はとが俺の手元にやってきて数年ほど経ったころ、俺は周囲の反対を押し切りはとを自分の後継者として決めた。
当然ながら組織内部からは反発が起きたが、こちらとて何も考えず個人的感情だけで決めたわけではない。今後のはとを見てから付いていくかどうか判断すればいいと言うと、大半の者が苦虫を噛み潰したような表情でしぶしぶ首を縦に振った。
納得がいかないという感情で、逆に部下たちの結束は固くなったようだ。それはそれでいいだろう。
部下たちは特にはとの得体が知れない事を気にしているようだったので、それならばと俺ははとを俺の身内にすることに決めた。戸籍などどうとでも出来るのだからこれに関しては部下たちも墓穴を掘ったと思っているようだ。
(そもそも、はとの出自は独自で調べたので俺は知っている)
第一、この世界では子に組織を継がせるのが一般的なわけではない。
優秀な首領の嫡子が同じ様に優秀かどうかは分からないし、場合によっては消されたりもする。
信用に値する腹心をそのままトップに据えるというのは別段おかしいことではなく、むしろそれの方がよくある話だ。
その話をしたら京浜には「はとはまだ幼いうえに実績も残していない」と反論された。あいつはああいえばこういうやつなので放っておく。
得体が知れないのが駄目だというのなら、俺がそれを証明してやればいいだけの話だ。
養子にするのが1番手っ取り早い話ではあったけれど、それは俺が納得行かなかったため却下した。俺は決してはとの保護者になりたいわけではない。
はとは俺のものだが、俺の下で使役したいわけでもない。
あくまで自由に動ける位置に。ならば兄弟などどうだろう。
その話をはとに直接してみると
「なるほど、では私が兄になるのだな」
と返された。
「ん?」
「む?」
組織の跡を継ぐのであれば、長兄がそれに相応しいだろうと言われて、まぁ、確かにそれもそうか。と納得してしまった。
それを聞いた京浜は卒倒し、御殿場は頭を抱えていたがまぁいいだろう。横須賀はいつも通りなにも考えてなさそうだった。
そんなことがあった数日後の話だ、
はとの瞳が真っ青になったのは。
真っ赤だったピジョンブラッドの瞳は正反対の深い青に変化した。
そういえば、ルビーとサファイアは同じ成分であるというのを耳に挟んだことがある。それと関係しているかはわからないけれど、確かにはとの瞳は青になったのだ。
「体調は大丈夫か?」
「問題ない」
起き抜けのまま、窓ガラスに映る自分の瞳を見つめるはとに声をかけると、いつもと変わらないトーンで返事が帰ってきた。思いのほか動揺していなところを見るに、はとにも何かしらの自覚があったのかもしれない。
「綺麗だ」
いつも通り、優しく頬に触れる。
「お前はルビーを買ったのだぞ」
「変化する可能性は承知の上だ」
そういうと、はとは少しだけ不服そうな顔をした。
朝日を取り込んだ青は、ひかりを反射する水面のようにきらきらと輝く。
しかし反対に少し目を伏せると、それは深海のように深く、濃い、何もかもを飲み込んでしまいそうな色を放った。
そこに飛び込んだものはきっと誰も帰ってこられないだろう。そんな色。
大昔、誰かに「太陽の光を閉じ込めたようだ」と言われたことがある。
太陽が水平線の向こうに沈むように、俺もいつかこの海に沈む時が来るのかもしれない。
「俺に捨てられると思ったのか?」
「それはない」
言い切る意思の強さに、己がはとに注いだものが確かにそこにあることを感じて、ほくそ笑む。
色味が変わろうとも、芯のある強い視線は変わることがない。
変わらないものがあるからこそ、俺と兄弟になるという環境の変化が色として現れたことに言いようのない興奮を覚える。
俺は腰掛けていたベッドから降り、床に片膝をついた。
はとの片手を取り、その甲に口づけを落とす。
「飛び立つ時が来た、ただそれだけだよ、兄さん」
俺とは真反対の色をした瞳が一瞬、驚きで見開かれる。
その後一泊置いて、はと───兄さんは口を開いた。
「最善を尽くそう。弟よ」