除けて通せ酒の酔い「私は失敗した人間さ、残り十歩、必ず殺せた」
酒でへべれけとなった女が話しだした。男と聞いていたが、女であったとは。髪が酒につきそうになるのをかき上げる仕草などは、なるほど、確かに女だと以蔵は思った。
「残り十歩、なんて遠き道だっただろうか、随分、私は遠くまで来たと思った」
「残り十歩、どいて失敗したんや」
「さぁ…」
酒を飲み干し、わずかに残った水面に映る月をじっと見ている。以蔵は月を見たことなどなかった。暗ければ暗いほどよかった。常に劣等感に苛まれてきた頭が、天誅のときは驚くほど冴え渡った。世界が美しく見えた、よく見ようとも思わなかったが。
「私は考えすぎた、どうすれば殺せる、どうして殺す、その意味を私のものにしたくて、考えていた…、いつまでも…いつまでも…」
「どいてそんな無駄なことをしたんや」
「君はしなかったか」
「せざった」
「そうか」
「そんなことはせん、わしにとってそれは全てやった。先生の言うことは、絶対やった、考える必要はなかった、わしはあのとき、すべてを持っちょった、誰もわしを馬鹿にせざった」
「そうか、私も…はは…」
暗殺者のなり損ないが寝てしまった。以蔵も、何も考えることがなくなったので、同じように寝た。