デート 【デート】
トントン、と各部隊の報告書を揃え纏める。
実在庫と理論在庫との照合を終え、ぐぐっと固まった背筋を伸ばす。思ったより早く終わった。見上げた障子窓から差し込む日はまだ白い。もう一度背筋を伸ばしてついでに首と肩をグルリと回す。すっかり冷めてしまった湯呑みで喉を潤し人心地ついたところで、ふと昼前に加州とした話を思い出した。
「そういえばさぁ、デートどうだった?」
「でぇと?…遠征の事か?」
「違うし」
昨夜の宴会で伊達の連中が、街の方の万屋にできたビルトイン観覧車の話で盛り上がっていたらしい。
「大倶利伽羅と行ったんじゃないの?」
「ないな」
「そっかぁ、ま、いっつも本丸でイチャイチャしてるし別にわざわざ出掛けなくてもいっか」
「なっ、イチャイチャなどしていない」
「毎日がお家デートってやつね」
「してない」
イチャついてもいないし、そもそも俺は大倶利伽羅と2人だけで外出したことなどない。それに観覧車のことだって知らない。
「…デート」
…誰と、っ別に誰とだろうが構わん。
そもそも大倶利伽羅とは同室なだけで、別にそんな関係じゃない。
茶とともに置かれていた菓子袋を掴み上部を乱暴に左右にひっぱる。バリッと勢いよく開いた拍子に宙を舞った一本を拾い口に放り込む。
ポリッポリポリポリポリ
む、この芋けんぴうまいな。
二本目に手を伸ばし今度はゆっくりと噛んだ。目を閉じてじんわりと口の中に広がる素朴な甘さを堪能する。
うまい、大倶利伽羅にも分けてやろう。
舌鼓を打ちつつ冷えた湯呑みに手をかけたところで茶盆に残る一筆箋を見つけた。
『お土産です。堅くて洒落っ気のないところ があなたそっくりですね。宗三』
…うるさいな。
袋の口を折りながら細く長く息を吐く。
息と一緒に支柱が抜けてしまった背中が丸まる。怠慢だなと呟きつつ菓子袋の折口を握った腕を枕にうつ伏せになる。
頬とくっついた机が冷たくて気持ちがいい。
…俺がつまらん事など、知ってる。
「…デート、」
大倶利伽羅がデート?俺じゃない誰かと?
そもそもデートとはなんだ。何をするものなのか。俺じゃ駄目だったのか。いや、別に考える必要はないか。しないし、そんな関係でもない。デートの相手は、俺…じゃない。
「…デート、」
浅く息を吸い瞼を閉じて秒針の音だけを体に響かせる。
仕事を終えてから長針は二周目に突入しようとしていた。茹だって煮詰まり焦げ始めた額をぐりぐりと机に擦り付ける。
ともかく、報告書を提出しなければ。
ゆるゆると頭を上げ折口がくしゃくしゃになった菓子袋を茶盆に戻す。
茶盆に冷え切った湯呑みと菓子。
湯呑みに描かれた朱色の束熨斗は華やかに金が縁取られまるで大倶利伽羅の腰布のようで、芋けんぴは俺で…。
「俺とデート」
ふ、ふふふ。あっはっは。
自分の想像力に思わず笑いがでる。
「楽しそうだな」
ふいに背後から低い声。
喉の奥に悲鳴を飲み込む。
振り向かなくてもわかる。先程まで脳内を埋め尽くして今も心に占拠し続けている相手。
「何か用か?」
慌てて姿勢を正しいつも通りを装う。
「もう、終いだな」
「えっ」
予想通りの筈のまだ予想しきれてなかった言葉に心臓が凍る。
「っは、なに、が」
大倶利伽羅は固まる長谷部の背後から机の上を覗き込む。
「もう仕事は、終わっているのだろう」
耳元で囁かれればさっき凍ったばかりの心臓は忽ち沸騰する。
「へ、あ」
振り向けないまま言葉に詰まる長谷部。
「出かけないか」
「ど、こへ」
「街の方の万屋」
「、俺とか」
「ああ」
「デートか?!」
「そうだ」
「俺とか!」
「ああ」
肩を大きくまわし振り返った長谷部の額に勢い余った煤色がペシペシと時間差で当たる。
大倶利伽羅は一瞬だけ目を大きくした後、長谷部の乱れた前髪を梳き柔らかく笑った。
そして机に擦り付けて赤くなっている額に唇でやさしく触れるのだ。