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    mrrrvym

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    はなみさんのイラストから書きました小説です。

    ykmm交流会作品 人生の中で後悔と言い切れる後悔は幾つあるだろうか。数えたことなんてないけれど、少なくとも数個は頭の中に浮かんでいる。いくら掻き消そうとも消えず、正当化しようにも形を変えない思い出の凶器は、時たま僕の心を遠慮なく刺し、頭の中を真っ白にさせる。だから必死で現実という、いくらでも変えることができる時間を使って凶器の刃に布を巻く。固まった感情が自分を傷つけないようにと必死になる。
    (後悔か……)
     どうして今、こんなことが頭によぎったのか。気の早い走馬灯が見せたのか。わけも分からないが頭をよぎったことに、区切りをつけるように深く息を吐く。この先は考え事をしていたら、本当に走馬灯を見ることになる。
     ホルダーに入れていた拳銃を手にし、足音を立てないように一歩、二歩と壁に沿って歩く。手元の拳銃が鳴らないように息を殺しながら慎重な動作で胸元へ持っていき、そして三つカウントをしてから物陰から勢いよく体を出した。
    「動くなっ!!」
     光が差さない暗い物陰から明るい倉庫の一角に出れば、明るさに視界は軽く揺れる。様々な物が積まれているもののライトの光に照らされた倉庫の中は、積み上がったホコリが舞い、叫び声は僅かに反響して自分の耳へ返ってきた。
     拳銃を構えて数歩、物が散乱する床を進む。警戒をするように周囲を見渡し、視界に入った僅かな影に怯えたように振り返る。何処から襲われるか分からない状況に落ち着いたはずの視界は再び揺れだす。
     辺りを見ても何もない。十分に時間を取ったのに自分の足音しか聞こえない静けさにじわじわと緊張が解け始める。
     衣擦れが聞こえたのは、その時だった。
    「刑事さんったら、こわーいっ」
     雑多に置かれた物陰から、ゆっくりと一人分の影が生まれる。鍛えた体つきやノースリーブの服、ホットピンクの瞳は間違えない、爆弾魔の姿だった。
    「両手を挙げろ」
     引き金から指を外しているものの、銃口を相手に向ける。ジリジリと近づいていき、一定の距離になったとき足を止めた。
     対して、相手は相変わらずのヘラヘラとした表情のまま「よっこらしょ」と言って荷物の山から抜け出すように体を動かす。銃を構え直すたびに、分かってると言わんばかりに両手は挙げたが、すぐに下ろして自分勝手に動いていた。
    「動くなと言っているだろう」
     完全にバカにされている。
     さすがに誰だって分かる。苛立ちは頭の中に染み込むように広がっていく。冷静になろうと何度か深く息を吐いたものの、目の前の男の様子を見ればそんなもの何の意味も無かった。
     銃口を向けたところで脅しになんてならない。分かっていたはずなのに、いざ目の前にすれば事実に反吐が出そうになる。
    「ここはお前の拠点なのか」
     それならば別の切り口で探るしかない。
     そもそも爆発物がある可能性が高いこの場所で不用意に引き金を引くのは危険すぎる。いくら自分が優位に見える状況でも、あくまでここは相手の場所で、彼の身体能力の高さからしても自分が不利なのだ。様々な角度から見ても引き金を引くことはできない。
     拳銃をホルダーに戻して、ため息を吐いてからぐるりと辺りを見回す。橙色のライトが照らす、錆びた棚やコンテナがある倉庫の一角。端から見れば、ただ物が積み重なっているだけに見えたが、内側に入れば立派な拠点だった。
    「住みやすそうでしょ」
     自慢気に話す爆弾魔は、やっと抜け出せたのか腕についた埃を払いながら僕の側に歩み寄り、大きく伸びをする。
    「だいぶ散らかってるように見えるが」
    「え、うそっ! これでも刑事さんが来るから片付けしたんだけど!」
    「これでか……」
     いったいなんの冗談なのか。物があちらこちらに散らばる場所は、口が裂けても整理整頓が出来ていると言いがたい。普段火薬や薬品などを扱う人間がよくもまあ片付けたと言えたものだといいたいけれど、それすらバカにされている可能性にツッコミを入れる気はなくなった。
    (いや、そうじゃなくて)
     心の中に流れる曖昧な感情に口が塞がる。
    「ヤバい、ヤバい。うそっ、三時間かけて綺麗にしたのに」
     若干慌てたように物を動かしている様子を見るに本気で片付けたと思っているのだと察したら、言葉にする気も失くなった。物の位置を変える行為は片付けとは言わないと言ってやりたい気持ちもある。
     しかし、ここまで物があれば相手のことを知るのには十分だ。焦って片付けをする(ただ物陰にゴミを隠している)相手を横目にぐるりと見渡す。薬品が入っていると思われる瓶やツールボックスのような箱が戸棚に並び、何かしらの書物は棚の上に積み重なっている。奥に見えるのは地図だろう。積み重なるごみ袋には菓子やペットボトルのラベルが見え、少なくともここで何かしら行っている気配が掴めた。
     爆弾魔を含む組織の人間は複数の拠点を持ち、活動をしている。ここはコイツだけが使っていると考えていたが、予想は大方当たっている気がする。場所の広さもだが、丸められた衣服や吊るされた下着などから一人分の存在しか汲み取れない。
    (それとも、突入されることを察して隠したか)
     頭の中は妙に冷静なのにグルグルと回る思考は止まることを知らないように動き続ける。こんな状況でも冷めきった自分自身に笑いすら出そうだったが、俯いて感情を抑え、再び顔をあげた。
    「……なんだこれ」
     ふと、視界に入ったものに咄嗟に眉間にしわが寄る。近づいてよく見てみれば衣服に並んでカラーで出した写真が吊り下げられていた。
     それは別にどうでもいい。問題はそこに写っているのが自分の横顔だということだ。いつ撮ったのだろうか。フェンスのようなものが写っているのを見るに、組織の拠点を割り出そうと調査をしていた時のように見える。その時は、使われていた倉庫を割り出す事は出来たものの奴らには一人も会うことはなかったはずだ。
     しかし写真を撮られていることから、秘密裏に行った調査もバレていたと言うことだろう。
    (盗撮か、いい趣味してるな)
     わざわざ見せしめるために貼り付けたんだろうか。僕が単独で突入することを見越して飾ったなら、本当に性格が悪い。
     ため息を吐き、目線をそらす。
     しかし、再び引っかかりを覚えて顔を上げた。もちろん写真だって気になる。たが、写真の隣に吊り下げられた衣類に視線は止まった。先程までは大して気にしなかった下着や衣服だが、写真の隣に干されては気にせずにはいられなくなる。よく見れば、並ぶのは見なれたものばかりだ。
     いや、むしろ知っているものしかない。身に覚えがありすぎる。
    「これ、僕のと同じじゃないか」
    「あ、気がついた? いいでしょー、オレが頑張って揃えた刑事さんのコレクション」
    「コレクション……?」
    「そう! 同じなんかじゃないよ、刑事さんの現物だよ! キュンとしちゃうよね! はわ、刑事さんの香りがすっ……、って、痛い! ちょっと物を投げないでよ!」
     自分は冷静な人間だ。いくら真剣になろうと心の中は悲しいほどに冷めていると思っていた。
     ああ、思っていたとも、二分ほど前までは。
     しかし、気がつけばそこらに散らばるゴミと言うゴミを全力で投げている自分が居て、間合いとか関係なしに振り上げた足で思い切り爆弾魔を蹴り飛ばしていた。
    「お前は恥ずかしくないのか!? これ全部、僕の私物だろ!? 最近、やけに物忘れが多いなと出先から帰るたびに思っていたがお前か!」
    「だってホテルとか車の中に置きっぱなしにしてあったから。取れちゃう所に置いとくのが悪いだろ!? てか、痛い! そんな蹴らないでよ、暴行罪と職権乱用で訴えるよ!」
    「勝手にしろ。それより先にお前を窃盗罪で捕まえてやる」
    「にしても、もう少しカッコよく問い詰めてくんないと! こういうのは拳銃バーンってするもんだろ!?」
     どんな夢を見ているのだろうか。
     ペットボトルやら空き瓶やら、目に付く物を腹あたりにひたすらに投げ続ければ相手も相手で、どこに仕舞ってたのか分からない板を盾に使い出した。確かに拳銃を使えば簡単に身体に傷をつけさせることはできるだろう。だが、コイツに使う銃弾すら勿体ない。それに、拳銃を使ったことを上に報告をする時になんて言えばいいんだ。自分の下着を盗んだ奴だったので撃ちましたとでも言うのか。それじゃな同時に僕の刑事生活も終わりを迎える。
     やっぱりコイツは撃つべき人間じゃない。それ以下のカスだ。
    「さすが刑事さんだよね、使ってるもの全部イケメンな匂いだったよ。もうドキドキしちゃうくらいの」
    「嗅ぐな! いいから返せ!」
    「ヤダよ! オレが必死にかき集めたコレクションなんだから! 刑事さん、取り戻してもどうせ捨てるでしょ! なら、オレにちょうだいよ!!」
    「人のものを盗んでおいてよく言うな!」
     手を伸ばし、吊り下がる物を掴もうとするが、相手の方が1枚上手でみるみるうちに消えていく。
    「おい!」
     取っ組み合いをして奪い返そうとするも、指先に掠りもしない。爆弾魔は素早く下着やネクタイを回収すると、これまた器用にコンテナが積み重なる奥の方へ投げていった。宙を飛び、消えた下着や靴下たち。慌てて相手の腕を掴んだが全てが遅く、手のひらに何一つ残ってはいない。
    「ざーんねん」
     苦い顔をする自分に対してケラケラと楽しそうに笑う表情は軽い。どうしてそんなにも明るく笑えるのだろうか。たった今、自分が揶揄われたから思うことじゃない。
     事件を追う中で、ずっと気になっていたことだった。
    「お前は人を馬鹿にして、傷つけることがそんなに好きなのか」
     世間を揺るがす事件を起こし、人を傷つけてなおヘラヘラと生きていけることが理解できない。なぜ繰り返す、どうして最低な行いを平然とできる。どうして楽しそうな顔をして生きていられる。投げかけたい感情は山ほどある。いつか緩んだ口元から反省の言葉を捻り出させると誓ったのに、いま目の前にいる人間を見たら、この男に憂う感情自体あるのかが不思議になった。
    「なにがお前をそうさせるんだ」
     人間じゃない、まるで未知の生き物を見ているみたいだ。今まで何人もの犯罪者と向き合ってきたのに、誰よりも人間らしさを感じ取れない。
     感情のまま零した言葉は僅かに反響をしてから消えてゆく。爆弾魔は目を細めたあと、ゆっくりと口角を上げた。
    「刑事さんは本当にいい人生を送ってきたんだろうね」
    「どういう意味だ」
     穏やかに、しかし自虐的にも見える笑みを浮かべてこちらを見る目は温く、咄嗟に目を逸らしたくなる。今まで見てきたどの表情よりも落ち着いているのに、逃げたくなるような不気味さがあった。
    「人が犯罪を起こすのには理由がある。家庭環境だったり人間関係の縺れだったり、何かしらの事情があるんじゃないかって考えている。さっき言ったことだって、そういう考えがあるから言えることでしょう」
    「統計学上、出ていることだ」
    「それを信じてるのが『いい人生』って言ってるんだよ」
     そう言うと、舞うように両手を広げてふわりと回る。普段纏っているコートがないせいで、体のラインがはっきりと見える身体は身軽で頼りない。バレエをする少女のように手首に僅かな角度をつけ、軽く伏せ垂れた目には憂いのようなものを感じ取れた。まるで感情があるかのように見せてきた。
     そうして暫く回った後、片足をついて止まり、ふんわりと揺れる髪をそのままに視線を向ける。いつも自分たちを馬鹿にするように見つめるあの瞳に僕が映る。
    「世の中には生まれた瞬間から化け物な人間はいるよ」
     顎をわずかに上げ、にんまりとした表情を浮かべる。おかしそうに細められた瞳は、僅かな光が反射し、悔しいくらいに綺麗だった。
    「人はね、それを信じられない。だから自分たちを納得させるために色んな事に理由をつけたがるんだよ。そうすれば『しょうがない』って理解が出来るから」
    「歪んだ考えをするんだな。言っておくが、納得する理由がほしいんじゃない、原因を見つけて正しい判断をするためだ」
    「そうだね。刑事さん、それは正しいよ」
     正しいと言うわりに、表情は馬鹿にしたようなまま。爆弾魔はフッと笑いをこぼし、首を傾げた。
    「それで、刑事さんはオレから『それなりの』事情を汲み取れたの」
     心臓が浮いたかのような不快感。両足で地面に立っているのに、足元が崩れていくような錯覚。胸の奥に感じたふわりとした気持ち悪さに眉間にしわを寄せた。怒りや気色の悪さが沸き上がる。刑事として必要な冷静さを離さないにために必死で不快感に蓋をするのに、いくら抑え込んでも僅かな隙間から漏れて体中に広がっていく。
    「……自分が化け物だって言いたいのか。大きく出たな」
     気がつけばホルダーにある拳銃を手にしようと片手が僅かに動いていた。不快感の原因を消したいからじゃない。本能的に手にしようとしていた。
     しかし、相手はまったく動じる様子もなく、むしろ可笑しそうにケラケラと笑うだけ。本当に気色が悪いほどに明るく笑う。
    「さあ、オレには分かんないよ。オレが気が付かないだけで、実は他人に同情される要素があるかもしれないでしょ」
    「悪いが、お前を追っていて同情することなんて一度もなかったよ」
    「そっか。それは残念」
     口ぶりはまさに他人事のそれだった。ふっと、吹き出すように笑い、二歩前に進む。
    「なん……っ」
     鼻先が掠りそうな近い位置で立ち止まると、こちらが避ける隙もなく唇を重ねた。
    「んっ……!」
     咄嗟に突き飛ばそうとするも、胸ぐらを掴まれて下手に離れることも出来ない。肩を掴んで引き剥がそうとしたが、掴まれる手の力は弱まることもなく、むしろ押される形で後ろへと倒れ込んだ。
    「クソッ」
     幸い、ごみ袋の山が二人分の体を受け止めてくれたようで体のあちこちに痛みがあるものの鈍痛はない。舞い上がった砂ぼこりに咳をすれば、視界の端に起き上がる姿が映った。仕返しをするように、振り上げた片腕で相手の頬を思い切り殴る。
    「……ぃ、ってぇ」
     漏れ聞こえる声を無視してグラリと揺れる体を止めるように黒髪を鷲掴む。無理やりに顔を上げさせれば、先ほどの声とは裏腹に心底可笑しいと言うように笑う奴の顔が見えた。
     殴られたために頬は赤く、片方の鼻の穴からは鼻血が垂れる。飄々とした、痛みを知らないというような余裕そうな顔は汚れた。笑えるほどに人間らしいのに気味の悪さを感じる笑みは変わらず浮かべられている。
    「なにがおかしい」
     真正面から睨みつける。前髪を掴む指の間から、ハラハラと白いメッシュが入る髪が逃げるように下がっていった。
    「そうだよ、刑事さんはそういう顔が最高なんだよ」
    「……バカにしてるのか」
    「まさか。刑事さんのそういう顔、もっと見せてよ。そうやって憎たらしそうに見られてる時が一番生きてるって感じがする」
     目眩がしそうなほどに甘ったるい声。そして聞こえた今までと比にならないほどに大きな笑い声は閉じた言葉に永遠と響く。僕らを照らす橙の光も視界に映る奴の顔も、雑多に置かれた荷物だって、楽しげな笑い声に揺さぶられ、全てがぐちゃぐちゃで酔ってしまいそうなほどに視界を歪めた。
    「だぁいすき」
     ここまで幸せそうな表情を今まで見たことがあっただろうか。何度も何度も見たと思った顔は、花が咲くような満面の笑みを見せる。その表情は奇しくも、今まで見たどの顔よりも人間らしくあった。
    (後悔か)
     ここまで来る道のりで考えた方が頭を過る。やはり気の早い走馬灯が見せた夢なのだろう。
    「お前なんかと出逢わなきゃよかったよ」
     後悔は数個はあると思っていた。でも、あんなもの後悔じゃないと今の自分なら言うだろう。
     拭っても拭っても、消えることがない感情を言うんだ。悔しいほどに今なら分かる。自分の人生の中での最大の後悔は、たった今、この男と出逢ったことに書き換えられた。
     楽しげな表情と笑い声でぐちゃぐちゃになる憎たらしさ。僕はきっと墓場までこの感情を持って行くに違いない。
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