星ない夜に「混乱付与かぁ……」
「先輩、どうしたんですか?」
マシュは、今回の強化内容を見て、苦笑いをする藤丸の顔を見て、どうしたことか、と声をかけた。
カルデアのリソースは少ない、世界で一番贅沢な人海戦術をするためか、どうしても最盛期の姿で呼べても、最盛期の力を再現出来ない。リソースに余裕が出来たときに適宜宝具なり、スキルなりに強化を施している。
今回はその対象がアキレウスだった。マシュから見ても藤丸はアキレウスに思い入れがあるように見えた。だから、喜んでいることだろうと様子を見に来たのだったが。
「いや、アキレウスの強化でちょっとね」
「何かだめでしたか?」
「だめっていうか…」
藤丸は首を捻った。普段の活躍場所を思えば、宝具強化は適切だとマシュは思っていただけに、この反応は意外だった。
「混乱って…なんだろうと思って」
「なんだろう、と言いますと」
「どういう逸話に基づいているのかよくわからなくて」
「逸話…」
大抵の場合、英霊の能力は逸話に基づくものが多い。たまに全く逸話のない、本人の思い込みによるものもなくはないが、ほとんどの場合そうではない。
パリスならば、アキレウスのたった一つの弱点を見抜いたことに基づいた宝具を持っているし、ジークフリートならば、竜殺しの逸話に基づいたスキルを。
そう考えると、たしかにアキレウスに混乱の逸話はない。
「うーん、やはり、あの宝具を見たときのトロイア兵の混乱…ではないでしょうか」
「まぁ、そうなんだろうね…」
むしろ、混乱してたのは、アキレウスの方なんじゃないかな。
藤丸は膝上に置いていたイリアスに目を落とした。パトロクロスの死に、混乱していたのはアキレウスの方だと思うんだ。
「アキレウスさんの方、ですか」
「うん、そう」
「えぇと、むしろ、ヘクトールさんとの一騎打ちのことを考えれば、怖いくらい冷静だったように思えます」
「そのときは、ね。そのあとさ」
「あぁ、」
「あのとき、アキレウスは怒りで前が見えなかったんだと思う、だから混乱していたのはアキレウスの方だったような気がするんだ」
アキレウスは、親友を殺した男を、怒りに任せて死体を戦車で引きずり回した。父親の懇願を受けるまで、決して許すことなく。
「怒りは、粗悪なカンフル剤なんだって、その副作用かもしれないね」
その行為は、神の怒りを買った。だからまだ、アキレウスは自分のことを高らかに大英雄と呼んでいる。
「でもそれだったら、自分に混乱付与にして宝具威力もっと上げてほしかったな」
「先輩、それはちょっと強欲ですよ…」
「そこまで!?」
「十分強いじゃないですか、立派な大英雄ですよ」
じゃあ強くなったアキレウスと出撃でもしようか、と藤丸はマシュに声をかけた。アキレウスは今日もQP稼ぎに駆り出される。明日世界を救うために。