揺蕩う劣情 ロイは一瞬、眼の前の光景に我が目を疑った。
森の妖精か、あるいは泉に住む女神の水浴びを目撃してしまったのかと本気で思ってしまった。
森深くにある小さな泉。そこに白い素肌にチャーチスモッグのみという格好でテメノスが静かに水面に浮いていた。小さな泉の水面にはふわりふわりと半透明の布が伸びやかに揺蕩っている。濡れたチャーチスモッグを自由に泳がせながら、気持ちよさそうにテメノスは泉をゆったりと漂っていた。
(……まるで高尚な画家の描く絵画のようだ)
泉へ注がれる柔らかな日光を纏いながら優雅に漂うテメノスの姿に、ロイは思わず感嘆のため息をつく。自分の愛する恋人はこんなにも美しかったのか、と魅入られてしまう。普段から「綺麗だ」「可愛い」と幾度も思いテメノスへと数え切れないほど伝えていたが、今のテメノスはそんな言葉さえも飲み込んでしまうくらい清らかで神秘的な美しさに包まれていた。ほんのりと冷たい水の心地よさを全身で感じながらふわり、ふわりと揺蕩うテメノスの姿にロイは静かに焦がれていく。
「……ロイ?そこにいるのか?」
テメノスからの問いかけに、ああこれは現実なのかとロイは我に返った。
「ふう……。気づいてたのかい、テメノス?」
「なんとなく」
「なんとなく、ね」
泉は足のつく深さだったのか、テメノスが静かに立ち上がりこちらを見上げてくる。泉の水を全身に滴らせながら、ロイのいる岸辺へとゆっくりと歩いていく。
「僕はてっきり泉の女神が水浴びでもしてるのかと思ったよ。…まさかテメノスだったとはね」
「女神?」
水滴のついた長いまつ毛を震わせながら、可笑しそうにテメノスがクスクスと短く笑う。
「なんだそれ。私は男なのに女神って」
「それぐらい美しいと思ったってことさ。まあ、僕にとっては君は女神も同然だけどね」
「ふふっ、私が女神なら……」
濡れた髪から幾筋も雫が溢れ、テメノスの輪郭をなぞる。
「女神の水浴びを覗いた君を鹿に変えないと、ねえ?」
水に濡れた唇を歪ませながら、テメノスは艶やかに笑った。
「ははっ、それは勘弁してほしいなあ。鹿になったら君をこの手で抱けないじゃないか」
笑いながらロイが手を差し出すと、テメノスは当然のようにその手をとった。ひんやりと冷えた手に、ロイの温もりがじんわりと伝わっていく。ロイの力をかりながら、濡れた身体をやや重たげに引きずりつつテメノスは泉から岸辺へとあがった。気怠げな様子でテメノスは膝をつきながらゆっくりと地面の上に座り込む。水をたっぷりと含んだチャーチスモッグがテメノスの身体に張り付き、色白の肌を形どっている。その様を食い入るようにロイは見つめていた。
水の冷たさに反応してツンと布を押し上げる胸の飾り。ああ、そこを可愛がると健気な声をあげながらテメノスは愛らしく鳴くのだ。
布が張り付いていることでより細さの目立つ華奢な腰。折れそうなほどに華奢な腰を何度抱きしめたことか。
薄布に包まれたまろく小さなテメノスの桃尻。その形の良い極上の甘露の味はロイしか知らない。
「…………見過ぎ」
「悪い悪い」
「それ、悪いと思ってないだろう」
まったく、と呆れ気味にテメノスは笑う。
「ねえ、ロイ。悪いと思ってるなら、さ」
「うん?」
「私の身体、温めて?」
顔にかかる雫を払うようにしながらテメノスはロイを見上げた。情欲に濡れた翡翠の瞳がロイの心臓を射抜く。
「……ああ、仰せのままに」
ロイは濡れるのも構わずテメノスへと覆いかぶさり、そのまま揺蕩う劣情へと身を任せた。