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    9.にょたオジサンに自分の好きな色のブラジャーを着せてるレウス。会社でちょっと屈んだら部下年下女の子に見えちゃって恥ずかしがるにょたオジサン。冒頭部下さやかちゃん視点

    9.にょたオジサンと下着の話。――私は、いったい何時間君と顔を付き合わせているんだろう。もしかして私たちは恋人同士?いやいや貴方はパソコンで私は人間、決して恋は芽生えないのよ、異種感恋愛にすらならないわ。

    「どう?さやかちゃん、うまくいってる……?ひどい顔、してるけど」
    そんなことをつらつらと考えていると、見かねた先輩社員――ヘクトールさんが背後から声をかけてくれた。そんなにひどい顔をしている自覚がなかった私は、自分の頬を覆うように両手を当てた。
    「せんぱぁい……このパソコン壊れます、何度処理走らせてもエラーメッセージが出ます」
    ぶぅ、と頬を潰しうまくいかないことを主張する。何度も確認した文が間違っているわけがない。ならば、目の前で“エラー”を吐き出し赤と青に点滅している画面は、決して私のせいじゃない。
    「あぁ……それパソコンのせいじゃないねぇ」
    「えぇ?嘘ですよ、きっと欠陥品です」
    「えぇ、じゃない、もう一回プログラム見直してごらん」
    「んぁ――……何度も見直しはしてるんですけどねぇ……」
    「どれどれ」
    そういってヘクトールさんは前屈みになり、私の横から画面を覗き込んだ。ふわりと漂った花のような香りは、ヘクトールさんの香水だろうか、それとも体臭が花のような香りなのだろうか。その可能性は大いにあり得る。
    ヘクトールさんは美人だ。それこそ別会社も入居しているこのワンフロア全体で噂になるほど。身長が高くて、細身で、顔もよくて。おまけに人当たりもよくて、統率力もあり、気遣いもできる、まさにパーフェクトウーマンだ。
    男性社員にとどまらず女性社員もみんなヘクトールさんの虜になっている、もちろん、この私も。
    できの悪い私にまでこうやって気をかけてくれるのは、この人元来の面倒見のよさ、なのだろう。
    背後から身を乗りだし、アドバイスをしようと画面を見続けるヘクトールさんの顔を見ようと、私は振り返り視線を上げた。
    その瞬間、私は視界に入ったものに目を丸くした。
    ヘクトールさんは先に言ったようにスレンダーだ。女性の象徴である胸、バストもそれに見合ってさほど大きいとは言えない。いや言ってしまえば小ぶりだ。
    だからだろう、既製品の白のYシャツはヘクトールさんの胸のサイズとは合っていなかったらしい。大きく開いた胸部の隙間、アンダーに着ている肌着からはみ出るように、ド派手な、蛍光とでも言っていいほどのオレンジ色をしたブラジャーが、ひょっこりと顔を覗かせていたのだ。
    そして、私は言ってしまった。
    「……ヘクトールさん、下着派手ですね」
    口に出した瞬間、見上げたヘクトールさんの顔が一瞬ぽかんとした顔をしたのち、真っ赤に染まった。

    ――あぁ、空気読めないって、これかぁ。

    私は友達から何度も言われた言葉を思い出していた。
    "さやかって、空気読めないよね。"
    そんなことはない、とずっと否定してきたが、私はいま、その事実を自覚した。
    目の前では、顔を真っ赤にしたヘクトールさんが、慌てて掻き抱くように胸元を隠している。
    「……さやかちゃん。もしかして、見た」
    「……ばっちり」
    サムズアップしそうな親指をなんとかこらえ、できるだけ静かに返事をした私に、ヘクトールさんは顔を更に赤くした。
    「か、かわいいと思いますよ!すごい似合ってます!」
    「ちょ、声が大きい!あと感想なんて聞いてないから!」
    小声で怒るヘクトールさんに普段のクールさはない。顔をくしゃくしゃと歪めぷりぷりと怒る姿は可愛くて仕方がない。普段のヘクトールさんといえば、毎日白のYシャツ、ダークグレーかダークグリーンのカーディガン、黒の細身のパンツ姿という、地味の極限を決め込んでいるような服装をしている。
    そんなヘクトールさんが下着だけは派手、という意外すぎる一面に私は一種興奮のようなものを感じていた。
    「ほんと、ほんと似合ってます!すごいかわいい……」
    見えた下着の色と素肌の白さがまだ目に焼き付いて離れない。私はその光景に恍惚を感じながら追い討ちをかけるようにヘクトールさんに感想を述べ続けていた。
    「言っとくけど、これ私の趣味じゃないから!」
    「え!?彼氏さんですか!?」
    意外だった。ヘクトールさんは、それこそさばさばしていて、男っけがなく、彼氏がいる素振りなんこれっぽっちも見たことがなかった。まぁこんなに綺麗で、素敵な女性を世の男性がみすみす野放しにしておくわけがない。
    私の問いかけに、ヘクトールさんはしまった、と言わんばかりに視線を逸らした。下着を誤魔化すためについ口走ってしまったのだろう。頬を染め、ばつの悪そうにもごもごと口を動かす姿は、知っている年齢より幼く見えた。
    「いや……これは、その……旦那の趣味で……」
    その言葉を聞いた私の驚きといったら、ファンである人気絶頂のアイドルがいきなり活動休止を宣言した、と同じくらいだっただろう。
    驚きのあまり座っていた椅子から勢いよく立ち上がったため、椅子は真後ろに倒れ、床と金属がぶつかり合うがちゃん、という派手な音が周囲に響く。その音で周囲の視線が私に集中していたのを、私は全く気づいていなかった。
    間髪入れず、私は持ち前の空気の読まなさから、大きな声を張り上げた。
    「……ヘクトールさん旦那さんいるんですか!!」
    私のその声はフロア中に響き渡り、数秒後にはフロア全体を混乱の渦に突き落とした。
    誰も、ヘクトールさんが結婚していることを、知らなかったのだ。
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