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    tukitatemochi

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    tukitatemochi

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    一般会社員のスラーインと長生きで怪しい宗教をやってるオロルンのカピオロです。

    夜は微笑む「こちらでお待ちください。祭司様がいらっしゃいます。」

     そう言われて小さな部屋に通され、そろそろ十五分ほど経過しただろうか。壁際で立ちっぱなしのスラーインは腕時計を確認して、苦々しくため息を吐いた。床には薄いクッションがいくつか並んでおり座るよう促されてもいたが、長居したいような場所ではないので座る気にもなれない。
     部屋の中は薄暗く、独特の色鮮やかな模様で彩られた調度品や、物語性の感じられる模様が織り込まれた大小の布で埋め尽くされている。全体的に紫色なのがまた、胡散臭い雰囲気を加速させていた。香が焚かれているのだろうか、あまり嗅いだことのない香りも漂っている。
     先程通ったドアの他に、部屋の奥にも入り口があるようだ。繊細な花の刺繍が施された薄い布で目隠しされている。祭司はここから登場するのだろうか。スラーインは部屋を見回すふりをしてさり気なく背後に視線を向けた。隅には信者が二人、彫像のように立っている。予告無く押しかけた客が勝手なことをしないように見張っているのだろうが、入ってきたドアを挟むように立たれると逃げ道を塞がれているようで嫌な気分だった。

     ここは『謎煙の主』という宗教団体の集会所である。決して大きな団体ではなく、ネットで名前を検索しても殆ど情報は出てこない。夢に重きを置き、夢を通じて大霊というものと繋がることで現世での悩みや苦しみを解消する道筋を探す、という趣旨の活動をしているようだ。ネットには載っていなかったが、ほぼ間違いが無い情報である。なにしろ、最近この団体に随分と入れ込んでいた友人が語っていたことだからだ。
     その本人は三日前にここに行くとだけメッセージを残して音信不通になった。基本的に成人が自分の意思で失踪しても警察は動いてくれないので、仕方なく彼の数少ない友人であるスラーインがこうしてノコノコと敵の本拠地までやってきたわけである。来る前に根回しをしてきたので、万が一スラーインまで監禁されるような事があれば警察を呼んでもらえるだろう。そうならないことを祈っているが。

    「あれ、立って待っていてくれたのか?時間がかかったから疲れただろう。悪かった。」

     突然耳に飛び込んできた若い男の声にスラーインが振り返ると、一人の青年がまさに薄絹をくぐって部屋に入ってくるところだった。
     彼が『祭司様』なのだろうか?思ったよりも随分若い。見た感じ二十歳を少し超えたくらいだろうか?スラーイン程ではないものの、スラリと背が高い。羽織っている黒いローブのフードと長い前髪で顔が半分ほど隠れているが、端正な美しい顔をしていることに気がついた。肌は不健康そうな程に白い。長い髪の毛は青みがかった暗色で、所々に水色のメッシュが入っている。前髪で右眼はよく見えないが、左右で色が違うようだ。空色の左眼の下やローブから覗いた手の甲の幾何学的な模様を見て、スラーインは内心警戒を強めた。タトゥーなのかペイントなのかわからないが、一般的な社会常識に沿って生きている人間の見た目ではない。
     そんな少なくとも現代の価値観においてはかなり「いかつい」見た目をした祭司は朗らかに笑って、足元のクッションを指し示した。

    「どうぞ、せめて話をする間くらいは座ってほしい。あ、床に座るのに慣れていないかな?」

     見た目に反した人好きのする笑顔に柔らかい声と優しげな口調。成程、こうやって警戒心を解くのか。祭司は手近なクッションを引き寄せて座った後、硬い表情のまま立っているスラーインを見た。首を傾げた祭司はスラーインが座らないのを床が硬いからだと解釈したらしい。何枚か重ねたら座りやすいかな、とクッションを数枚重ねると、満足気に頷いて自信ありげにもう一度スラーインに勧めた。どうにも毒気を抜かれてしまう。仕方なく座ったスラーインを見て、青年は嬉しそうに笑った。

    「初めまして。僕はオロルン。謎煙の主の祭司をしている。人によっては『黒曜石の老爺』なんて呼ぶ人もいるかな。まあ、僕の呼び方は何でも構わない。君はスラーインだよね?」

     最悪である。こんな所まで阿呆を助けに来てやったのに、阿呆のせいで怪しい宗教家に名前を知られてしまった。舌打ちしたいような気分だったが、今更どうにもならないのはわかりきっていたので大人しく肯定した。
     祭司はそんなスラーインの胸中も見透かしているようで、可笑しそうにくすくす笑っている。

    「名前を知っただけじゃ何もできないから安心してほしい。うちがすごく小規模なのは君も知っているだろう。」
    「あいつは連れて帰れるのか。」
    「勿論。本人の希望で特別な夢を見る儀式をしに来ていただけだ。君が心配していることを伝えたら一緒に帰ると言っていたよ。僕の話が終わったらご自由にどうぞ。」

     色々と気になることは多いのだが、敢えて何も聞かないことにした。どんなに無害そうに見えてもこういった手合いに興味を持つのは危険である。帰っていいというのなら気が変わらないうちに帰って、二度とここには来ないのが一番だ。
     突然押しかけた非礼を簡単に詫びてこれ幸いと退室しようとしたスラーインを、飄々とした祭司の声が引き留めた。

    「僕から見ると彼より君の方が心配だな。長いことちゃんと眠れていないんじゃないか?それに、病院に行っても原因がわからないんだろう。」

     その言葉にギョッとした。確かに長い間、原因不明の不眠症に苛まれているからだ。睡眠外来を標榜する病院や心療内科などにもかかってみたのだが、一向に改善の兆しが見えていない。
     毎日薬を飲んで無理矢理眠りについているが、常に頭痛と倦怠感に苛まれているものだから当然日中のパフォーマンスにも影響するし、休みの日などは疲労回復で殆ど潰れてしまう。現在の一番の悩みである。
     このことは件の友人には話していない筈だが。いや、慢性的な睡眠不足のせいでクマは消えないし顔色も悪いだろうから、知らなくても予想はつくかもしれない。この青年は案外ハッタリをかますのが上手そうだ。
     スラーインがそんなことを考えている間、祭司は壁際の箪笥のやたらと沢山ある引き出しを次々と開けて何かを探していた。今の発言でさらに警戒されたのはわかっているだろうが、弁明する気は無いらしい。あった!という明るい声の後にスラーインの前に細長い箱が差し出された。

    「君にあげる。お香だよ。香立ても入ってる。寝室で眠りたい時間の三十分くらい前に焚いてからベッドに入るといい。」
    「……どういう効果で眠れるんだ?」
    「それを今教えるときっと君は余計に怪しむから、内緒。」
    「いらない。遠慮する。」
    「お金はいらない。君は適当な皿の上でこれに火をつけるだけ、眠れるなら儲け物だし効かなくても損はしない。そうだろう?」

     これ以上有無は言わせない、と再度押し付けられた箱を不承不承受け取った。確かにそうではあるのだが、気になっているのはそういう問題ではないのである。
     祭司はスラーインの様子を見て何かに気がついたようだ。親指を立てて付け加えた。

    「無論、変な物は入っていない。合法だ。」



     その夜。スラーインは一人、祭司に押し付けられた箱の前で逡巡していた。どう考えてもこんな物に手を出すべきではない。祭司は合法だと言ったが本当かどうかわからないし、そうでなくても怪しい人間に貰った怪しい香を使うなんて正気の人間ならしない。
     わかっていてもこの箱をそのままゴミ箱に投げ捨てる踏ん切りがつかないのは、それだけ長年の不眠症が辛いからだ。難病に苦しむ人が民間療法や宗教に傾倒してしまうという話はよく聞くが、今のスラーインにはその気持ちがよく分かってしまう。
     昼間の祭司との話の後、再会した阿呆の友人は「自分はスラーインの名前は誰にも教えていない」と言った。「あの方には全てお見通しだから別に不思議な事ではない」とも。その時はまさかこんな末端の信者の身辺調査までしているのか?と疑問に思っただけだったのだが、今になってそれすらこの蜘蛛の糸に縋る口実になりかけている。つまり、かの祭司には本当に人智を超えた能力があり、病院で匙を投げられた自分を救うことができるのではないか?と。
     箱を開けるとスティック状の香と陶器の香立てと共に、ご丁寧にマッチ箱まで入っていた。煙草を吸わない上にガスコンロも無いスラーインの家には火をつける手段が無いので必要ではあるのだが、この用意周到さがまた気味が悪い。
     とはいえ、一度箱を開けてしまえばもう試さないという選択肢は無いように思われた。何か良くないものが入っていたとして、たった一度でどうにかなることもないだろう。体調を崩したとしても明日は休みだ。とうとう自分をそう納得させて、スラーインは香に火をつけた。



     問題の香は控えめな甘い香りだった。身体に悪そうなきつい香りを想像していたのでかなり意外である。これが何の香りなのかは詳しくないのでわからないが、今のところ体調や気分に変化はない。座って目を閉じていると、リビングのドアが軽快にノックされた。ドアの向こうは灯りをつけていないので真っ暗だ。どうぞ。声をかけると、闇夜のように真っ黒な青年がするりと部屋に入ってきた。

    「こんばんは。お招きありがとう。それ、使ってくれてよかった。匂いは嫌いじゃなかったか?」
    「大丈夫だ。」

     スラーインは突然現れた客人に疑問を抱く事なく、座っていたソファの端に寄って場所を空けた。祭司はにこりと笑って躊躇いなくそこに腰掛ける。横からじっと顔を覗き込まれて、スラーインは気恥ずかしくなって目を逸らした。至近距離で見ると相手が作り物めいた美しい顔をしていることを否が応でも意識してしまう。祭司はうんうんと頷いて前に視線を戻した。

    「君の魂は特別だから、辺りにいる何処にも行けなかった魂が助けを求めて集まってきてしまうんだ。眠れないくらいうるさかったと思う。耳では聴こえなくてもね。彼らが夜の国に帰るための道を作ったから、じきに静かになる筈だ。」
    「毎日この香を焚けばいいのか?」
    「とりあえず明後日までかな。それで概ね解決すると思う。」

     祭司は徐に立ち上がると、大きな掃き出し窓のカーテンを全開放した。途端に眩い太陽の光が差し込んでくる。真っ黒な青年は背後からの光を受けて殆ど影のようだったが、笑っているのは見て取れた。

    「今日はこれで十分だ。それじゃ、また夜になったら呼んでくれ。」



     目を開けたスラーインは自分がベッドの中にいることに気がついた。枕元にあったスマートフォンで確認すると、今は正午少し前らしい。夢はほんの短い間だったが、半日近く一度も起きずに眠っていたことになる。
     信じられないことに、当然のように一日中続いていた鈍い頭の痛みが全く無い。身体もいつもより軽い気がする。相当な金額をかけて揃えた寝具の寝心地の良さというものを初めて実感した。ベッドを抜け出して、無意味にリビングを一周した。ローテーブルには無機質な皿の上で灰になった香が鎮座している。夢の中の青年と同じように掃き出し窓のカーテンを開けた。今までは目に突き刺さって頭痛を助長させるだけで煩わしかった陽の光が、温かくて心地よい。
     久しぶりにたった一度十分な睡眠がとれたというだけでここまで劇的に改善するものだろうか?スラーインはテーブルの上の香を見た。奇跡を信じる気持ちと否定する気持ちが入り混じっている。何しろ夢の中の出来事だ。全てを真実だと結論付けることはできない。明後日まで続けるようにと言われたことだし、もう少し様子を見てみることにした。それが既に夢のお告げに従っているということではあるのだが。



     その夜もノックと共に祭司は現れた。お招きありがとう、と言って許可も得ずにスラーインのベッドに腰掛けた青年は、置いてあったクッションを抱え込み、近くにあった本を勝手にぱらぱらと捲っている。二度目の訪問にしてなかなか自由である。少々意外ではあったが、別に嫌なわけではないのでそのまま好きにさせておいた。怪しすぎるその存在に警戒心を抱いていたのは昨日の昼間のことなのに、もう彼に対する悪感情が残っていないことにスラーインは気づいていない。
     何冊か取っ替え引っ替えした後、『古代ナタにおける燃素の存在と神について』というタイトルを手に取った祭司はなんだか嬉しそうな顔をしている。そういえば、彼の本拠地の調度品はナタのデザインで統一されていたことを思い出した。

    「寝付けなくて諦めたときに読むんだ。難しくて眠くなりそうだろう。眠れはしなかったが面白かった。」

     スラーインが真顔でそう言うと、青年は口許を隠してくすくすと笑った。

    「行ったことはないが、俺は昔からナタが好きだ。そっちの棚にはナタの歴史についての本が何冊かある。」
    「へえ。僕はナタの生まれだからそう言われると嬉しい。この本が面白かったなら、おすすめの本を紹介しようか。」

     青年はいくつか本のタイトルを誦じた。読んだことがある本も、知らない本もあった。口の中で復唱したが、覚えられるだろうか。

    「歴史の本を読んだなら知ってるかな、ナタには君と同じ名前の英雄がいたんだ。ナタの出身じゃないのにナタのために戦ったすごく立派な人だよ。」

     何かの本で名前は読んだことがある。が、知っているのは本によって書いてあることが違うような曖昧な伝説だけだ。ナタの人達が歴史を記録したウォーベンという絵巻を読み取る技術が失われてしまったので、真実は今となってはわからないとも書いてあった。そう話すと青年は目を伏せた。

    「古いものがだんだん新しいものに置き換わっていくのは自然なことだ。まあ、今の人達にはウォーベンなんて必要無いんだから残らないのは当然かな。」

     青年は抱えていたクッションをぽいと傍に放り投げた。

    「古いものがいつまでも残っていても、擦り減って歪んでいくだけだ。それならいっそ、思い出と一緒に消えてしまう方がいいこともある。」

     どういう意味なのか聞こうとしたが、青年がすぐに立ち上がってカーテンを開けたので、その晩はそこでお開きとなった。



     三日目の晩である。ノックと共に現れた青年は、手に色とりどりの布を何枚も抱えていた。

    「スラーインの伝説を描いたウォーベンだ。僕は世界一詳しいから、何でも聞いていいよ。」

     世界一とは大きく出たものだ。そう笑っていたスラーインだったが、青年の当時のナタの状況や燃素、神の解説も交えた英雄の話は実に堂に入ったもので舌を巻いた。本人の言葉通り、どんな質問をしても即座に的確な答えが返ってくる。感心しきりのスラーインに、青年ははにかんだ。

    「すごいな。俺のような素人からすると、貴方が史学科の教師だと言われても信じてしまいそうだ。それにしては随分若いが。」
    「大袈裟だな。読める人が殆どいないってだけで、ウォーベンさえ読めれば誰でもわかることだよ。褒められるようなことじゃない。」

     知られていないだけで、正しい歴史やウォーベンの読み方も細々と継承されているということだろうか。それにしても随分と深く理解していないと話せないような専門的な内容が多かったが。そう言っても青年は笑うだけで、何も教えてはくれなかった。

    「昨日はああ言ったけど、やっぱり君にはスラーインのことを知っておいてほしくなったんだ。聞いてくれてありがとう。それじゃ、君の問題は解決したから健康な生活を楽しんでくれ。」
    「ああ、ありがとう。もう時間なのか?後で直接お礼に行く。」
    「……悩みが無い人は来なくていいところだから、その気持ちだけで結構だよ。じゃ、さようなら。」

     青年はさっさとウォーベンを畳んで、来た時と同じように抱え込んだ。名残惜しいのはこちらだけであるらしい。急に素っ気なくなったその背中に向かってオロルン、と名前を呼ぶと青年は振り返った。

    「お香の残りは捨てていいよ。君が死ぬくらいまでは無事でいられると思うから。」

     それだけ言ったオロルンはスラーインの言葉を待つことなく、すぐにカーテンを開けて朝の光の中に消えてしまった。



     あれから一月程が経った。眠れない夜は一度も無く、体調も良好なままだ。スラーインは読んでいた本にしおりを挟んで、そろそろ陽が落ちようとしている窓の外を眺めた。
     この本はオロルンが夢の中でおすすめだと言っていた本の中の一冊だ。起きてから曖昧な記憶を頼りに探してみたところ実在していたので、見つかったものは全て取り寄せた。
     最早疑う余地は無い。オロルンには何か人智を超えた能力があり、スラーインはそれに救われた。法外な礼金を求められたとか犯罪に巻き込まれたとかいうこともなく、道に迷っている人を近くまで案内した、というくらいの気安さで与えられた奇跡は、スラーインの中の何かを不可逆的に塗り替えてしまったような気がする。
     手の中の本以外にも部屋にはナタの歴史についての本が積み上がっている。『迷煙の主』という言葉に覚えがあったので、何かオロルンに繋がる情報が無いかと調べていたのだ。この一月で気になる情報は山ほど見つかったのだが、その先をどうすればいいのか決めあぐねている。
     そもそも、何故こんなことを調べているのか。眠れるようになったのだから、そこで満足しておけばいい。これをただの好奇心と呼ぶには私情が入りすぎている。あまり認めたくないことではあるが、結局のところオロルンに近づきたいからやっていることだ。そうでなければそもそも「その先」など必要がないのである。
     たった三日間、ごく短い時間を過ごしただけの相手にここまで執着する自分がおかしいのはわかっている。だからこそこれまで調べ物はしてもオロルンに会いに行くことはしなかった。
     スラーインはテーブルの上の細長い箱を見た。オロルンはこれを捨てていいと言ったが、結局あの晩からずっとここに置いてある。直接会いにいく事はできないが、相手にもその意思があれば会うこと自体はできるのかもしれない。



     リビングのドアがノックされたのを聞いたスラーインは立ち上がって、待ち侘びた来客を迎えに行った。予め灯りをつけておいたので、今日はリビングの外も明るくなっている。開け放したドアの向こうで、スラーインの勢いに驚いたオロルンが目を見開いた。

    「大歓迎だね。お招きありがとう。」
    「こちらこそ。来てくれないかと思った。入ってくれ。」

     オロルンをソファに座らせて何か飲むかとたずねたが、夢の中で飲食はできないとあっさり断られてしまった。実は良いワインを用意してあったので少し残念だ。彼は目の前にあった香をつまみ上げた。

    「捨てなかったんだな。」
    「これがあればまた会えるのかもしれないと思ったら、捨てられなかった。」

     スラーインの言葉を聞いたオロルンは小さく笑った。それは嬉しそうでもあり、残念そうでもあり、何を意味しているのかはスラーインにはわからなかった。

    「君が会いたいと思ったならいつでも会えるよ。……それにしても、随分と本が増えたね。全部ナタの本のようだけど。」

     オロルンは古代ナタの六部族について書かれた本を一冊手に取った。目次の辺りを流し見して、悪戯っぽくスラーインに視線を送る。こちらが何を考えていたのかはお見通しのようだ。

    「それで、僕のことは何かわかったか?」

     正直な所、怖がられても仕方がないと思っていたのだが、悪いようには思っていないらしい。それにかなりほっとして、知っていることをそのまま伝えた。『謎煙の主』という歴史の長い部族があったこと。その最高峰のシャーマンが『黒曜石の老婆』と呼ばれていたこと。『スラーイン』がいた時代にナタを守るために戦ったナタの六人の英雄。その中に『オロルン』という名前の謎煙の主の青年がいたこと。
     オロルンはそれを聞いてあっさりと、それが僕で、黒曜石の老婆の弟子だ。と言った。

    「正確に言えば、その『オロルン』が死んだ数十年後に記憶を引き継いで生まれたのが僕だ。」
    「数十年後?これは何千年も昔の話だろう?」
    「だから最初に言っただろう、老爺だって。」

     そういうレベルの話じゃない。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。そもそも人の夢に自由に入ってこられるような超常存在だ。長生きすぎることに文句をつけるのは間違っている。
     オロルンは混乱しているスラーインを見てケラケラと笑った。彼が大口を開けて笑ったのは初めてだ。その口の端に尖った牙がのぞいたのを見て、今まで彼が控えめにしか笑わなかった理由を理解した。

    「僕の魂は出来損ないだから、生まれ変わる時に人間になれなかったんだ。よくあることではないけど、無いことでもない。蝙蝠に変身するっていう一発芸ができるけど、見るか?」

     スラーインは力無く首を横に振った。全く笑い事ではないと思うのだが、本人は至ってご機嫌でにこにこしている。出会ってから殆どずっと浮かべているこの笑顔は嘘には見えない。一方で、二日目の晩の彼の言葉を思い出した。『思い出と一緒に消えてしまう方がいい』というのもまた、彼の本心であるように思われた。

    「僕がずっとへらへらしてるのが変だと思う?別に、いつでもこうなわけじゃないよ。君がいるからご機嫌なだけだ。」

     また人の心を読んだようなことを言う。

    「長生きし過ぎるのは良いことばかりじゃないが、こうしてスラーインにまた会えたんだから意味があった。」

     オロルンはスラーインの両手を握った。確かにそこにオロルンの手があるのに、何の温度も感じられない。まるで空気の塊に包まれたようだ。夢の中なのだからそういうものなのかもしれないが、何故か強烈な違和感があった。

    「君の魂は変わらないな。僕は昔のことを殆ど忘れてしまったが、それでも君のことはすぐにわかったよ。」

     左右で色の違う瞳が宝石のように煌めいている。俺は君の知っているスラーインじゃない。そう言うとオロルンはそうだねと微笑んだ。
     部屋はしんと静まり返っている。いつもなら夜遅くにも窓の外から何かしらの音が聞こえてくるものだが、今は少しの音もしない。
     ここはスラーインが見ている夢の中だ。登場人物は自分とオロルンだけ。比喩でもなんでもなく、この世界には二人しか存在していない。
     真夜中のようなオロルンの、明るい昼の空のような瞳に引き込まれるように顔を寄せた。長い睫毛が伏せられる。目蓋に口付けるとオロルンは擽ったがって身を捩った。それを追いかけて、笑い声を飲み込むように口を塞ぐ。触れ合った唇にも温度は無く、それがひどく残念だった。



    「ナタの本ばかり読んでいると思っていましたが、最近は変わった本を読んでいますね。」

     会社の後輩が休み時間に話しかけてきた。今日読んでいるのは『ミツムシの社会』という本だ。社会性昆虫であるミツムシの習性と生態についてわかりやすく解説されている。当然、常であれば目の前にあっても素通りする類の本である。

    「友人の薦めだ。」
    「虫に興味があるとは知りませんでした。」
    「興味は無いが、読んでみれば面白い。」

     それを聞いた後輩は目を丸くした。

    「以前は興味の無いものは薦められてもバッサリだったのに。何度頼んでもワンピースを読んでくれないってザックが嘆いていましたよ。」
    「ワンピースは長すぎる。あれを今更一から読めと言う奴の方がどうかしている。」

     どちらかといえば、本自体の面白さを求めるよりもオロルンが興味のある物を知りたい気持ちの方が強い。ミツムシの観察はオロルンの趣味の一つで、この間会った時には裏庭にあるという巣箱について熱心に語っていた。よくわからないまま聞いていても楽しいが、スラーインの側にミツムシの知識があればもっと話を深く理解できるだろう。その方がオロルンも楽しいと思う。
     ちなみに、オロルン推薦図書を読む利点はそれだけではない。

    「薦められた本を読んだと言うと、とても喜ぶんだ。」

     後輩は呆れた顔でスラーインを見た。

    「もしその『ご友人』がワンピースを全巻読んでほしいと言ったらどうするんですか?」
    「……どうだろう。読むかもな。」
    「相手を喜ばせるためだけにそこまでする方がどうかしていますよ。」

     そうだろうか。オロルンが喜ぶとスラーインも嬉しいのだから、自分一人のために時間を使うよりよっぽど有意義だと思うのだが。オロルンと会えるのは週末の夜だけなので、それまでの時間も無駄にしたくない。
     スラーインが噛み殺しきれなかった小さな欠伸を漏らすと、後輩の声にほんの少し心配の色が混ざった。

    「最近また眠そうにしていますね。仲が良いのは結構ですが、夜はちゃんと寝た方がいいですよ。」



     オロルンはスラーインのベッドで色とりどりの布を広げている。どこかの観光地の絨毯市のような光景だ。カラフルな色の糸で織られた規則性の無い幾何学的な模様が並んでいる。大人が二人で寝ても余裕のあるサイズのベッドなのだが、謎の布が無限に出てくるのでスラーインは追い出されてしまった。人のベッドを占拠したオロルンはご機嫌で歌を口ずさんでいる。

    「What if we rewrite the stars?Say you were made to be mine...」

     以前一緒に観たミュージカル映画の歌だ。スラーインにはピンと来なかったが、オロルンが大層気に入ったので三回も観させられた。スラーインの部屋なのに全てオロルンにいいようにされていて味わい深い。
     最近はオロルンが訪ねてくる頻度が高くなったのもあり、最早何の遠慮もない。勝手知ったる他人の家といった様子だ。

    「以前君に見せたのは、部族の人が作った『ちゃんとした』ウォーベンだ。これは昔の僕が作ったウォーベン。前衛的だが、読めなくはない。」

     謎の布はウォーベンであったらしい。下手な事を口走らなくてよかった。オロルンは一枚を手に取ってじっと眺めている。真剣な表情だ。長い指が模様をなぞる所作が美しい。ウォーベンは特別な染料を使った糸で織ることで絵柄以外の情報も記録できているそうだ。この模様から何を読み取っているのかスラーインには想像もつかない。

    「君に話したのは、当時のナタの人が一般的に知っていたスラーインの功績だ。こっちはもっと個人的な話が残っている。僕はナタを救う方法を探すためにスラーインと旅をしていたんだ。まあ、今の僕は殆ど覚えてないけどね。だからこんなウォーベンでも残しておいた意味はあった。」

     オロルンは何か見せたいウォーベンがあったようなのだが、絵柄がヒントにならず見つけられないらしい。一つ一つ拾い上げてはじっと見て、またベッドに戻すを繰り返している。スラーインはベッドに並べられたウォーベンを見渡した。かなりの量だ。これら全てが、オロルンが残しておきたいと願った『スラーイン』の姿だった。
     あの時の『スラーイン』にはあの道しか無かったが、今のスラーインは違う。他のものをみんな捨ててでもオロルンを選ぶことができる。『あの時』のことなど、覚えてもいないのに。
     オロルンと一緒にいられるのは嬉しい。二人で穏やかな時間を過ごしていると、ただ楽しいのとは違う、望んでも得られなかったものを取り戻しているような感覚がある。『スラーイン』の長い旅はあの結末に辿り着くためにあったのに、旅の最後に未練を残した。
     存在しないはずの感情が混線している。どこまでが自分で、どこまでが『スラーイン』なのかわからない。いつの間にか近くに来ていたオロルンが、スラーインの膝に腰掛けた。その細い腰を両手で引き寄せて抱きしめた。隙間など少しも無くなるくらいに強く。両腕で作った輪に閉じ込められたオロルンは、これでもう何処にもいけない。

    「今の僕が覚えているのは、スラーインのことがとても好きだったってことと、その魂が光り輝いてとても美しかったことだけだ。でもそれで十分だよ。」

     今のスラーインには魂が見えないはずだ。それでもわかる。元々不完全だった魂は更に擦り減って歪んで、もうまともな人の形なんてしていなくて、それでも尚愛しいオロルンの形だった。



     眠くて仕方がない。不眠に悩んでいた頃のような頭痛や倦怠感を伴うようなものではなく、暖かい陽射しの中で微睡むような、心地良い眠気だ。
     手で口を隠して欠伸をしたスラーインを、後輩が見咎めた。

    「……顔色が悪いですよ。病院に行かれた方がいいと思います。」
    「大袈裟だな。眠いだけで体調は悪くない。」
    「そう思っているのは貴方だけです。」

     スラーインは後輩の言葉を聞き流して、タイミングよく通知音を鳴らしたメッセージアプリを開いた。重要な連絡では無かったので適当に返して、トーク一覧を見た。下の方にオロルンと出会うきっかけになった友人の名前がある。彼とはまた暫く連絡が取れていない。既読のつかないトークルームを見ても、もう何かしようとは思わなかった。
     自分で望んだことだ。スラーインと同じように。



     目を開けると、薄暗い部屋でオロルンの膝に頭を乗せて横になっていた。いつものスラーインの部屋ではない。ぼんやりと霧がかかったような頭のまま辺りに視線をやると、壁にウォーベンがいくつも飾ってあるのが見えた。以前通された『謎煙の主』の部屋だ。
     オロルンの手がスラーインの髪を優しく撫でている。その手も、頭の下にある膝も、温かくて心地がいい。

    「可哀想に。こんな所、最初から来なければこんなことにはならなかったのに。友達が心配で、助けたかっただけだったのにね。『一瞬沸き起こった正義感のせいで』……、これは誰が言ったんだったかな。もう忘れてしまった。」

     脳の奥の奥に直接届くような、穏やかで柔らかい声。勝手にまた閉じそうになる目蓋をなんとか開けて頭上のオロルンを見上げた。オロルンはそんなスラーインを見て、かわいいねと微笑んで頬を擽る。

    「でも、見捨てられない君が好きだよ。君の魂はあの頃と何も変わってない。真っ直ぐで、眩しいくらいに輝いている。僕とは大違いだ。」

     オロルンは笑った。その整った口の端から覗いた牙が愛おしい。例え見えない血に塗れていても。オロルンはスラーインを聖人か何かだと思っているような節があるが、とんだ思い違いだ。
     スラーインも手を伸ばしてオロルンの頭を撫でた。いつも被っていたフードが落ちて、頭の天辺の蝙蝠の耳が顕になった。

    「ごめんね。何度も逃してあげようと思ったんだ。本当だよ。……でもやっぱりやめた。次に会う機会があっても、その時にはもう君を好きだったことすら忘れているかもしれないから。」
    「謝る必要はない。」

     オロルンは自分の頭の上を彷徨っていたスラーインの手を捕まえて、両手で包み込んだ。現実のオロルンはスラーインより体温が高い。それもずっと前から知っていた気がする。
     自分の中に『スラーイン』がいるのは確かなのだろう。だがそれが無ければこの手を振り払って逃げられたかというと、そうとは到底思えなかった。選択肢は常にスラーインの手の中にあった。夢を見たくなければ香など捨ててしまえばいい。オロルンが訪ねてきても、招き入れなければ入っては来ない。暖かな夢の先に待ち受けるのが暗闇だと知っていて進んだのも、目の前にいるのが怪物だと知っていても求めるのをやめなかったのも、自分自身だ。
     温かいな、という間の抜けた呟きにオロルンは目を細めた。

    「以前の君は僕の手を握るのが好きだった気がするよ。今の君はどう?」

     答えの分かりきった質問をしたオロルンは、熱を分けるようにスラーインの右手を一層強く握った。夢の中では感じられなかった手の温もりはこれが現実であることを示しているはずなのに、夢の続きを見ているようだ。現実と夢の境界は酷く曖昧で、だがそんなものは最初から必要がないのかもしれない。今目の前にオロルンがいて、その体温を感じていることだけが真実だった。

     その時、夢の世界に似つかわしくないバイブレーション音が部屋の中に響いた。傍に落ちていたジャケットのポケットからスマートフォンを取り出すと、画面は後輩からの着信を知らせている。

    「君が寝ている間にも何度もかかってきた。出る?」
    「出ない。」

     スラーインはスマートフォンの電源を落とした。呆気なく画面が真っ黒になって沈黙する。それだけでは足りないような気がして、オロルンに差し出した。オロルンの白い指がスマートフォンに触れると、塗装は色褪せて金属部分はあっという間に錆びついていく。部屋の隅に放り投げると朽ちたフレームが割れて中の部品が飛び出した。もうあれは必要無いから別にいい。オロルンが本当に嬉しそうに笑うので、スラーインも嬉しかった。

    「奥に行こう。時間はいくらでもあるから、夢の中の僕たちがまだしていないことをしよう。」

     僕の魂が擦り切れて無くなるまで、逃がしてあげないよ。オロルンはそう囁くと、スラーインの手を引いた。二人はニゲラの花の刺繍された薄絹をくぐって、二度と戻ってくることはなかった。
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    tukitatemochi

    DONE一般会社員のスラーインと長生きで怪しい宗教をやってるオロルンのカピオロです。
    夜は微笑む「こちらでお待ちください。祭司様がいらっしゃいます。」

     そう言われて小さな部屋に通され、そろそろ十五分ほど経過しただろうか。壁際で立ちっぱなしのスラーインは腕時計を確認して、苦々しくため息を吐いた。床には薄いクッションがいくつか並んでおり座るよう促されてもいたが、長居したいような場所ではないので座る気にもなれない。
     部屋の中は薄暗く、独特の色鮮やかな模様で彩られた調度品や、物語性の感じられる模様が織り込まれた大小の布で埋め尽くされている。全体的に紫色なのがまた、胡散臭い雰囲気を加速させていた。香が焚かれているのだろうか、あまり嗅いだことのない香りも漂っている。
     先程通ったドアの他に、部屋の奥にも入り口があるようだ。繊細な花の刺繍が施された薄い布で目隠しされている。祭司はここから登場するのだろうか。スラーインは部屋を見回すふりをしてさり気なく背後に視線を向けた。隅には信者が二人、彫像のように立っている。予告無く押しかけた客が勝手なことをしないように見張っているのだろうが、入ってきたドアを挟むように立たれると逃げ道を塞がれているようで嫌な気分だった。
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    tukitatemochi

    DONE本編のストーリーを核に嘘で塗り固めて生成したカピオロです。
    我が愛しき祝福について(或いは永遠の呪いについて) 風のない、星がよく見える夜だった。オロルンはファデイの隊長と、その部下たちと共に焚き火を囲んでいた。作戦中の束の間の休息だ。オロルンは火から離れた所で、彼らの何気ない世間話を聞くとはなしに聞きながらぼんやりと座っていた。
     焚き火のパチパチと爆ぜる音が耳に心地良い。世界には、この音を録音して聴くことでリラクゼーション効果を求める人たちもいるらしい。果たして録音した音だけで期待したような効果は得られるのだろうか。火の暖かさ、不規則に揺れる影、時折飛び出しては消える火の粉、木の焼ける匂い。焚き火を構成する要素は一つでも欠ければ途端に薄っぺらになってしまうように思った。
     隊員たちの話題の中心であるスネージナヤのことも、流行の歌も、何もわからないオロルンは会話に入ることができないので、こうして取り止めのない思考に身を任せている。だが決して排除されているというわけではなく、居心地は悪くない。さっきは炎水という、初めて飲む酒も分けてもらった。強いアルコールで少し火照った頭と身体にはむしろ、賑わいを外から眺めているくらいの方が丁度いい。
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    tukitatemochi

    DONE人間じゃなくなってから何千年も熟成された隊長とただの人間のオロルンのカピオロです。
    夜がささやく 何にもしたくない。オロルンは貧相なパイプベッドにうつ伏せて大きく息を吐いた。起きてから何も食べていないのでお腹が空いている。どこかが痛いわけでも疲れるようなことをしたわけでもないのに重たい身体を引きずるようにして鉢植えに水をやって、そのまま起きていようと思ったのだが結局またベッドに戻ってきてしまった。
     朝まで続いていた雨の名残で空は薄暗い。窓を開けたいが、外の空気は湿った雨の匂いがして気分転換には繋がらないだろう。
     せっかくの土曜日をこうして何もせず転がって終わらせてしまうのは勿体無い。わかっていても、何もしたくないという強烈な欲求に支配されていて動くことができない。
     オロルンは枕元にあったスマートフォンでSNSを開いた。友人たちの楽しそうな様子でも見れば気分が変わるかと思ったからだ。笑顔の友人たちが映った写真や動画を次々にフリックして眺めたのち、洪水のような情報にかえって疲労感を感じて手の中の板を放り投げた。ベッドの隅に着地したそれは壁との隙間に滑り込んでそのまま視界から消えてしまった。最悪だ。
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    tukitatemochi

    TRAINING怪談のカピオロです。
     そういえば、と天幕の中、ランプの灯りで本を読んでいた隊長が呟いた。

    「ナタに来て暫く……お前と出会った頃に始まったことだと記憶しているのだが。夜、横になっていると見知らぬ女性が現れることがある。」

     曰く、隊長が横になっていると急に意識ははっきりしているのに身体が動かなくなるときがあり、そんな時にはいつの間にか見知らぬ女性が、仰向けで寝ている隊長の身体の上に座っているのだそうだ。

    「いつも深々と頭を下げて、『どうぞ宜しくお願い致します』と言う。何度も。」

     どうぞ宜しくお願い致します。どうぞ宜しくお願い致します。どうぞ宜しくお願い致します。
     傷のついたレコードが同じ箇所を繰り返すように、全く同じ調子で同じ言葉が繰り返される。隊長の腹に額を擦り付けるような深い深い礼とは裏腹に、その声には感情というものが感じられない。そして、朝方になってふっと隊長が意識を逸らした瞬間に跡形も無く消えるのだそうだ。延々と続く懇願に、最初こそ不気味に思った隊長であったが、ふとオロルンが近くにいる夜にそれは現れないことに気がついたのだそうだ。そして思い返してみれば、顔こそ見えないものの病的なまでに白い肌や青みがかった暗い色の髪はオロルンによく似ているのではないか?と思い至った。もしやあれは、オロルンの母親なのではないか、と。
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