お祭り 友と行くお祭り、というのは特別なものだ。
「澄野くん、浴衣似合ってるね」
「面影も似合ってるよ。ヘビ柄の浴衣なんてあるんだな」
今日はお祭りの日。ふたりとも浴衣を着て祭りへと赴いていた。澄野は赤い生地にシンプルな模様のものを、面影は紺の生地に身体に巻き付くような白いヘビがあしらわれているものをそれぞれ纏っていた。互いの髪色を思わせような浴衣姿は、二人に大変よく似合っている。
「いつもの着物もいいけど今日みたいな浴衣姿も涼しげでいいな」
「ふふ、そう言われると照れちゃうな。……それにしても澄野くん。その、良かったの?」
「ん?何がだ?」
「お祭りに行くの、私とで。君なら他の友人たちから引く手数多だったろうに」
「俺が、面影と一緒に行きたかったんだよ。……だめか?」
少し頬を赤くした澄野が面影の目を見つめる。
「……嬉しいよ、澄野くん」
そんな澄野につられるように面影も頬を赤く染める。
「じゃあ、行こうか!お、あっちに屋台がある」
さり気なく面影の手をとり澄野は祭り会場へと足を踏み入れていった。澄野に手をひかれ、先程よりも自身の顔が更に赤くなっていくのを面影は気づかぬふりをした。
「やっぱり屋台といえばたこ焼きだな!……あっつ!」
「大丈夫かい?慌てて食べるからだよ。なんなら私がフーフーしてあげようか♡」
「んなっ!そ、そんなことしなくていいっ」
「お殺、残念。なら、あっちにかき氷があるから、たこ焼きを食べ終わったら一緒に食べないかい?」
「お、食べる食べる!祭りの時のかき氷もいいよな……あっつ!!」
はふはふと忙しく口を動かしながら澄野はたこ焼きを頬張っていく。
「もう、いま注意したばかりだろう?ふふ、そんなに慌てて食べたくなるくらい美味しいのかい?私も食べたくなってきちゃったな。一つ貰っていいかい?」
「ん、ああ、いいぞ…ほら」
澄野は串をプスッとたこ焼きに刺すと面影へと差し出した。差し出されたたこ焼きを面影は少しの間見つめる。
「ん?面影食べるんじゃないのか?ほら」
「じゃあ、いただきます……」
あーん、と口を大きく開けると面影はたこ焼きを一口で頬張った。すぐに口の中にあつあつの生地が流れ込んでくる。
「あちっ!」
「ははっ、面影も人のこと言えないじゃないか!慌てんなって」
面影も澄野同様はふはふと忙しく口を動かしていく。
「ふう、熱かった……けど美味しかったよ、澄野くんがあ〜んてしてくれたたこ焼き♡」
「えっ!?あ、俺そんなつもりじゃなくて、その、つい!!」
「ご馳走様でした♡さあ澄野くん、かき氷を食べに行こう?」
「あ、う、うん……」
澄野は食べ終えたたこ焼きの器を慌ててゴミ箱へと捨てると、かき氷の屋台へと向かう面影の背を追いかけた。カランコロン、と面影の穿いている下駄が小気味良い音を立てる。
「澄野くんは何味にする?」
「んー、じゃあブルーハワイで」
「じゃあ、私はイチゴ味で」
「ブルーハワイとイチゴね…はい、どうぞ。まいどっ!」
屋台の店主から受け取ったかき氷を二人はシャクシャクと美味しそうに咀嚼していく。食べている内におなじみのキーンとした痛みが頭に走る。
「あー、頭キーンてする」
「ああ、アイスクリーム頭痛ね」
「え、これ名前あったのか。しかもかき氷頭痛じゃなくてアイスクリーム頭痛なんだな」
「頭痛が起こる原因としては口の中が急に冷えたりすると冷たさを痛みと錯覚して頭痛が起きるという説があるよ……つまり、澄野くんは慌てて食べ過ぎ」
「うっ!そ、そういう面影はならないのか?」
「ゆっくり食べているからね。なったことないよ」
「そうなのか、なんか悔しい」
ぐぬぬ、と澄野は悔しげに面影を睨む。
「頭は痛くないけど…ほら、見て澄野くん。かき氷食べたらこんな風になっちゃった」
んべ、と面影は澄野へと舌を突き出した。舌の表面はイチゴの赤に濡れている。その艶めかしい赤に、澄野の心臓がドキリと跳ねた。
「ふふ、澄野くんの色に染まっちゃったよぉ♡」
舌を見せびらかしながら、意味ありげに面影は笑う。
「お、お前な!そんなん言うなら俺だってほら!!」
お返し、とばかりに澄野も面影へと舌を見せつける。その舌はブルーハワイの青に濡れていた。
「お、面影の色に俺も染まってる……なんてな!」
自分で言っておいて照れたのか、澄野はすぐに舌をひっこめそっぽを向いた。
やり返された面影も、何故か言い返せず二人の間に沈黙が降りる。
「…………」
「…………澄野くん」
面影に呼びかけられた澄野が言葉を返そうとした、その時
ヒュ〜 ドンッ!!
「あ……花火……」
「え、しまった!もうそんな時間だったのか。俺、楽しくてつい時間忘れてたよ」
「私も」
ドン、ドン、と夏の夜空に沢山の花火が咲いていく。その圧倒的美しさに二人は見とれていた。
(今なら、澄野くんに聞こえないかな──…)
花火に夢中になっている澄野の顔を盗み見ながら、面影は静かに口を開いた。
────好きだよ、澄野くん
面影は自分の想いをそっと花火の中に混ぜた。大きな音と共に綺麗に打ち上がっていく花火にかき消されるように、静かに小さくその想いを口にした。秘めた想いを直接澄野に伝えるつもりはない。友として過ごすこの祭りの思い出だけで自分は十分なのだ、と面影は自分に言い聞かす。
ああ、綺麗だ。
祭りを楽しみ、そして花火が彩る夜空を澄野と二人で見れた。それだけで十分だ。
数多の花火が打ち上がりどこかでだれかが「た〜まや〜」とおなじみの掛け声をあげる。赤、青、緑、白、様々な色が光り弾けていく。
そして最後に、心臓を揺らすほどの大きな音と共にそれまでとは比べ物にならないほど一際大きな花火が弾けて光った。
ああ、本当に綺麗だ。
少しの沈黙のあと、再び人々の喧騒の声が戻ってくる。
「面影……」
先程のあの美しい花火を思い出しているのか。ほう、と感嘆の息を吐きながら澄野は面影へと向き直る。
「澄野くん。花火、綺麗だったね……そろそろ帰るかい?」
澄野を帰路へと促そうと言葉をかけると、その言葉を遮るように面影は手を掴まれた。そのまま澄野は面影を人気のない林の中へとやや強引に連れて行く。
「え、ちょっと澄野くん?どこに行くんだい?」
面影の言葉に、ようやく澄野が足を止め口を開いた。
「俺も、同じ気持ちだよ」
「……え?」
「さっきの」
「な、何を言っているんだい?」
まさか、あんな大きな音の中で聞こえるわけがない。
「と、いうかだな……俺が先に言おうと思っていたのに」
面影の心臓が早鐘を打ち始める。まさかまさかまさか。
「好きだ、面影」
「えっ…えっ!?」
「今日、祭りに誘ったのだって…告白したかったからなんだ。なのに」
自身の心臓の音が先程の花火よりも煩い。いったい、澄野は何を言っているのだろうか?
「まさか、先にいわれるなんて思わなかった」
暗がりの中、澄野がまっすぐに面影を見つめてくる。
「ほんとは二人っきりで花火見れるとこに面影を連れてって花火見た後、お前に告白しようと思ってたんだ。だけど、お前との時間が楽しすぎて花火の時間忘れるし、告白はお前が先にしちゃうし……ああ、くそっ!」
ガバっと澄野は面影を強く抱きしめた。照れ隠しなのだろうか、頭をぐりぐりと面影へと押し付ける。
「もう、ほんと俺カッコ悪い……」
祭りに誘ったあの時から、おそらく澄野は面影のために色々と準備していたのだろう。そんな澄野の気持ちを知らずに、自分はすっかりと祭りを楽しんでいた。面影のために澄野が行動をしてくれたこと。うっかり、それを忘れて祭りを楽しんでしまったこと。そして、今こうして面影に頭をぐりぐりと押し付け悔しがっていること。その全てが面影は愛おしかった。
「カワイイよ、澄野くん」
「ヤダ、カッコいいがいい」
「ふふ、そんなとこも……好きだよ、澄野くん」
「……俺もこうやって受け止めてくれる面影が好きだ」
ああ、心の中が温かいもので満ちていく。
「面影」
「なんだい、澄野くん」
顔を澄野へと向けると柔らかなものが唇へと触れた。僅かにリップ音を立てながら澄野の唇が離れていく。
「んっ……澄野くんたら、大胆だね」
「……かっこよかったか?」
「ドキドキは、したかな」
「なら今度はカッコいいって言わせてやる」
「今度があるの?楽しみだなあ」
そんな会話をしながら夏休みの計画を二人で語り合った。
ああ、恋人と過ごすお祭りというのはなんて素敵で特別なんだろう!