眩いばかり 春風が吹く頃、雲深不知処には今年の座学を受ける少年たちが各仙家から集まってきていた。
魏無羨は、その長い列を興味深げに見遣った。
「今年はまた多いな…夜狩で知っている顔はいるかな」
まだ藍家の白い校服を支給されていない彼らはそれぞれの家の服で固まって並んでいる。見慣れた紫色も見つけることができた。
自分が座学を受けたのは、随分昔のことなのに、まるで少し前のような気がして、懐かしさに口元が綻んだ。
通行証をなくして、取りに戻ったこと。
天子笑を持ったまま、屋根の上で藍湛とやりあったこと。
江澄や懐桑と夜な夜な酒を酌み交わし、川で魚を取り、そのどれもを藍忘機に断られるばかりか、怒りのこもった冷ややかな目を向けられ、ものによっては容赦なく罰せられたこと。
退屈だった蔵書閣での書き取りでも、藍忘機を見ているだけで心が弾んだ。たしか最終日にひどく怒らせてしまったような気もする。
ふと気づいて、魏無羨は頭を抱えた。
記憶の中の自分は藍忘機にちょっかいを出し過ぎではないだろうか。
もしかすると、あの頃から藍忘機のことをそういう意味で好きだったのか。
全く考えたこともなかったが、そういうことなのか。魏無羨は、鼻の横をこすりながら思い出す。
確かに、藍忘機の美しさと強さは群を抜いていて、友だちになりたい、と強く思った。しかし、それに美しさは必要だろうか。今も昔も美人ちゃんは好きだが、前世では女の子が好きだったはずで。
いや、ガキだったんだな、と魏無羨は薄く笑った。
十代半ばの魏無羨は怖いものなど何もなかった。犬が怖いのはあったが、未知のものや、誰かに対して、自分の行動に怖さを感じたとはなかった。
女の子たちは、魏無羨が声をかければ、一様に笑うし、口ではきついことを言ってもみんな甘かった。同じ年頃の少年や年下の子供たちは、我先にと魏無羨のあとを付いてきたがった。藍忘機だけが、魏無羨の誘いに乗らず、こっちを見ようともしなかった。どうにかあの無表情を崩したくて、笑わせようとしたり、怒らせようとしたり。
気になっている子の気を引きたくて仕方がないだけの、体ばかり大きな子供。こっちを見て欲しいと頑是なくねだっていただけ。
あの頃、初恋にもならなかった。
本当に、幼かったのだ。
幼すぎて、ひとりではどうにもならなかった。
そして、正しいと思うことが、誰にとっても正しく、報われるものだと無邪気に信じているほど、愚かだった。
そして、それに気付けなかった。
戻らない過去は眩しくて、時にあたたかく、ひたすらに痛い。
それでも。
「魏嬰」
ぼんやりと列を眺めるように過去を思い返している魏無羨にかけられた声は藍忘機のものだった。
「あ、藍湛。子供たちを見ていたんだ」
余計な一言のせいで、他になにかあるのではと勘ぐった藍忘機が口を開く前に、
「見てみろ、あの、後ろから三番目の子、なんかおまえに似てないか?つい見入っちゃって」
「似ていない」
「拗ねるなよ!おまえの方が美人なんだから。でも、なんかこうあのツンとした」
急降下する藍忘機の機嫌を感じ取ると、魏無羨はもう二度とそちらを見ようとはせず、藍忘機の手を取ると引っ張ってみせた。
「ちょっと昔を思い出していただけ。あの頃、おまえは俺に冷たかったけど、声をかけずにはいられなかったんだ」
「なぜ?」
「なぜって?声をかけたかったからだよ!」
答えになっていない返事をしてからからと笑う魏無羨に、藍忘機は呆れたように首を振った。
「ははは。もう仕事はいいのか?少し休憩できるなら、茶を淹れてやるよ」
誘いに頷いた藍忘機に、笑顔を向けると、彼は柔らかく口元を綻ばせた。
はじめての、恋をしている。
あの頃、請うたように、こっちを見て、と。
今はもう、想うことも想われることも、怖くはない。