【再掲】猫被りをやめた洋に三が食われる話このところ、水戸は顔や体に怪我を負ってばかりだ。
右目は痛々しく腫れ、頬には見事なひっかき傷。
口の端も切れ、上半身のあちこちに打撲を受けた痣がある。
いつも俺に優しく触れる指先には何枚もの絆創膏が貼られ、最も痛々しいのは左の太ももが紫色に変色するほどの大きな痣だ。
誰もがその姿に度肝を抜き、湘北一と言っても過言ではないあの水戸にこれほどの怪我を負わせたのはどこのどいつだと話題で持ち切りとなった。
そんな状態でも本人はいつも通り学校に通い、喧嘩よりも虐待を疑った教師から説明を求められても最後までヘラヘラと笑ってかわしているらしい。
親友である桜木が問い詰めても誰にやられたのかは頑なに口を割らないものだからいよいよ恋人である俺に矛先が向き、俺がグレていた頃のケジメを水戸が肩代わりしているのではないか、という噂まで出てしまった。
しかも赤木の耳にまでその噂が届いてしまい、部の評判を落とすようなことをするなと一方的に叱られた。
「やっちまいました。水戸の顔も、体も。スイマセン」
そんな噂が安西先生の耳まで入れば俺は終わる。
だから俺は生徒指導室へ乗り込み、水戸の怪我は全て俺が犯人だと名乗り出た。
すると生徒指導の教師は一瞬だけきょとんとしたのち、ふふっと笑って
「馬鹿だな三井。誰がお前のそんな嘘を信じるんだ。お前、喧嘩の方はからっきしじゃないか。しかも相手は水戸だぞ。嘘を言うならもっとマシな嘘を言え」
と、俺の話を少しも信じてはくれなかった。
それもそのはず。俺が喧嘩では水戸に敵わないとはこの学校の誰もが知っている揺るぎない事実だ。
俺だって勝てるとは思ってないし、そもそも腕力での喧嘩をしようだとは思わない。
しかし怪我の犯人は全て俺である。
だから水戸は誰にも言わず、俺を庇ってくれている。
勝手な噂が出回るくらいなら水戸の口から俺が犯人だと言うように説得はしたが、そうなるに至った理由を聞かれても困るだろ、と逆に俺が説得されてしまった。
何故ならあの怪我は全て、俺達二人がセックスに失敗した証なのだ。
いつも俺があと一歩というところで怖気づいてしまい、ストップをかける。
そのストップを無視して強引に進めようとする水戸へ咄嗟に頭突きだ蹴りだ噛みつきだと乱暴な手段をとってしまう。
つい最近は俺が自分からストップだと言ってもやめるな、と事前に言っておきながら、その言葉通りに進めようとする水戸の太ももへ見事な踵落としをきめてしまった。
流石の水戸もこればかりは悲鳴を上げ、畳の上をのたうち回っていた。
そのお詫びに尻を使う以外なら何でもすると言えばすぐに立ち上がり、俺を窒息死させかけたアイツのあのやる気はどこからくるのだろう。
水戸が言っていたように、こういったスキンシップが恋人同士には大切だということは理解したつもりだ。
普段よりもっと甘やかされるのは心地いいし、猫被りをやめて日に日に生意気となったあの水戸が徐々に余裕を無くしていく姿を下から眺めるのは気分がいい。
それでもやはり更に先の行為となると俺はどうしてもたがを外しきれず、毎度お馴染みのストップ、を口にしてしまう。
そんなことが二ヶ月も続き、怪我だらけ痣だらけな水戸を目にする度に良心が痛む。
水戸としても俺がわざとやっているわけではないとは分かってくれているし、下となる俺の負担や不安も理解してくれているから怒りもしない。
だからこそ俺は余計に焦り、打開策として一切の抵抗を封じる為に俺を縛る、もしくは視界からの恐怖を遮断する為に目隠しをする、などと提案してみた。
けれど水戸は俺の提案を全て断り、初めてはノーマルがいい、の一点張りだ。
二ヶ月もこんな失敗を繰り返しておいて今更初めても何も無いだろうとは思うが、ここはあえて水戸に従うことにした。
迂闊に反論しようものなら長々と正論で殴られるのだ。
饒舌になった水戸ほど恐いものがこの世に存在してなるものか。
話を戻して、俺達が先に進むには何よりも第一に俺が恐怖に打ち勝たなくてはならない。
同じ過ちを繰り返さないよう、全てはこの俺に掛かっている、そう自分に発破をかけた。
それなのに
「ストップストップだっつってんだろ」
「はいはい、ストップは無視ね」
「おらあ」
「ってえなあほんとに」
今日も今日とて、すっかり俺の体を知り尽くした水戸によって十分に慣らされたはずの俺は直前となってお決まりのストップを叫んだ。
そしてこれまたお決まりのストップは無視、という事前の約束通を守った水戸が俺の中へ侵入しようとするものだから慌てて腰に敷いていたクッションを引き抜き、顔面へ全力で投げつけてやった。
またやってしまった。これで何度目の失敗になるだろう。
今日こそはと意気込み、俺は抵抗する気力も残さないほど部活に打ち込む、という新たな方法を試してみた。
これは名案だ、と己の閃きに喜んでいたのに結局これもまた失敗に終わってしまった。
やはりいざとなれば勝手に抵抗してしまうこの四肢から自由を奪う以外に方法は無いのかも知れない。
クッションとは言えこれだけ至近距離でぶつけられれば痛いだろうに、やっぱり水戸は怒らない。
物理的な抵抗を中断の合図として自分の肩にかけていた俺の右足を開放し、隣に寝転ぶと大丈夫と優しく声をかけてきた。
大丈夫じゃないのは自分の下半身だろうによくぞその状態で紳士を貫けるものだ。
お前が貫きたいのはそっちじゃないだろ、なんてことを言える立場ではないがいつもながらその献身的な姿には感動を覚える。
「純粋に疑問なんだけど、お前まだ俺を抱けそう」
「逆にアンタしか抱けないけど」
「ここまで抵抗されて萎えねえの」
「うーん…ここまで抵抗されると逆に燃えてきたかな」
のんびりとした口調で話してはいるものの、少し視線を下ろせば行き場を失った水戸のやる気がまだ萎えていないのだと確認出来た。
流石は十五歳。若さが違う。
「やっぱり縛るのが一番じゃねえの折角痣も綺麗になってきたし…俺だって別に好きでお前に怪我させてるわけじゃねえんだからな」
「知ってる。だから言うでしょ、男の勲章って」
「さっさと縛ろうぜ。ほら、紐とかねえのかよ」
「それは駄目。最終手段」
だから今こそだろ、と続けたいのに、あやすように口付けられると何も言えなくなった。
水戸なりに初めてはどうありたいか、ロマン的な願望でもあるのだろう。
恋人としてそれくらい叶えてやれたら恰好もつくだろうに、現実はいつも裸のまま嫌だのストップだのと喚いて行為を中断させてしまう。
最終手段とまで言うくらいだから、水戸としてはまだ俺とのセックスに意欲的ではあるに違いない。
つまり水戸が紐を持ち出した時こそ限界の合図だと覚えておこう。
そうなってしまう前に一度でもきちんとした成功を経験しておきたいが、早速失敗したばかりの頭では何も閃きそうにない。
「指を使ってだけど尻でも上手にイケるようになったし、絶対に才能はあるんだから焦る必要は無いって」
「…俺がその話を嫌いなの分かってんのか」
「ああ、はいはい。ごめんごめん」
すっかり雑談モードとなり、ようやく熱が落ち着いたらしい水戸の表情に余裕が見えた。
かと思えば俺の嫌いな話題を蒸し返し、きつく睨んでもニコリと笑って誤魔化しやがった。
二ヶ月も前のこと。俺達二人が試行錯誤しながらもセックスに挑み始めた頃の話だ。
先ずは受け入れる側となる俺を慣らす必要があると水戸はたっぷりとローションを使用して俺の尻をねちっこく指で解していった。
当然異物が侵入したその違和感に吐き気さえ覚え、今よりもっと早い段階でギブアップと唱えていた。
けれど偶然なのか、それとも水戸の努力の賜物か、幾度目かの試みで俺は尻の中を探られながら呆気なく果ててしまった。
それが非常に恥ずかしいと同時に未知なる経験にパニックを起こした。
そこへ追い打ちをかけるよう水戸がやっぱアンタ凄いわ、と誉め言葉とも貶し言葉ともとれるような発言をしたものだから益々パニックとなった俺は水戸の頬をビンタし、泣きながらトイレに籠るはめになった。
約一時間ほど水戸はひたすらドアの向こうから謝罪を続けたがこの様子からして反省はしていないのだろう。
「そもそもその尻でイケるのが問題なんだ」
「何で。気持ちいいに越したことないでしょ」
「ちげえって。逆に殆ど尻でしかイケねえんだよ」
この意味が分かるかと続けるはずが、無表情となった水戸に腕を引かれ布団に押し付けるよう強引にうつ伏せの恰好にされてしまった。
驚きのあまり声を出す暇も無く、背後の水戸を振り返ろうとすれば頭を鷲掴みにされて強制的に前を向かされた。何だ。何が起きているんだ。急に怒られるような話はしていないはず。
そう思った矢先、有り得ないほど硬く熱いものが話題としていた問題の尻の間に押し付けられた。
マジかコイツ。
「待てストップだ水戸ストップお前本気かよ何でこのタイミングでそうなるんだよおかしいだろさっきまで萎えてただろ何が引き金なんだよ助走も無しに何なんだよいい加減にしろおい待て本当にやめろ押し付けるな押し込むなこれは立派な強姦だぞ恋人同士でも強引は良くないってお前も聞いたことがあるだろ無いなら今俺が教えてやった良かったなまた一つ常識を身に着けたぞ偉いなお前は自慢の恋人だだからその荒い鼻息をやめろ尻を掴むな間に押し込むな本当にやめろ今まで散々お前のお願いを聞いてきた俺のお願いも少しは聞いてくれよ何で無言なんだよせめて何か言えよそもそも何でこうなるんだ俺が何か悪いことしたなら誠意をもって謝るしお詫びに何だってするぞ自由にリクエストしてくれ当然尻を使う以外のことだとは言うまでもないよなお前は俺に乱暴はしないし強引なこともしないはずだ頼むから聞いてくれ後生だ助けてくれもういっそ全部俺が悪かったそれで良いこれまでに何度も失敗したのだって一から百まで俺が悪い中断させたお詫びと言って口から喉まで使っておきながら十回中十四回も布団の上で吐いたことは心の底から反省してるって言うかあれは俺が無理だっつってんのにお前が喉の奥まで押し込もうとするからだろうがっお前今の結構マジだろいやずっとマジなんだろうけどなあ俺が泣いてるのに聞こえねえのなんでだよ今までこんな風に無視だけはしなかったくせに何で今日に限って無視してんだよっだからいきなりやめろって絶対にそのサイズは無理だ裂ける壊れるやめてくださいお願いします水戸様本当に全て俺が悪かったですお前いつまでも調子にのってるなよこのままぶち込んだら俺と法廷でデートだからなその覚悟があってのことなんだろうな俺は絶対に流刑を求めるからな」
「最高裁でもよろしくね」
「ブッ殺すぞ」
「いっ…てえなあ」
息継ぎも無しに命乞いを続け、必死に腕を伸ばして目覚まし時計をつかみ取った。
それを背後の水戸へぶん投げると体のどこかに命中したらしく、初めて水戸の怒鳴り声が響いた。
よほど痛かったのか、上からようやく水戸が退いた。
逃げるなら今がチャンスだと布団の上を這い、拾い上げたTシャツを着ながら部屋の隅まで避難した。
水戸はと言えば目覚まし時計が鼻に直撃したらしく、布団の上で鼻血を垂らしていた。
やばい。やり過ぎたかも知れない。
でも、本当に俺が悪いだろうか。
無理矢理はしない、そう約束してくれたのは水戸だったのに、今の今まで行われたあれは絶対に無理矢理の部類に入るはずだ。
とりあえず流血沙汰となってしまった以上、今夜は中断で間違いない。
「おい…まだだぞう」
そう安心したのに、敷布団の下からこの状況に似つかわしくないブルーの可愛らしい縄跳びを取り出した水戸に俺は悲鳴を上げ、久しぶりにトイレへ籠城した。