血ィ浴びて帰ってきたマフィア始祖とちびはとちゃん「災難だったね」
「まぁな」

アジトに戻るなり、心配するそぶりすらない京浜東北に迎えられた。
心配して欲しいとは一切思っていないが、自身の所属している組織のトップが襲撃を受けたという連絡を受けてその反応はどうかと思う。

玄関に足を踏み入れると早々に使用人たちと組織で雇っている医師が寄ってくるが怪我などないことを伝え、コートは処分するよう手渡すと足早に去っていった。

「全くいい迷惑だ。あれがいくらしたと思ってる」
「そんなこと言うならクリーニングしてまた着れば」
「他人の血を吸ったコートなんざ御免だ。それよりはとは寝たか？」
「寝室に行ったのは報告受けてるよ」

スーツを脱ぐと、まばらに赤黒いものが見えて舌打ちをする。
手袋をしているので手触りは分からないが、付着した血液が固まり、触り心地のよい上質な生地は台無しになっているだろう。
それにわずかながら硝煙の臭いもする。これももう着られない。

こうなってくると色々と面倒になってくる。さっさと風呂に入りたい。
そう思い、事後処理を京浜東北に頼んでバスルームに向かう途中、
廊下の隅からはとがひょこりとこちらを覗いていた。

「起きていたのか」
「ん」
はとはこくりと頷くとこちらへ駆け寄ろうとする。
「待て、俺はこれから風呂に入る。先に寝室へ行ってろ」
その言葉にぴたりと足を止めたはとは、少し不服そうな顔をして踵を返した。


脱衣所で服を脱ぎ捨て、ふと洗面所の鏡で己の顔を見ると、頬に血が付着していた。
大した量ではないが、それでも俺は確実に「しまった」と感じてしまった。

今更血なんぞなんだとも思う。
真っ当な世界を生きて欲しいと願ったところで、俺がこの手をはなさない限り
はとは結局こちら側の存在だ。わかっているくせに、その望みを捨てきれない。

だから俺はいつもより丁寧に体を洗い、長湯をした。
寝室に戻ったはとが待ちくたびれて寝てしまうことを祈って。


しかしそんな俺の悪あがきをよそに、はとは起きていた。
ベッドに横になって背中をこちらに見せているが寝息が聞こえてこない。
寝たふりをしているのかと考え、しばらくはベッドに入らず適当に雑務処理を行った。

いつもなら寝ている時間なので、30分もすれば寝ると思ったがそれでもやはりはとは眠らなかった。

「寝ないのか」
俺が声をかけると、くるりとこちらに寝返る。
いつもと変わらない赤い瞳がじぃとこちらを見つめる。
真っ直ぐすぎる視線は、今の俺には居心地が良くない。

「けがはしていないか」
「怪我？あぁ、してない」

自分でも形容しがたい緊張感を覚えていると、思ってもみない言葉が飛んできた。
実際かすり傷ひとつ負っていないため素直に答えてやると、

「ならいい」
とだけ返して、はとは再び俺に背を向けた。
なんだったんだと思った次の瞬間には寝息が聞こえてくる。


はとは普段、俺自身に興味を示すことはほとんど無い。
どちらかというと常に自分の世界を持っていて、そこに生きている。
そこもまた俺が気に入っているところのひとつでもあったのだが、
どうやらそれだけではなかったらしい。

はとなりに俺を心配したのだろう。
小さな背中がゆるやかに上下する様を見つめて、少し乱暴に自分の頭をかいた。


俺が怪我をしたらお前は泣いたりするのか。
死んだらどんな反応をする？

悲しむところなど見たくないという俺らしくない柔らかな感情と同じくらい、
この血生臭い世界を受け入れ、飛び立つはとが見たいという感情が湧き上がってくる。


はやく大きくなってくれ、
でないとお前のすべてを飲み込んでしまうから。