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    tukitatemochi

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    tukitatemochi

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    人間じゃなくなってから何千年も熟成された隊長とただの人間のオロルンのカピオロです。

    夜がささやく 何にもしたくない。オロルンは貧相なパイプベッドにうつ伏せて大きく息を吐いた。起きてから何も食べていないのでお腹が空いている。どこかが痛いわけでも疲れるようなことをしたわけでもないのに重たい身体を引きずるようにして鉢植えに水をやって、そのまま起きていようと思ったのだが結局またベッドに戻ってきてしまった。
     朝まで続いていた雨の名残で空は薄暗い。窓を開けたいが、外の空気は湿った雨の匂いがして気分転換には繋がらないだろう。
     せっかくの土曜日をこうして何もせず転がって終わらせてしまうのは勿体無い。わかっていても、何もしたくないという強烈な欲求に支配されていて動くことができない。
     オロルンは枕元にあったスマートフォンでSNSを開いた。友人たちの楽しそうな様子でも見れば気分が変わるかと思ったからだ。笑顔の友人たちが映った写真や動画を次々にフリックして眺めたのち、洪水のような情報にかえって疲労感を感じて手の中の板を放り投げた。ベッドの隅に着地したそれは壁との隙間に滑り込んでそのまま視界から消えてしまった。最悪だ。
     こうしてベッドに転がっているとだんだん瞼が重くなってくる。だから身体を起こしたい。頭ではそう思っている。目下のところ一番嫌なのが眠ってしまうことなのに、ここ最近はいくら寝ても寝足りなくて、平日も家に帰り着くと必要な事だけなんとか済ませてすぐにベッドに潜り込まないと耐えられなかった。


     眠りにつくと、必ず同じ夢を見る。同じ夢といっても、出てくる人間が共通しているだけで毎回展開は違う。よく出てくるのは祖母のシトラリ、高校の同級生だったイファ、シロネン、ムアラニ、キィニチ、その他にも友人が何人か。必ず出てくるのは、仮面で顔を隠した黒いコートの背の高い男だ。夢の中の『オロルン』は男のことを『隊長』と呼んでいる。
     なかなか荒唐無稽な夢で、『オロルン』は頭の天辺にコウモリの耳が生えているし、雷を使って敵と戦うし、よくわからない力で高く飛び上がることもできる。『隊長』は氷の力が使えて、みんなとは別格で強い。何千年も前には神の目というものがあって、神の手を借りて不思議な力を使う人が大勢いたと言われている。『オロルン』も神の目を持っていた。だがどうにも現実感が無い。
     『隊長』は別にオロルンの上司というわけではなく、同じ目的に向かって協力関係にあるらしい。夢はいつも旅の一場面で、オロルンは『オロルン』の目を通して『隊長』を見ている。視覚だけで言えば一人称視点の映画を観ているような感覚に近いだろうか。

     彼らが救おうとしている『ナタ』という国は確かに存在する。というか、先月仕事で行った。良いところだった。先方の都合で一日ぽっかりと空いた時間に神話の時代だという古い遺跡に連れて行ってもらって(恐ろしいほど険しい山の頂上だった)、そこで夜と死の国の神の玉座を見た。夢を見始めたのはその晩からだ。非現実的な話だが、明らかにこれが原因だと思っている。
     この夢が曲者で、映画のように視覚情報だけがあるのならともかく、『オロルン』のその時の感覚や感情までまるで自分がそう感じているかのように明確に伝わるのである。
     これが非常によろしくない。何故かといえば、『オロルン』は『隊長』に好意を持っているからだ。オロルンは眠りにつくたびに『オロルン』を通じて恋慕に身を焦がし、時に『隊長』と触れ合い、滅びゆく国に焦燥を抱き、恐ろしい影のような怪物と戦う。全く心が休まらず眠った気がしない。仕事でへとへとになってやっと帰ってきたら今度は国を救う旅が始まる、それだけでも重荷なのに、加えて時には『隊長』と人には言えないようなことをしている夢まで見てしまうのだからたまったものではない。オロルンがぐったりしてしまうのと当然というものだろう。

     とはいえ、旅はいつかは終わるものである。夢の中の彼らは数多の犠牲を生みながらも大きな戦いを終え、国を護る神が最後の決戦に挑もうとしているところだ。この夢が「誰かに見せられている」のだとすれば、結末まで見れば何かがわかるのかもしれない。
     そう考えれば、いっそのことここで眠ってしまうのも悪くはないか。オロルンは睡魔に逆らわず、貴重な休みを投げ捨てる覚悟を決めて目を閉じた。



     目が覚めると泣いていた。『隊長』は夜神と一体となってナタを救い、『オロルン』は遺された。ナタで見た、朽ちた玉座を思い出す。あの結末は古代ナタの神話の英雄、『スラーイン』の伝説そのものだった。
     玉座に座る者はもういない。それでも『隊長』はまだあそこにいるのだろうか。オロルンの中にかつて愛した『オロルン』を見つけて、こんな夢を見せたのだろうか。
     ベッドと壁の隙間に落ちていたスマートフォンを救出して時間を確認したところ、今は日曜日の朝であるらしい。殆ど丸一日かけてあの夢を見ていたことになる。
     泣いていたせいか頭が重たかったが、それ以上に今まで無視できていた空腹が強く感じられて、オロルンはベッドを抜け出した。インスタントラーメンくらいはあるだろう。ついでに頭痛薬も飲みたいが、どこにあったかな。オロルンは荒れた部屋を見回してため息を吐いた。



     今日も夢を見た。オロルンは見知らぬ部屋のテーブルで『隊長』と向かい合っている。知らない筈なのに妙に落ち着くその部屋は、『オロルン』の家なのかもしれない。オロルンは首を傾げた。あの玉座で『隊長』は眠りについて、二人の話は終わったと思っていたのに。
     二人は何も喋らない。各々に本を読んだりスケッチしたりして、時間がゆっくりと流れていく。『隊長』がグラスの中に作ってくれた氷が小さくなっていくのを眺めながら、オロルンも久しぶりの安らぎを感じた。
     二人の旅の途中にこんなに贅沢に時間を使う余裕は無かった筈だ。この光景は昨日までの夢とは違って、彼らのこうありたかったという願いを見ているのかもしれない。
     手元のスケッチがひと段落したところでオロルンは窓の外を眺めた。空は青空から橙色に変わっていく途中で、遠くにやたらと大きな怪鳥のようなものが飛んでいるのが見える。出張では出会わなかったが、あれがナタの竜というものだろう。
     ナタは良いところだ。夢の中のナタと現在のナタは当然全く違うのだが、草木が豊かでナタにしかいない動物も沢山いて、文明と自然が共存しているところは変わっていない。仕事を辞めて引っ越したいくらいだ。彼らが命を賭して守ったからこその現在のナタだと思うと、より一層愛しく感じる。
     目が覚めたら仕事に行かなきゃいけないな。まだこうしていられたらいいのに。
     視線を正面に戻すと、『隊長』と目が合った。



     久しぶりのすっきりとした目覚めである。オロルンは大きく伸びをした。こんな安らかな夢ならずっと見ていてもいい。この一月、慢性的に悩まされていた倦怠感も消え失せた。仕事に行く前に近くを散歩でもしてみようか、と思えるくらいの余裕がある。
     そろそろ近所の公園のミモザが咲き始める頃だろうか。都会のオアシスといった風情の美しく手入れされた公園を思い浮かべて、夢の中のナタの生命力に溢れる風景が少し恋しくなった。



     今日も夢を見た。前回から暫く間が空いたのであれで終わったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。
     今回は『オロルン』の畑で農作業をしている。なんと、重たげなマントを脱いだ『隊長』も水やりだの収穫だのを手伝ってくれているらしい。オロルンは主に収穫を担当して、採れたての野菜を次々と箱に分けていった。
     これはばあちゃんの。これはイファの。これは『隊長』の。体力のいる作業だが、楽しくて仕方がない。こんなふうに暮らしていけたら素敵だと思う。彼らの結末を思えば軽々しく羨ましいなどと言っていいものではないのだが、理想的な生活に憧れる気持ちは否めない。
     植物や虫の観察はオロルンも大好きで学生の頃はいくつも野菜を育てていたのだが、近頃はそこまでの時間を取ることができない。唯一育てているユッカの鉢も、手間がかからないから選んだものだ。
     最初は不思議な夢に困惑したが、こうして二人の姿を覗き見るのも今となっては悪くない気分だ。悲しい結末を迎えた二人がオロルンの夢の中で安らかな時間を過ごせるというのなら幸せなことだし、何より都会で心をすり減らすような生活をしているオロルンの慰めにもなる。
     『隊長』のための箱にどうにかしてもう一つキャベツを詰め込もうと悪戦苦闘していたら、後ろで『隊長』が小さく笑ったのが聞こえた。それがあんまり愛おしそうなものだから、自分に向けられたものではないとわかっていてもドギマギしてしまった。



     今日も夢を見た。オロルンはオシカ・ナタのあの玉座の前にいて、目の前には『隊長』が立っていた。玉座は朽ちて崩れかかっている。あれ、と考える暇もなく『隊長』が恭しくオロルンの手を取り、仮面越しに手の甲に口付けた。冷たい。まるで氷に触れているようだ。驚いて思わず手を引こうとしたが、オロルンよりも大きく力強い手に固く掴まれていて叶わなかった。

    「ナタの暮らしは気に入ったか?もうあちらには戻らなくていい。やっとお前を迎え入れる準備ができた。」

     ぞっとするほど冷たい体がオロルンを強く強く抱きしめて、それとは反対に壊れ物に触れるように優しく髪を撫でる。いつものようになす術なくそれを受け入れていたオロルンは、今日の『隊長』に違和感を覚えた。第一に、いつもの夢の中の『隊長』がこんなに冷たいと思ったことは一度もない。人間なのだからオロルンと同じくらいの体温がある。それにさっきの言葉、どういう意味だろう。『オロルン』はずっとナタに住んでいたんじゃないんだろうか。
     オロルンははたと気がついた。撫でられている頭の感覚が変だ。自分の耳が無い。正確に言えば、頭の天辺のコウモリの耳が。ここに立っているのは『オロルン』じゃない。

     途端にどっと冷や汗が噴き出して、オロルンは自分を抱きしめる腕を力一杯振り払った。オロルンの意思で身体が動かせる。いつもの夢と違う。いや、本当に?今思えば『隊長』が眠りについた後の夢ではずっと、『オロルン』の意思というものを感じていなかった気がする。

    「僕は、僕は違う。君の『オロルン』じゃない。ただの、普通の人間だ。ほら、耳だって違うだろう?」

     オロルンは上擦った声をあげて後ろによろめいた。それを支えようと伸ばされた手に、喉から引きつれたような音が漏れる。『隊長』はその様子を見て手を止めた。

    「見た目が少し違っていても俺がお前の魂を見間違える筈がない。お前はオロルンだ。」

    「違う。違うよ。僕じゃない。家に帰して。」

    「最後にあの玉座に来た時のお前は言った。長い旅に出るが、必ず此処に帰ってくると。お前はあの時きっと、ナタの外で死んだのだろう。お前の魂は何年経っても俺の元に帰っては来なかったが、俺は待っていた。抜け殻になった体が朽ち果てても、お前が俺を忘れたまま何度生まれ変わっても。そして、お前は約束を守った。」

     約束なんて知らない。あの遺跡だってオロルンが行こうとしたわけではなく、たまたま連れて行かれただけだ。確かに夢の中のナタに憧れる気持ちはあったが、ここから二度と出られないなんて、そんなことを望む筈がない。
     ばあちゃんの顔が頭をよぎった。イファや、シロネンや、沢山の友達が。夢の中にいた彼らと今のオロルンの周りにいる彼らは違う。オロルンが好きなのは今の彼らだ。あの時のような輝きは無い平々凡々な人生でも、そこに大切な家族も友達もいるんだ。簡単に捨てられるわけがない。
     オロルンが辿々しくそれを告げると、『隊長』はお前が望むなら彼らも此処に呼ぶこともできる、と答えた。オロルンは『隊長』の顔を穴が空くほどに見つめた。冗談で言っているわけではないらしい。仮面の下の顔は真っ黒で何も見えないのに、彼が微笑んでいるのがわかった。どうして。あの旅の夢で見た『隊長』はこんなふうじゃなかった。
     何かの間違いであってほしいと思う気持ちとは裏腹に、オロルンの中の何かがあれは間違いなく『隊長』だと囁いている。死の執政との契約は、あまりにも長すぎる年月は、オロルンとの知らない約束は、君を何に変えたんだ。

     『隊長』は一歩オロルンに近づいた。真っ黒なブーツが踏みつけた地面はあっという間に凍りついて、石畳の隙間から僅かに生えていた草がみるみるうちに枯れていく。オロルンは二歩後ろに下がった。『隊長』はそれ以上距離を詰めてこない。ただ、必死で睨みつけるオロルンを見て小さく笑った。それが畑で聞いたあの優しい笑い声と全く同じだったから、頭がおかしくなりそうだった。オロルンの拒絶は彼の心には響かないらしい。
     餌をやろうとした子猫がこちらを威嚇した時、人間は何を考えるだろうか?引っかかれたら嫌だとは思っても、本気で怖いと思う者はいないだろう。子猫は人間よりずっと小さくて弱いからだ。
     猫が好きなら、その威嚇を愛らしいと笑うかもしれない。圧倒的な強者から見れば、弱者の必死の抵抗は「無駄で非合理的な事を一生懸命にしていて可愛い」としか映らないのである。

     話の通じない『隊長』とこれ以上話したくなくて、オロルンはその場凌ぎの逃亡を選んだ。でも何処へ?何処でもいい。彼がいないところだ。
     オロルンは玉座に背を向けてぼろぼろの石畳を走り出した。脚がもつれて転びそうになる。裸足の足の裏に小石が刺さって痛い。『隊長』が追ってくる気配はない。でも怖くて立ち止まれない。崩れた石段を飛ばしながら駆け降りて、そこだけ新しい、遺跡の調査のために作られた木の橋を渡る。パジャマ代わりのスウェットは裏起毛なのに、走っていても寒くて仕方がなかった。汗が凍って痛い、冷たい空気を吸うたびに肺が軋むようだ。ナタがこんなに寒いはずがない。ここがナタじゃないなら、じゃあここは、ここは何処なんだ!
     半狂乱のオロルンの耳元で『隊長』の声が何かを囁いた。



     オロルンは貧相なパイプベッドで目を覚ました。心臓が早鐘を打っている。汗だくで涙も出て全身水でも被ったみたいにぐしょぐしょになっていて、なのに身体は芯まで冷え切っていた。
     見慣れた安アパートの部屋を見回して、冷たくなった手を擦り合わせた。徐々に熱が戻ってくる。生きている。また涙がぼろぼろと溢れた。大丈夫、ただの夢だ、怖い夢を見ただけなんだ。そんな筈がないのは自分が一番わかっているが、そう言い聞かせることしかできない。足の裏がじくじくと痛んでいる。
     これが『オロルン』や若い頃のばあちゃんにそっくりな『シトラリ』なら、不思議な力を使って夢から逃れる方法を見つけられるかもしれない。 だが、ただの人間のオロルンにそんな手立てがある筈が無い。ばあちゃんにもだ。
     「迎えに行く。」あの声は確かにそう言った。震える手を重ねて胸に当てた。ばあちゃんの教えてくれたお祈りの言葉は完璧に覚えている筈なのに、二節誦じた所で喉が詰まって何も出てこなくなってしまった。祈りの先にいるのは何だ。だってあれは、神様だったじゃないか。神がこの命を奪うと云うのなら、一体誰にオロルンを救うことができるというのだ。
     夜の来ない場所は無い。神に愛されたオロルンが逃げ込む場所は何処にも無いのだと、オロルンはもう知っている。
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    tukitatemochi

    DONE一般会社員のスラーインと長生きで怪しい宗教をやってるオロルンのカピオロです。
    夜は微笑む「こちらでお待ちください。祭司様がいらっしゃいます。」

     そう言われて小さな部屋に通され、そろそろ十五分ほど経過しただろうか。壁際で立ちっぱなしのスラーインは腕時計を確認して、苦々しくため息を吐いた。床には薄いクッションがいくつか並んでおり座るよう促されてもいたが、長居したいような場所ではないので座る気にもなれない。
     部屋の中は薄暗く、独特の色鮮やかな模様で彩られた調度品や、物語性の感じられる模様が織り込まれた大小の布で埋め尽くされている。全体的に紫色なのがまた、胡散臭い雰囲気を加速させていた。香が焚かれているのだろうか、あまり嗅いだことのない香りも漂っている。
     先程通ったドアの他に、部屋の奥にも入り口があるようだ。繊細な花の刺繍が施された薄い布で目隠しされている。祭司はここから登場するのだろうか。スラーインは部屋を見回すふりをしてさり気なく背後に視線を向けた。隅には信者が二人、彫像のように立っている。予告無く押しかけた客が勝手なことをしないように見張っているのだろうが、入ってきたドアを挟むように立たれると逃げ道を塞がれているようで嫌な気分だった。
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    tukitatemochi

    DONE本編のストーリーを核に嘘で塗り固めて生成したカピオロです。
    我が愛しき祝福について(或いは永遠の呪いについて) 風のない、星がよく見える夜だった。オロルンはファデイの隊長と、その部下たちと共に焚き火を囲んでいた。作戦中の束の間の休息だ。オロルンは火から離れた所で、彼らの何気ない世間話を聞くとはなしに聞きながらぼんやりと座っていた。
     焚き火のパチパチと爆ぜる音が耳に心地良い。世界には、この音を録音して聴くことでリラクゼーション効果を求める人たちもいるらしい。果たして録音した音だけで期待したような効果は得られるのだろうか。火の暖かさ、不規則に揺れる影、時折飛び出しては消える火の粉、木の焼ける匂い。焚き火を構成する要素は一つでも欠ければ途端に薄っぺらになってしまうように思った。
     隊員たちの話題の中心であるスネージナヤのことも、流行の歌も、何もわからないオロルンは会話に入ることができないので、こうして取り止めのない思考に身を任せている。だが決して排除されているというわけではなく、居心地は悪くない。さっきは炎水という、初めて飲む酒も分けてもらった。強いアルコールで少し火照った頭と身体にはむしろ、賑わいを外から眺めているくらいの方が丁度いい。
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    tukitatemochi

    DONE人間じゃなくなってから何千年も熟成された隊長とただの人間のオロルンのカピオロです。
    夜がささやく 何にもしたくない。オロルンは貧相なパイプベッドにうつ伏せて大きく息を吐いた。起きてから何も食べていないのでお腹が空いている。どこかが痛いわけでも疲れるようなことをしたわけでもないのに重たい身体を引きずるようにして鉢植えに水をやって、そのまま起きていようと思ったのだが結局またベッドに戻ってきてしまった。
     朝まで続いていた雨の名残で空は薄暗い。窓を開けたいが、外の空気は湿った雨の匂いがして気分転換には繋がらないだろう。
     せっかくの土曜日をこうして何もせず転がって終わらせてしまうのは勿体無い。わかっていても、何もしたくないという強烈な欲求に支配されていて動くことができない。
     オロルンは枕元にあったスマートフォンでSNSを開いた。友人たちの楽しそうな様子でも見れば気分が変わるかと思ったからだ。笑顔の友人たちが映った写真や動画を次々にフリックして眺めたのち、洪水のような情報にかえって疲労感を感じて手の中の板を放り投げた。ベッドの隅に着地したそれは壁との隙間に滑り込んでそのまま視界から消えてしまった。最悪だ。
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    tukitatemochi

    TRAINING怪談のカピオロです。
     そういえば、と天幕の中、ランプの灯りで本を読んでいた隊長が呟いた。

    「ナタに来て暫く……お前と出会った頃に始まったことだと記憶しているのだが。夜、横になっていると見知らぬ女性が現れることがある。」

     曰く、隊長が横になっていると急に意識ははっきりしているのに身体が動かなくなるときがあり、そんな時にはいつの間にか見知らぬ女性が、仰向けで寝ている隊長の身体の上に座っているのだそうだ。

    「いつも深々と頭を下げて、『どうぞ宜しくお願い致します』と言う。何度も。」

     どうぞ宜しくお願い致します。どうぞ宜しくお願い致します。どうぞ宜しくお願い致します。
     傷のついたレコードが同じ箇所を繰り返すように、全く同じ調子で同じ言葉が繰り返される。隊長の腹に額を擦り付けるような深い深い礼とは裏腹に、その声には感情というものが感じられない。そして、朝方になってふっと隊長が意識を逸らした瞬間に跡形も無く消えるのだそうだ。延々と続く懇願に、最初こそ不気味に思った隊長であったが、ふとオロルンが近くにいる夜にそれは現れないことに気がついたのだそうだ。そして思い返してみれば、顔こそ見えないものの病的なまでに白い肌や青みがかった暗い色の髪はオロルンによく似ているのではないか?と思い至った。もしやあれは、オロルンの母親なのではないか、と。
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