃんにはお見通しだったようだ。
「顔に出すぎなんだよ」
「え? どういうこと?」
「お前に寂しそうな顔させる方が、嫌だっただけだわ」
照れくさそうな顔で、ぼそりと呟くかっちゃんの顔は本当に可愛くて。
愛おしさがこみ上げてきて、たまらなくなる。
「か、かっちゃん!」
「んだよ」
「えっと……、デート楽しだね!」
「たりめーだろ。せいぜいデートコースどうするかで悩んどけや」
ここが学校じゃなければキスだってしたかもしれない。
デートの服はどうしよう。
「そうだ。あのダセェTシャツで来たらすぐ帰るからな」
「そ、そんな!」
そんな他愛のない話をしながら、僕はかっちゃんの恋人なんだと改めて自覚したのだった。