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    つや子

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    つや子

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    ラギレオ腐 捏造につぐ捏造 明るくはないです 問題があればご指摘願います

    #ラギレオ
    laguerreio.

    【ラギレオ】◯売ヤー ラギー・ブッチの恋 コンビニの店員に、支払い用のバーコードの画面を見せて、愛想笑いで言った。「お願いするッス」
     「失礼します」ぴ、と読み取った金額は、オレの一年ぶんの食費をゆうに上回る。買うのは、某有名ブランドのスニーカー、それも購入制限いっぱいの三足も。発売前から争奪戦が予想されていた人気モデルで、通販サイトはものの数秒で陥落。オレもダメ元でブラウザの更新ボタンを連打していたが、まさか買えるとは思っていなかった。

     届くのはおそらく一ヶ月ほどあと。オレはとある知り合いにメッセージを飛ばした。もちろん靴に拘りをもつフロイドくんでは、ない。彼に売りつけるには、リスクが高すぎる。ややあって、同級生ではない、その彼から電話がかかってきた。

    「やあラギーくん。おつかいありがとねー」
    「どうしたんスか。いきなり」
     彼はスニーカーにかぎらず、需要があるものを買っては、中古サイトなどで横流ししている自称仲介人である。オレのほかに何人も「おつかい」に行ってくれる若者がいて、そいつらに指示したり報酬を払ったりするのを、全部一人でやっているという。

     以前、転売って儲かるんスか? と、訊いたことがあった。そのときの彼の返事が以下である。

    『んー。正直、儲けは少ないんだ。人材費とか保管するのも大変だしね。まあ僕は、困っているお客さんを助けてあげたり、お話するのが好きだから。感謝されたら万々歳』

     なにも知らない情弱(イデア先輩語録)騙くらかしてなに言ってるッスか~、とは口にださなかった。どうやら本気でそう思っているらしい。実際、感謝されることもあるようだ。孫に高価なプレゼントを買ってあげたいお年寄りとか。

     いつもはメッセージのやり取りだけで事足りる。なにかトラブルでもあったのか警戒したオレに、彼は笑って否定した。

    「いやまあ、僕としたことがさ。うっかり読み間違えて在庫抱えちゃって」
    「いつものことじゃないッスか」

     そこをどうにかこうにか一般人に言いくるめて、売りつけるのがアンタの仕事でしょ。

    「それはそうなんだけど。ラギーくん、もしよかったら買わないかな? いまなら格安で譲るよ~」
    「要らないッス」

     電話が切られるのを察したのか、彼はなおも慌てて言い募った。「待って待って! 画像送るから! 検討だけはしてみて! 型落ちだけど、モノはいいから!」

     ぴこん、と某ブランドものの腕時計が、チャットルームに表示された。腕時計て。腕時計型デバイスならともかく、学生で腕時計なんてしてる奴なんているのか? しかも、どちらかというとビジネスマンっぽいデザイン。売れるツテの顔を順繰りに思い浮かべてみても、ぴんとこない。

     遠慮しときまーす、と言おうとしたそのとき、最後にあのひとの顔がパッと、ひらめいた。出来のいい部下が、いい仕事をこなした満足そうな顔。
     お高い腕時計は、つやのない硬い素材の黒いベルト。文字盤や針は金色。決め手にテッペンに、ちいさなライオンの横顔。オレの美的感覚やセンスはそこまで優れているわけではないが、成金っぽくもゴツいわけでもないように……思えた。

    「……いくらで売ってくれるんスか」

     口からこぼれた台詞は、もとには戻せなかった。

    (なに考えてんだオレ)
     腕時計を受け取ったオレは、さっそく後悔した。こんなもの、日ごろハイブランド品を日常使いしているあのひとには、物の数にも入らないんじゃないか、と思えてきた。

     彼が提示した額からはだいぶ値切ったとはいえ、オレにしてみれば貴重な貴重なカネを、少なからずこいつに支払ったことも大きい。バイトの算段を頭のなかで組み立てる。なんとかならないわけでもないが、ちょっぴり手痛い。

     指輪のケースを二回り大きくしたような黒いケースに、腕時計は収まっている。やはりなんとかして売ってしまおうか。そう考えて、オレは何気なくケースをぱこっ、と開けた。

     腕時計は画像で見るより、華奢な印象をうけた。

     そう、これならたとえば、たとえばオーダーメイドの特別な服を着ていても、邪魔はしないのではないだろうか。むしろ――、むしろあのひとの浅黒い手首にこれがあったら、とても映えるのではないだろうか……。そのとなりに、お仕着せじゃない上等なスーツを着たオレがいたら――。

     自分の考えが妄想の域にあるのを察したオレは、我に返って恥じ入った。誰もいないことをいいことに、言葉にならない悲鳴をあげる。……しかしそれは、恥ずかしいが甘美な妄想だった。

     あーあ。馬鹿じゃねえの。身分違いの恋なんて、話のネタになっても誰も買い取っちゃくれない。

     そんなふうに頭のどこかで冷めた理性が働くが、完全に馬鹿になったオレは渡したときの反応をシュミレートするのに忙しい。驚く? 不気味に思う? ……素直に喜んではくれないだろう。
     じつはとあるツテで格安で売ってくれたんスよ。卒業祝いってことで。え? もちろん見返りはもらうに決まっているじゃないッスか。とびっきりいい就職先紹介してくださいッス。オレのツテのなかで、アンタがいちばん最強のカードなんですから。今に見ててください。オレはそこで、今よりもっと有能になって、地位や名誉も手に入れて、アンタの隣に立っても見劣りしないくらいになってみせるッス。だから、そのときは、そのときになったら――。

     部屋の主が戻ってきて、ハッと息を呑んだ。「いたのか。呼んだ覚えはないが」
    「あ……」

     つっけんどんな態度はいつものこと。なんと、レオナさんは珍しく機嫌が良さげだった。オレは腕時計を後ろ手に隠したまま突っ立っていた。いきなり本人が現れて、頭が真っ白になっていた。それでもなにか言おうとして、オレは、オレは。「レオナさん――」

    「ああ。こいつが気になるか」

     その左手首に目が釘付けになって、なにも言えなくなった。

    「見ろよ。さるやんごとない貴族の当主から、王族の末席を汚す弟殿下への贈り物だそうだ。さすがにご趣味がよろしくていらっしゃる。あの大物俳優ヴィル・シェーンハイトもびっくりだ」

     そう韜晦してクツクツと笑うそのひとの話なんて、聞いちゃいなかった。いつもの寮服に不釣り合いなほどの存在感、シルバーのベルトと小粒の宝石の文字盤、きらきらと光を反射して目がくらみそうだ。信じられないほど繊細な秒針が、三回ほど時を刻んでオレはようやく目を逸らした。

    「ヘタをしたら百万はくだらないかもな。いったい俺のなにがそんなに気に入ったんだか。もちろん、これは後で丁重にお返しする。その場で突っ返すには、周りの目がありすぎたんでな」
    「……」
    「ラギー?」
    「ずいぶん入れ揚げられたもんッスね。シシシッ。まんざらでもなさそうじゃないッスか」
    「ハァ?」

     レオナさんは少々気分を害したようだった。いつもならオレはテンションが上がって、よだれを垂らさんばかりにそれを凝視していたが、今は到底そんな気分にはなれない。手のなかの隠したものに力をこめる。

    「それじゃあ失礼します」

     返事も聞かず部屋を出て行った。脇目も振らず自分の部屋までひた走る。寮生に怪訝な顔をされたり、肩がぶつかったりしたが、そんなことに構っていられなかった。

    (――――さすがに百万マドルと比べられたら、かたなしッスよ)

     まざまざとあのひととの差を見せつけられて、オレの見通しの甘い妄想が音をたてて壊れた。わかっている。どう考えても百万マドルの時計を、二十代の若者に贈るなんて王族といえども分不相応、なのだろう。レオナさんも、もらってうれしい、というわけではなく、金目のものをオレに見せつけにきたのと、空気の読めない成金趣味のお貴族サマをわらおうってハラだ。

     わかっている、わかってはいる。しかしいかんせん、タイミングがわるすぎた。なんでよりによって。

     オレは腕時計をベッドの上に雑にほうった。脱力して力が入らなかった。
     オレには逆立ちしたって百万なんてカネ、捻出などできない。プレゼントは値段ではない。それもわかっている。しかし、レオナさんが近い将来、あの時計を再度その腕に巻いて、華やかな世界へ、オレみたいなド庶民には想像もつかない場所へ行ってしまう未来が、すぐ近くにある気がした。

    「は――――――」

     長く息を吐いた。らしくねえ。そら見たことかと、俯瞰した自分が言う。

     身分違いの恋なんて、一マドルどころか大損ではないか。
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