飴玉 カカシが中忍になって幾ばくか。その日はミナトが里外任務の不在日で、医療忍者のリンは病院勤務の日だった。珍しく、オビトとツーマンセル任務を行う日。それなのに、オビトは変わらず遅刻してきた。
「ギリか!?」
「とっくにアウトだよ!バカオビト!」
一人、集合場所で待っていたカカシは組んでいた腕を解き、腰に手を当て道の向こうから走ってくるオビトを見据えた。
「わ、わりぃ…今日は道の途中で困ってるおばあさん見つけちまって…」
「また?その遅刻理由、何回目?」
本当に何回目…いや、何十回…いや、何百回目だろう。
「嘘つくな」
「嘘じゃねーよ!」
「ホントに反省してる?」
「だから謝ってんだろ!」
呆れるカカシに向かって、オビトは「だって無視するワケにはいかねーし…」と唇を尖らせた。
「ハァ…もういいよ。だいたいお前ねぇ、今何時だと思ってる?」
「うっ…すまねぇって……でもよォ、行く先々でおばあさんに会っちまうんだもん」
「だから、何その理由?意味わかんないだけど。言い訳しないでくんない?てゆーか忍なら、ルールを守るのは常識でしょーよ!これオレ前にも言ったよな?あの時もお前、集合時間すっぽかして…」
「あーもー!うるせー!それより聞け!今日はなぁ!お礼にいいもんもらったんだ!」
長くなりそうなカカシの御小言を遮り、「見ろよ!」と開いたオビトの手のひらには、飴の入った包みがころんと転がっていた。
「…?ただの飴じゃない」
「ちげーよ!よく見ろ!ほらここ!」
ずいっと差し出され、カカシはオビトの手のひらのそれを見つめた。よく見るとそこには『忍法!味変化の飴!』と書かれていた。
「何これ?」
「え!?お前これ知らねーの!?」
「知らないよ。普段飴なんて食べないし」
「最近出た夏限定のシリーズなんだぜ?」
オビトがにっと笑う。カカシは「ふーん」と興味なさげにその飴を摘んだ。包装記載の説明書きを目に通す。
「へぇ…陽遁にちなんで味が五種類あるんだ」
「そうだ!その名の通り、舐めてると味が変わるんだ!火遁のイチゴに風遁のメロン、雷遁のレモンに土遁のコーラ!んでもって水遁のブルーハワイ!」
「なんかかき氷のシロップみたいだな」
「そうそれ!モチーフはかき氷で、普段はミルク味の飴なの」
そしてオビトは飴の包装を破き、乳白色の飴玉を取り出した。
「パッと見はいつものと変わんねーんだけど、舐めてると味が変わるんだ」
気づけばカカシは口布を下ろされ、口にその飴を突っ込まれていた。
「んぐ!?」
「食ったことねーならオメーにやる。待たせた詫びだ」
「ちょっと!オレ甘いの苦手なのに…」
「あ。そーいやそうだったっけ…」
わりぃ、と再びオビトが謝る。カカシのこめかみにピキッと青筋が立った。そんなカカシから逃げるように、オビトは数歩後退った。
「ま、まあ落ち着けって…自分が得意なチャクラ属性にあった味に当たると、その日一日ラッキーらしいぜ!」
雷遁に当たるといいな!とオビトは背を向け、ぴゅうと走り出した。変わりゆく味のそれを口の中で転がしながら、カカシは腹を立てて追い駆けた。
◇
五影会談に向かう道中。笠越しに、店頭に陳列する飴袋を見つけたカカシは、そんな過去に記憶を飛ばしていた。
「ハァ…」
今思えば恥ずかしいくらい、昔の自分はバカだった。でもそれは今でもきっと、お互いに言えることで。
「おい。どうした?」
背後から声がかかった。あの頃と同じツンツンとした、けれどあの頃と違う、白髪の彼の姿。その男への感情は形を変えて、今のカカシを苦しめていた。
「いや…懐かしいものを見つけてさ」
水と油だった二人の関係は、昔と比べずいぶんと変わってしまった。あんなに火影になりたいと言っていたオビトが、今や火影となったカカシの補佐に徹している。
外を歩く時は暗部の仮面を外すことなく。表沙汰にできない任務を自ら買って出ては、錆の匂いと共に戻ってくる。
それは本当に、どうしようもないことで。いくらカカシが彼の『火影姿を見たい』と願っても、絶対に叶わない。それがカカシの夢で、今の現実だった。
「ねぇ。あの飴、覚えてる?」
「ん…?ああ、あれか…」
仮面から覗けた目が一瞬儚く、懐かしげに細まる。そんな一挙一動にさえ、カカシの胸は締め付けられるというのに、オビトはそれ以上、何も言ってくれなかった。
「……あれ、食べたい。買ってきてくんない?」
だから、カカシはそう言った。
「は…?お前、甘い物苦手だろう?」
「いいから。火影命令」
財布から一枚札取り出し、押し付ける。オビトは首を傾げながら、困惑した手でその金を受け取り、くるりと背を向けた。
「忙し過ぎておかしくなったか?」
釣り銭と共に渡された飴袋を、早々に開けたカカシを見たオビトが、眉間に皺を寄せた。カカシは「酷いなぁ」と袋を漁り、包みを一つ拾い上げた。ピリッと包装を破く。差し出された飴玉を前にして、オビトはまた首を傾けた。
「なんだこれは?」
「何って…お使いのお礼だよ」
「いらん」
「えー、昔はよく食べてたじゃない」
「砂利じゃないんだ。お前が食べればいいだろう。それにオレは別に、食べなくても…」
「はいはい。じゃあオレも食べるから。お前も食べなさい。ほら!」
「ンぐ…」
仮面を押し上げ、傷の残る口に突っ込む。あの日の意趣返しができたようで、カカシの気分は少し浮上した。そして宣言通り、飴袋からもう一つ取り出し、自身も一つ口に含んだ。
相変わらず甘い物は得意じゃない。けれど、食べられないことはなかった。
「ああ…またイチゴ味だ」
そう呟いたカカシに、オビトは静かに「こっちを食べればよかったな」とこぼした。
「…オレのはレモン味だ」
「そう。じゃあ、交換する?」
口布をずらして、舌に乗せた飴玉を見せると、オビトは「するかバカ」と視線を反らした。カカシは笑う。
「交換したら今日の会談、成功するかもしれないよ?」
「そんなことをせずともお前は成功させるだろ……五代目じゃあるまいし。火影とあろう者が、軽々しく運頼みなんてするもんじゃない」
信頼ありきのお叱り付きで返されてしまったことに、カカシは「厳しいなぁ」と眉尻を下ろした。
「でもさ…ゲン担ぎも必要でしょ?」
「まさか。その為に苦手な飴を食べたのか?」
「ううん。それだけじゃない」
表に出せない想いをひた隠しにして、少しだけ本音を織り交ぜる。
「オレはね。お前の今日一日が、ラッキーであって欲しかったの」
そう笑うカカシに、オビトは仮面をかけ直し、本当に小さく「…バカカシ」呟いた。
「ま!でもやっぱり…甘い物は苦手だな」
甘い口に苦い心が合わず、カカシはゴクリと飴を飲み込んだ。
がんじがらめの現実で、僅かに溢れる感情を拾い集める。たとえそれが幸福でなくとも。
「残りは全部、お前にあげる」
手元の飴袋をオビトへと押し付ける。
この飴みたいに、お前の中で溶けてしまえばいいのに。口内に残った欠片を飲み下す。甘い夢のようなそれが、叶わなくても。
ただ幸福を。
そう願う。カカシの想いに、嘘はなかった。