Bud 夜風が髪をそよがせる。草花の瑞々しい香りと共に吹き込む風は心地よく、請け負った依頼をこなした後の気怠さのせいもあり、気を抜けばそのまま眠ってしまいそうだ。
森の都グリダニアの冒険者ギルドが併設されたこのカーラインカフェで、ユリウス・ビッテンフェルトはギルドから受けた案件の報告を済ませ、一人で酒を嗜んでいた。夜ということもあり、宿を利用しに来たであろう客も多く、店内のそこかしこで冒険者たちがダンジョンで倒したモンスターの話やら武勇伝などを語り合っている…が、しかし、その中にはごく少数といえど、ギルドの依頼請負や飲食・宿泊などとは違った、別の目的で訪れる者がいる。
「お兄さん、今ひとり?」
ユリウスは見知らぬ少女に声を掛けられた。この少女はまさにその別の目的で訪れた者。
「今晩わたしを買ってくれない?金額は応相談」
見たところ10代後半、多く見積もっても20歳も前半にいっているかどうか怪しい少女の行動に、思わず首を傾げる。ユリウスがこういった話を持ち掛けられるのは実は初めての事ではないが、大抵は見るからに夜の店の女だったり、まとう雰囲気でそれとわかる女ばかりだ。
「どうして僕に声をかけたのか知らないけどね、お嬢さん」
もしかするとまだ何も知らない子供ともわからない少女に、並々ならぬ事情があるのだろうと察し、まだまだ酒の残るグラスを静かにテーブルに置く。こんな状況では楽しめるものも楽しめやしない。
あくまでユリウスの推測ではあるが、冒険者相手であれば、あちこち各地を飛び回る者が多いこともありフェードアウトしやすいのであろう。だからと言ってまさかこんな少女に声をかけられるなど想像していなかったのだが。
「ごめんね、お嬢さん。僕は今そういうの必要ないんだ」
そう告げると少女はがっかりしたような顔で「そっか」と一言だけ発して立ち去ろうとする。後ろ姿を見てやっと気づいたが、この少女はこの辺りでは珍しいアウラ族だった。
ふんわりとした髪の毛に隠されていた角と、鱗に覆われた尻尾。異国を感じる装いに確信を得る。事情は知らねど極東からはるばるこの地までやってきて、頼るものもなく、仕方なく取った手段だったのだろう。
「あ、ちょっと待って」
去っていこうとする彼女の細い腕を掴んで、思わず引き止めた。彼女の服の裾からガチャリと音を立てて小ぶりのナイフが落ちる。
「こんな物まで持って、きみ、この辺りじゃ見ない感じだけど、どこから来たんだい?」
「お兄さんには、教える必要ない。もういいでしょ、私が悪かったわ。もう話しかけないから放っておいて」
「そう言われても、放っておけないよ、君のその出で立ちでどのあたりの出身なのかはわかるし、何か事情がおありなんだろう?それよりも、君はまだ相当若いようだけど、なんだってこんなことをしたんだい?ほかにいくらでも生きていく術はあるはずだ」
「だってわたしはよそ者だからここの国の人はよそ者に対して壁があるじゃない?きっとまともに生きていくのは難しい」
確かに、グリダニアで生まれ育った人間には差別意識の高い者が多い。ユリウス自身、エレゼン族ではあるものの、グリダニア建国時代にフォレスターと対立したシェーダーであることもあり、幼い頃など、不当な扱いを受けた経験も少なくなかった。そういった面から考えても、よそから来た者にとっては居心地が悪く思うかもしれない。
「ねえ、もしよければだけど、冒険者ギルドに君を推薦しようか?冒険者なら君が遠い異国の地の出身でここらじゃ見かけない顔だとしても、なんの制約にもならないと思う。まぁ冒険には少しの危険は伴うけど、きみならその心配はなさそうだけどね?」
身を売るにしては似合わない武器を隠し持ち、何食わぬ顔で近づいてきたし、この子との体格差からしても力で負けるはずはないが、腕を掴んだ時に全く彼女がびくともしなかったのだ。腕っぷしのほうはそこらの駆け出し冒険者よりも強いのではないだろうか。
「あとで始末するつもりだったのか知らないけど、武器はもっとしっかりと隠したほうがいいね」
そう微笑みかけて、袖口にまだ隠していた小刀を取り上げると彼女はバツが悪そうな顔で非礼を詫びた。
「あなたは優しそうな顔をしていたから、どうにかできると思っていたの。」
眉も尻尾も、声と連動するようにしょんぼりと下がってしまった。掴まれた腕を解放されてまだ隠し持っていた武器をユリウスに全て差し出す。酒に酔って判断力のなくなった人間なら、あるいは…といったラインナップに思わず苦笑する。
「僕は今晩、家族と待ち合わせしてるからあんまり時間はないんだ。だから明日の昼にまたここで会おう。まずは僕と一緒に簡単な依頼をやってみようよ」
そう言いながら冒険者に配布されるリンクパールを一つ、彼女の手に握らせて明日の約束をした。
「ほんとうに、冒険者になればここでも生きていける?」
彼女の声にほんの少し疑いの色はあるものの、本当はこんなことをしたかったわけではないのだと、困窮した瞳が物語る。
「努力次第なところもあるけどね。何かあったら僕に連絡をするんだよ?いいね?このパールで離れても僕と通信ができる」
「なんで見ず知らずの怪しいコにそこまでするの?」
「なんでだろうね、僕もよくわからないけど、これが縁だったと思ってさ。ほら、さっそく登録に行こうじゃないか。善は急げ、だよ」
テーブルに残したままの酒のことも忘れ、強引に冒険者ギルド登録の受付カウンターまで少女を連れて行き、手続きをさせる。
この怪しげな少女が後にエオルゼアの英雄として自らと共に名を馳せるようになるとは露知らず。