DominatedΩ性につきまとう、忌むべき性質__月に一度の[[rb:発情期>ヒート]]と、それに伴い放出され無差別にαを誘うフェロモン。
本来なら自制の効かないそれを、五条悟というオメガは生まれつき完全にコントロールすることが出来る。
αを支配出来るΩ、[[rb:ドミナント>dominant]]オメガ__数百年に一度生まれるという希少種。
彼は正しくそれだった。
単にドミナントとかDとか呼ばれることもあるが、身体のつくりは普通のオメガと大して変わらない。一応ヒートもあるし、番うことも妊娠することも出来る。
ただしその美貌は他に並ぶ者がないと言われる程で、自在にコントロールの効く特別なフェロモンは、どんなαも惹き付けラットを誘発する程に甘美で淫靡で強烈。当てられたαはたちまち理性を失って過剰な興奮状態に陥り、立っていることすら出来ずに皆ひれ伏すという。
歴史に残る美男美女や、熱狂的な支持を得た独裁者が、実はドミナントオメガであったという説も濃い。まさに、Ωの頂点にしてαの上に立つ者。
その上、400年ぶりの六眼と無下限呪術の抱き合わせなど。人の上に立つべくして生まれたに違いないと、誰もが、本人でさえ、そう思った。
だから五条にとっては、Ωもαも等しく己より劣る存在であった。
彼らは持って生まれた第二の性の本能のままに、ヒートが来れば所構わず発情し、そのフェロモンに当てられれば途端に理性を失って襲いかかる。どいつもこいつも、意志が弱いったらありゃしない。
これだけヒートの抑制剤やラットの鎮静剤が普及しても未だに無くならない性的暴行事件だって、対策を怠った当事者らが悪いに決まっている。本能のせいだなんてただの言い訳だ。
だからそう、まして「運命の番」など、ロマンチストの妄想かフェロモンによる錯覚だと五条は鼻で笑い飛ばして、一欠片も信じていなかったのだ。
彼に会う、その瞬間までは。
「初めまして、私は夏油傑。よろしく」
一目見て解った。五条の頭のてっぺんから爪先まで痺れるような衝撃が駆け抜けて、全身が、第六感が強く訴える。
これは運命だ。
この男が、このαが、己の運命の相手なのだ__
「非術師?の出で分からないことも多いから、これから__ッ?!」
とその時、ガクンと崩折れるように夏油が膝をついた。巻き込まれた机と椅子が派手な音を立てる。
一体何が、と見開かれた五条の目に、口元を覆った夏油の指の隙間からポタリと滴る鮮血が映った。
「ちょっと五条、やり過ぎ」
くぐもった声にハッとして見ると、家入も眉を潜めて鼻を覆っている。
そして漸く五条は気付く。自分が常に抑え、コントロールしているはずのオメガフェロモン____普通のΩの数倍強く、αにとってはほとんど毒のようなその匂いを発してしまっていることに。
「ッ、悪い」
意識すればフェロモンの放出はピタリと止まったが、五条の脳内は混乱を極めていた。
__おかしい。こんな、無意識にフェロモンを垂れ流してしまうことなんて、今まで一度も無かったのに。
戸惑う五条を放って、家入は強過ぎるフェロモンに当てられて動けない夏油の容態を診始めた。
「α用の鎮静剤は?悪いけど荷物漁るよ」
「内、ポケット……鞄の……」
「自分で飲めるか?抑えるので精一杯なら私打てるけど」
「大、丈夫……はは、やっぱり蓋だけ、開けてくれないか」
震える手で錠剤とペットボトルを受け取り喉に流し込む夏油。
彼の荒かった呼吸が次第に落ち着いていく傍ら、反転術式で鼻血を止めながら家入が五条を睨んだ。
「あのさ、威嚇のつもりか知らないけど、巻き込まないでくれる?
βにはフェロモン効かないっつっても、匂いが分からない訳じゃないし……同級生に目の前で事件起こされるとか御免だから」
「だから悪かったって……。でもさっきのは、俺にだって何がなんだか……」
とその時、扉を引いて夜蛾が入室してきた。夜蛾はβだが、教室に漂う甘ったるい匂いに気付くと僅かに顔をしかめた。
「お前たち、何が……、これは……五条か。窓を開けて換気をしろ。暫くしたらHRを始める」