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    ぽ む

    トョナォに狂いし者

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    ぽ む

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    豊から直への愛を哲学した結果の死ネタ
    戦争が終わった後のお話し

    太陽の日差しがジリジリと照りつける鉄板の上は、むわりとした熱気が立ち込めていた。

    習慣となっている鍛錬を終えた豊久が飛龍の甲板に出ると、船首の方からワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。その騒音の元に見当はつくものの、興味本位で確かめにいけば案の定あの男とその取り巻きの犬猫たちだった。

    「ぃよっしゃ!俺の勝ちィ!」
    「さすがは空神様です…!オレのなんかすぐ落ちちゃいました!」
    「ワシのもだにゃ〜…。全然飛ばないにゃ!」
    「わはははは!そりゃ年季が違うからな…っていうかお前らの手だと回転が掛かりにくいんだろ、多分」

    数名(数匹?)の一団はどうやら何かで遊んでいるらしい。何だろうかと思い近寄れば、こちらに気づいた1匹の犬が「あ、御大将」と声をかけてきた。

    「応。こげんとこでなにしよる」
    「空神様と手製の玩具で遊んでいたのです!誰のが1番飛ぶのか競っていたのですが…。空神様はやはりすごい、ダントツでした!」
    「がははは!そう褒めるな褒めるな!オウ島津、お前も暇なら作るか?竹じゃない竹とんぼ」

    何がぁそりゃ。くだらん、と一蹴することもできただろう。しかし、周囲の犬猫の期待が混ざった瞳と、目の前の男の珍しく屈託のない笑顔を前に、豊久は自然と了承の言葉を吐いていた。
    細かい作業はあまり得意ではないがそう難しいことでもないだろうと、言われるがままに手渡された木片とそこらの端材を組み合わせていく。ニヤニヤとしながら豊久の作品の完成を待っている菅野の視線は鬱陶しく、時折ギ、と睨みつけてやるも、何をどう捉えたのか笑みを返されるので逆に戸惑った。そうこうするうちにできたものは手本と比べると少し無骨であったが、形は同じだし悪くない出来だろう。

    「…うむ。こんなもんかの」
    「ヨッシ勝負だ!お前が負けたら今日の晩飯の乾パン一個よこせよ!」
    「きさん、そいが狙いか!!」

    食い物がかかってるとなれば負けられない。豊久は竹とんぼなんてもので遊んだことはないが、勝負事に負ける気で臨むような意気地なしではなかった。
    位置につき、犬猫の言う通りに両手で擦るようにして解き放つ。
    ビッ、と音を立てて豊久の手から離れた竹とんぼは、若干風に流されながらもフラフラと低く飛行を続け、やがてポトリと落ちた。それなりの距離を飛んだようで、周りからおおお〜と感嘆の声が溢れる。

    「フン、どうじゃ。初っめにしちゃよう飛んだど」
    「あんな低空飛行じゃ飛んだって言わねぇよ!いいか見てろ」

    ヨーシ、と肩をぐるぐると回しながら菅野が豊久の隣に並ぶと、何やら変な文字が書いてある手製の竹とんぼを構えた。まるで少年のようにあどけない表情を豊久がじぃ、と見つめるのにも気づかず、菅野は掌で助走をつけた竹とんぼもどきを勢いよく飛ばす。ギュイイ、と空高く舞い上がったそれに、犬猫たちはまたも湧き上がった。

    「へっ、どうだ!俺の勝ちだな」
    「何を言うがか。お前のは高か飛っだが俺のより手前で落ちてるじゃろうが。俺の勝ちよ」
    「ア"ァ"?!!これは高さが大事なんだよ高く飛んだほうが勝ちだ!」
    「ア"?!そがいなこつ言っとらんじゃろが!遠か飛っだ方ば勝ちじゃ!」

    キャーーやめてーー誰が大人の人呼んでーーと獣人たちが騒ぐ中、日課のようになっている殴り合いの喧嘩をする。全くもって煩くて乱暴な男だ。この男が大人しくなるのは書物を読んでいる時か目合いの時くらいだ、と拳の応酬の中で豊久は毒付いた。


    ──────────────────


    ジリジリと頭が焼けるように暑い。
    は、とひと呼吸して目を開けば、地面に胡座をかいて寝こけてしまっていたのだと気づいた。もうすでに日は高く昇っていて、その陽射しが豊久を焦がしていたらしい。
    だからあんな夢を見たのだろうか。過去の、なんてことない出来事を。

    世界の存亡をかけた戦いは終わった。人類側が辛うじて勝利を収めた。
    そして人類の、漂流者の大将をしていた豊久は今もこうして生きている。

    自陣に加わった人間、エルフ、ドワーフ、そしてそれ以外の種族も、あの戦いで大きな被害を受けた。むしろあの敵勢力を相手によくここまで数が残ったなとすら思う。戦の後は盛大に宴をするものだがあまりにも甚大な損害のため、信長をはじめとする主要な参謀たちは復興に向けて毎日毎日忙しそうだ。
    豊久は戦がなければ己にできることはないと思っているものの、人々の営みを取り戻すためのそれらに手を貸している。ただ、どうしてもこびりついた虚脱感のようなものが拭い切れず、こうして日がな一日ぼんやりと過ごすことも多かった。

    間も無く昼時だろう。一度拠点に戻るか、と深く息を吐いて、豊久は重い腰を上げた。隣でさわさわと揺れる色とりどりの花束を一瞥して、廃城に向かって歩き出す。

    今日も空が青い。

    ─────────────────


    パラパラと紙を捲る。
    今日は天気はいいが、風が強くて散歩には向かない。致し方なく城内で過ごしていた豊久は、飛龍から持ち込まれていたあるものを手に取って眺めていた。
    そこそこ厚みがあるそれを弄っていると、島津君、と聴き覚えのある声が己を呼ぶ。
    人の気配には気づいていたが誰かまでは分からなかったため、目線を上げた先にいた山口提督に豊久は僅かに瞠目したが、すぐに応えを返した。

    「応。何ぞ用かの」
    「いや、見覚えのある本を持っていると思ってね。…何が書いてあるのか気になるのか?」
    「こがぁなもんに興味はなか」
    「そうか。まぁ、そうだろうね」

    豊久は未来の日の本の書き言葉なんて読めないし、読みたいとも思わない。ただこれを、あの男がよく読んでいたから手に取っただけだ。
    そう口には出さなかったものの提督は何かしらを汲み取ったらしい。「この世界では貴重なものだ。壊さないように」とだけ言い残して、ゆったりとした足取りで去っていった。それを途中まで見送りながら、またパラパラと紙を捲る。

    相変わらず書いてある内容は分からないが、これを読んでいた菅野は楽しげな表情をしていたので、きっと心湧く何かが綴られているんだろう。そう思いながら、紙面に指先を滑らせた。

    ─────────────────


    今日も今日とて拠点を練り歩く。
    鍛錬を行い飯を食い、声をかけられれば何かしらを手伝う日々。戦がないとこうも頭と身体が鈍るような生活ばかりなのか、と豊久は人知れずため息を吐いた。
    ガシガシと後頭部を掻いて、一先ず城外へ出る。
    すると、遠くの方から「並べーーい!」と腹から張り上げたような声が聞こえた。与一の声だ。何か始めるつもりなのかと、釣られるようにしてその方向に足先を向ける。
    やがて森の開けた場所に辿り着くと、数名の犬人の前で踏ん反り返っている那須与一の姿があった。

    「…何をしとるんじゃ」
    「おやお豊。いえ、これからこの者たちの毛を梳いてやろうと思いましてね」

    話を聞いても理解できず、何でそんなことを、と片眉を上げる。しかも並ばされた犬たちははしゃぐでもなく喜ぶでもなく、何故か悲壮感溢れる表情ではないか。嫌がってるのでは、と与一を見遣ると、彼はへにゃりと眼尻を下げた。

    「ここにいる方達はよく直殿に毛を梳いて貰っていたそうで。それを思い出して鼻を鳴らすものですから、大した代わりにはなりませんが私もやってみようかと」

    ああ、それで。と得心が行き、豊久は綺麗に整列した犬たちを見た。滅茶苦茶な言動をしていた割に、あの男はやたら慕われていたのだ。こうなるのも必然だろう。
    犬の大きさに合わせた大きめの櫛を用意する与一に、見ていてもいいかと訊ねる。目を見開き驚いた様子の彼だったが、すぐにいつもの様に朗らかな笑みを浮かべ了承してくれた。

    礼を言って近くにある倒木に座り込み、与一が犬共の毛を梳く様子を見つめる。
    そのうち、それが飛龍で時折見かけていた光景と重なった。
    豊久が飛龍に辿り着いた後。身体が回復してからすぐに戦、戦の連続で、毎日慌ただしかったのを覚えている。そんな状況下のため休息の時間は貴重だったのだが、その僅かな時間にあの男は手持ち無沙汰になると犬猫共の毛を梳いていた。毛並みが良くなった犬猫を己に自慢げに見せびらかしてきたこともあったなと、自然と口角があがる。

    ふと見上げた空は、相も変わらず雲ひとつない晴れ模様だった。


    ─────────────────


    まだ日が昇り始めたばかりで空も薄暗い早朝の時間。
    日課の鍛錬をいつもの場所で行なっていた豊久の耳が、土を踏み締める微かな足音を拾った。こんな時間に珍しい、と自分のことは棚に上げて音の方向に顔を向ける。すると、見覚えのある犬が杖をつきながらひょこひょことこちらに向かって歩いてきた。

    「…お前は」
    「おお、御大将!今日もこちらにいらしてたんですか」

    顔に何重にも傷を拵えた犬は、戦で重傷を負って寝たきりになっていた者だった。まだ治りきってないのか、いつぞやの己と同じく包帯でぐるぐる巻きになっている。恐らく看病している者の目を盗んでここに来たのだろう。病み上がりですぐに歩き回るとは感心しない、とまたも自分を棚に上げて口に出せば、申し訳なさそうにキュウと鼻を鳴らし耳を垂らした。

    「すみません…。でも、どうしても来たかったんです」

    そう言うと犬は、杖に引っ掛けていた麻袋からバサ、と小さな花々が束ねられたものを取り出した。来る途中で摘んだのだろうか、少しばかりの量の花束をゆっくりと地面の上に置く。

    「青い花って滅多に無いのですが、この近くに咲いていて良かった」

    空神様はきっと青が好きだから、と杖を使って器用に地面に座り込んだ犬が、深々と頭を下げた。

    その眼前にある石碑には、彼らが読めない日の本の文字で名が刻んである。

    犬達が神と崇めたあの男の骨はここには埋まってない。身体だけじゃなく、乗っていたあの鉄の鳥さえも見つかっていない。骨の一片さえ、戻ってこなかった。

    戦も佳境に差し掛かった頃、豊久が敵の拠点を攻めていたのと同時に別の場所で大規模な空戦があったらしい。何機もの竜騎兵が編隊を組んでやってきて、それらを迎え撃ち激戦を制したものの、大尉の機体は大きく損壊し操縦不能となって山間部に消えたのだ、と。豊久は彼の上官からそう教えられた。すぐに犬猫達が捜索に出たらしいが、現在に至るまで何の痕跡も発見されることはなく。こうして、未帰還者として名が刻まれている。

    「最後に出撃される時、自分が空神様の準備を手伝ったんです」
    「…そうじゃったか」
    「ハイ。敵の数は先行していた尖兵から報告を受けてたので、厳しい戦いになるってみんな思ってました。なのにあの人は、あんな大勢の敵に向かう前なのにいつもの調子で、『おう、じゃあ行ってくる』って」

    目に浮かぶようなその光景に思わず笑みが溢れた。あの男とは戦にかける何もかもが違かった。思いも、背負うものも、全部が噛み合わなかった。
    それでも豊久はあの男を、菅野直を。今生で得難いほどに良い兵だったと、己の全てにかけて言うことができる。

    サワサワと吹く風が供えられた花々を巻き上げ、ちいちゃな花弁が周囲に舞い落ちた。差し込んできた朝日を受けてキラキラと地面に落ちていくそれを見て、犬が「あ、」と口を開く。

    「そういえば」
    「何じゃ」
    「イヤ、今思い出したんですが…。最後の出陣の時、空神様がなんか変なものを持っていたな〜って」
    「変なもの?」

    変なものなら沢山持ってそうだが、と豊久が訝しんでいると、えーとえーとと頭を捻った犬がやがてピン、と耳を立てた。

    「そうだ、竹とんぼ!いや竹じゃないって言ってましたが」
    「…竹とんぼ?」

    豊久も作らされたあの玩具だ。なぜ死地とも言える激戦の場にそんなものを、と菅野の意図が分からずに豊久が困惑していると、思い起こせたことが嬉しいのかパタパタと尾を振りながら犬が語り出す。

    「自分も何でだろうって思って聞いたんです。しかもそれ、空神様が作ったものじゃないし…。そしたらあの人、笑ってて。『こっちの方がもっと遠くまで飛べる気がするから』…って」

    一呼吸。

    「……は」
    「?…御大将?」

    「ははははは!!そぉか、そぉか!」

    突如笑い始めた豊久に折角立った犬耳がまた下がったが、それでも笑うことを止められなかった。
    全く、なんてことだ。
    大声で笑う豊久の視線の先に、煌々とした朝日が映り込む。いつもより眩しく感じるそれに、思わず目を細めた。

    きっとあいつは誰よりも高く飛んで、誰よりも遠くまで行けたのだろう。
    そうであればいいと、心の底から思った。
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