「お前ってほんと傷だらけだよな」
ふと何気なく思ったことを口にする。
自身を組み敷いている男の胴に無数に刻まれた刀疵を、菅野は覚束ない手つきでなぞった。代謝がいいのか、ひたりと汗ばんでいる島津の身体はまるで行火のように熱い。
先程まで散々まぐわっていたせいで茹だったままの頭ではその先の言葉も見つからず、菅野は無言で傷痕を辿る。胴から肩にかけて、肩から自身の顔の横に置かれた腕にまで、つ、と指先を走らせた。
「何を遊っておる」
「なんとなく」
怪訝そうな顔をする島津に菅野は素っ気なく答える。腕は特に刀からの傷を受けやすいのか、籠手をしていても細かなものから大きなものまで大小様々な刀疵が残されていた。
「はは、これとかしいたけの切り込みみてぇ」
「しいたけち言うんは何ぞ」
「きのこ」
「………」
その返答が気に食わなかったのか、それとも触られ続けてまた熱が燻ったのか。島津は菅野の戯れを咎めるように唇を塞いできた。
抵抗することも最早億劫で、菅野は甘んじてそれを享受する。自らを貪る男の背後にある小さな窓の外が薄らと白んでいるのを見て、間も無く夜が明けるのを感じながら再び目を閉じた。
─────────────
嫌な静寂が周囲に満ちている。
遠くからだと漆黒に見えた大地は、菅野が近づくにつれまるで地獄のような様相を眼前に突きつけてきた。
生き物の焼ける臭いと重苦しい血の臭いが混ざった空気に、菅野は思わず口に手を当て胃から迫り上げてくるものを堪える。
一体ここに何人いるんだろうか。何名分の遺体が重なっているのか。それすら判断つかないくらい、ここには黒く焦げた肉が数え切れないほど転がっている。
黒王軍を相手取った戦争の中でもっとも大きく苛烈な戦いだった。菅野自身数多の飛竜を相手取った空戦に臨み、戦果を収めつつも機体が損傷しあわや墜落するかと思ったが、運良く不時着できたため生きてここにいる。
この戦場だったはずだ。ここにいたはずだ。
咽せ返る異臭の中、炭化した肉塊に足を取られながらも菅野は歩を進める。ドワーフのものだろうか、黒ずんだ丸い兜が爪先に当たってガラン、と鈍い音がした。所々落ちている鎧や斧にも足を躓きそうになるが、それでも前を向いて真っ直ぐに歩く。
ゆっくりと視線を巡らせながら足を動かしていけば、やがてこの惨状の最前列と思われるところまで辿り着いた。
腕か足かまだ判別がつく部位を退かしながら、菅野は近くを探る。何をしたいのか自分でも分からないし、何が見つかったら満足なのかも分からない。それでも身体が勝手にこの生き地獄のような場所を彷徨い続けて、そして。
「、あ」
黒焦げの遺体たちの下にまだ肌だとわかる何かが見えて、追い立てられるかのように掘り起こす。肘から先の腕の一部らしいそれを地面から持ち上げて、菅野はその場に座り込んだ。
指は焦げ落ちていて数本しか残ってないし、手のひらも一部が抉れている。それでもこの腕の持ち主が誰なのかを菅野は知っていた。忘れられるわけがなかった。
何度も何度もなぞった覚えのある傷痕に触れながら、深く息を吐く。
「あんなに熱かったのに、死んだらこんなに冷たくなるんだな」
早く提督の元に戻って自身の生存の報告をしなければならないのに、菅野の足は不思議とこの場から離れられなかった。