6.金の卵を産むオジサンとそんなオジサンを飼うことになった畜産農家レウスのアキヘク
「……おい、オヤジ。お前の店はいつから奴隷を売るようになったんだ」
「いやいや、物騒なこと言うんじゃありませんよ、どこに奴隷がいるっていうんです」
「いや、ここに」
「……旦那、目が悪くおなりになったんでそれか頭打ちましたここにいるのはガチョウですよ」
「これが、ガチョウ」
アキレウスが見つめる店の軒先には、ガチョウは存在しなかった。かわりに、簡素な、服の形もなしていないような白い布を纏った山羊髭を生やした男が首輪に繋がれ、項垂れるように目を伏せしおらしく座っているだけだった。
最初はアキレウスに向けて怪訝な顔をしていた商店のオヤジは、何かを思い付いたように顔を一変させにこにこと手を擦り合わせ始めた。
「旦那、先程は失礼しましたいやいや、さすが旦那お目が高いこのガチョウは世にも珍しい金の卵を産むガチョウでございますよ」
「卵を、産む」
「左様でございます、この1羽がいればたちまち旦那は億万長者間違いなし繁殖させれば王様にもなれましょうぞ」
「……これが、卵を」
アキレウスは、店のオヤジが言い張るガチョウーーもとい、男を訝しげにじぃっと見つめた。すると、視線を感じたのか男が項垂れていた顔を僅かに持ち上げ、アキレウスを見上げた。伏せた瞼がふるりと震え、ゆっくりとその目が開く。長い睫毛の奥、透き通った光彩を放つペリドットのような瞳がアキレウスを見やった。
えもいわれぬその瞳の美しさに見惚れたアキレウスは、たちまちその男に恋をしたのだ。
ちょっとアラブとか、砂漠のオアシス的なところで、ヤギや牛、鳥を数頭飼って畜産してるアキレウス。エサなり何なり買う商店で「金の卵を産む」というガチョウを見つける。店のオヤジや周囲の人間にはガチョウに見えてるが、アキレウスにはそのガチョウは男にしか見えなかった。
その場で男に惹かれたアキレウスはオヤジのいう言い値でガチョウをお買い上げた。男は繋いだ手を引いて歩くアキレウスにめぼしい抵抗を見せず、黙ってあとについて歩く。
自宅へつき、身の上話のひとつでも、と期待して話しかけたが、ガチョウというだけあり、言葉を話すことはなかった。
まずはそのみすぼらしい格好を何とかせねば、とアキレウスは湯の準備をすることに。服布を脱がし、首輪を外すと裏に"ヘクトール"と書かれている。「ヘクトール……」と発音すれば、どうやらガチョウの名前らしくぴくりと反応を示した。ヘクトールは人の営みをしていなかったようで、湯を浴びろ、と身振り手振り用意すると嫌がり暴れた。やむを得ずアキレウスも一緒に入って、押さえつけながら体をなぞるように洗ううちにヘクトールの体の美しさに欲が上がるのを感じる。嫌悪から涙を溜め濡れる緑の瞳がアキレウスを責めるように見つめたとき、その美しさ魅了され誘われるようにヘクトールの唇に口づけをした。
その後、ろくに抵抗もしないヘクトールに気が引け、思いとどまるアキレウス。何も知らない、わからない状態で行為を進めるのは無理やりと変わらない、と思い、もう少し互いを知ってからでも遅くないだろうとしばらく一緒に暮らすことに。
ヘクトールは物覚えがよく、言葉や生活技術をどんどん覚えた。が、購入時、オヤジがいっていた"金の卵"はいっこうに産む気配はなかった。きっと、一度も産んでいなかったのだろう。そういえば購入価格もひどく安く、もしかしてあの店のお荷物になっていたのでは、ということを今になって理解する。
すっかり人間の営みになれ、言語も会話できるほどに理解するようになったヘクトールに、アキレウスはどんどんのめり込んでいった。一緒にする畜産の仕事も楽しく、ふとした瞬間に見せる笑顔が可愛く、ことあるごとに出そうになる手を引っ込めるのに苦労した。
そしてついに、二人で過ごす静かな夜、思いの丈を打ち明け体を繋げた。するとどういうことでしょう、数日後苦しげに抱えたお腹から金の卵が
か、本当に卵を産ませるか、で悩む、金の卵を産むオジサンの話。
一番、オジサンそんなんじゃない感が強いな。