ある夜の戦士と蒼の竜騎士 初めて友を亡くしたあの日から、弱い自分を呪うばかりの日々が続いた。国を追われ、行き場の無くなった自分達を受け入れてくれた、たった一人の友だった。あの時もっと自分に力があれば、彼を失わずに済んだのに、と後悔しては自分の身を痛めつけるような鍛錬に明け暮れた。が、そんな気持ちでいたところで身につく物はなく、ただただ身も心もすり減らすばかりだ。
体にできた傷は癒えても、心に負った傷はなかなか癒えず。新たな出会いと時間がそれをどうにかしてくれたが、心のどこかに彼が居なくなったことで空いた穴は、塞がりきることはなかった。
「よう相棒。寝酒を煽りに来たのか?」
揶揄うような、呆れたような声でエスティニアンが言った。
「久しぶりに、思い出して眠れなくなっちゃったから」
「そうか」
エスティニアンは、テーブルを挟んでヒギリの真向かいに着席する。終末を退けたあとのここ、メリードズメイハネは、初めて訪れたときよりも少しだけ静かだった。
エスティニアンの来訪に気付いたウェイターが注文を取りにやって来ると、彼はいつもの、とひと言告げてテーブルに肘をつく。
「すっかりここの常連なんだね、エスティニアンは。ああ、ウェイターさん、わたしはもう一杯さっきと同じのお願いします」
テーブルを離れるウェイターにおかわりを注文して、向かい側にあるエスティニアンの足にわざと自分の足を伸ばしてぶつける。フッ、と穏やかな顔で微笑んで、蹴り返してくるのが嬉しくて、沈んでいた気持ちがふわりと軽くなるような気になった。
「今日は何してたんだ?相変わらず人助けか」
随分とお疲れのようだな、と皮肉っぽく付け足されて、まあそんなところだ、と返す。
終末を無事に退けたものの、未だ混乱の残る時世。獣に転じてしまった人々…各国での偽神獣の対応に追われ、休暇らしい休暇も取れていない。
「身近な誰かを亡くすことはさ、今回は防げたけど…つらくないわけじゃ、ないんだよね」
思わず漏れた本音を、エスティニアンは黙って聞いてくれる。
「オルシュファンのこと、まだ心のどこかで引きずってる。強くなれたのは彼のおかげでもあるけど……守りたかったなあ…今回だって、目の前で助けられなかった命は、あったんだよ」
「そうか」
目頭が熱くて、じわりと視界がぼやける。
「もっと、強くなりたい」
そう言って俯くと、テーブルにぽつりと雫が落ちた。
「…おい、こんなとこで泣くなよ。俺が泣かせてるみたいだろ」
「ごめん、ちょっとだけ…だから、すぐいつものわたしに、戻るから…」
涙目のまま、笑顔を取り繕ったら、彼は苦虫を噛み潰すような顔をして立ち上がった。そのままヒギリの横まで移動して、片膝を着いて視線の高さを合わせてくれる。
「お前は本当によくやった。やり過ぎなぐらいだ。だから明日は何もせずにゆっくり休め」
髪の毛が乱れるほど、頭を撫でられた。少し乱暴に、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、無骨な指で頬に伝った涙を拭われた。
「お前に涙は、似合わない」
かつての友に言われた言葉を思い出して、また涙が出た。
「おい、なんでまた泣くんだ」
狼狽えながら頭を撫でてくれるエスティニアンの手が優しくて、泣きながら笑ってしまう。
「お待たせ致しました…って、エスティニアンさん…??」
酒を運んできたウェイターが泣き顔のヒギリを見て疑いの目をエスティニアンに向けた。
「……俺は何もしてないからな」
「失礼致しました。ではごゆっくり」
一礼して去っていく後ろ姿を見届けてから、エスティニアンはため息をついた。
「まったく……お前には振り回されるな」
「ごめんね」
でも、知っているのだ。彼はなんだかんだ優しくて、相棒である自分を助けてくれることを。
「相棒だけど、お兄ちゃんみたい」
「おいおい、俺に勝手にきょうだいを増やしてくれるなよ」
彼の手にまた、乱暴に頬を拭われて、やっと涙が止まった。
しばらく顔を合わせていない実兄は今どこで何をしているのだろうか、とふと思いを馳せるが、きっと自分と同じように各国各地の問題解決に奔走しているのだろう。たまにはリンクパール通信で連絡を入れてみようか。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「だから、俺はお前の兄貴になった覚えはないぞ」
「うん」
エスティニアンは立ち上がり、さっきまで座っていた席に戻るとすかさず右手でジョッキを持ち上げる。
「ほら、飲むんだろ今日は」
左手でヒギリのジョッキを指差して、自分のジョッキをぐい、とぶっきらぼうに差し出す。
「わかった、わかったから」
「やっと笑ったな?」
「おかげさまで」
守れなかった命を、今度は守れるように。守れなかったことを悔やんだってその人は帰ってこないのだ。落ち込んでしまったときは、いつも誰かがそばにいてくれた。兄だけでなく、冒険者仲間、暁の賢人たち…そして今はエスティニアンが。
なくしてしまったものは多いが、今の自分を支え続けてくれる者達のためにも、自分の無力を呪うのもそろそろやめにしなくてはいけないと思いながら互いのグラスをぶつけて、二日酔いを覚悟しながら酒を煽った。