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    夕焼(ゆうや)

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    第十九回【春分】

    刀さに 泛さに

    『あまえたがりの君』

    参加させていただきます
    ※冒頭に注意点をまとめております

    #刀さにお題_四季折々
    #刀さにお題_四季折々_春分

    「あまえたがりの君」閲覧いただきありがとうございます。

    ※捏造設定注意
    ※モブが話します
    ※解釈違いありましたら申し訳ございません
    ※元々は自己満足で一冊の本にしたいな、くらいの気持ちで書こうと筆をすすめていたのですが、これ本当に書くと相当長くなってしまい時間が足りないため、後半からかなり展開が駆け足になっております
    後日、一冊の本にするくらいの気持ちで加筆修正版を出すかもしれません。
    すべてフィクション、妄想、自己満足です。





     窓の外を見ながら、春彼岸だというのにどうして雪が、なんて話してた頃の話だ。
     書類仕事をしながら期間限定の甘味が食べたい、と呟けば近侍の肥前忠宏はふたつ返事で「行くか」と言ってくれる。
     落ちてくる牡丹雪は花弁のように美しいというのに、足元は違う。万屋街の踏み潰された雪を自分達も踏みながら目当ての甘味処へ向かっていた時。
     目をそらせないほどの、人外のような美人がそこに傘もささずに立ち尽くしていた。
     いや、人外のような美人というか、あれは、

    「泛塵?」

     私がその名前を呼ぶと、肥前くんも同じ方向へ視線を向けた。
    「泛塵だな」
    「声かけてみる? 傘も持ってないし、寒そう」
    「まて、あれは……って、おい!」
     断られたら断られたでいい。欲しいと言われたら返されなくてもいい。どうせ肥前くんが傘をさしてくれているおかげで、私の手にはただの荷物になった傘がひとつ余っている。
     肥前くんの傘の下から逃げ出して泛塵くんの元へかけよる。
    「こんにちは、これ、よかったら使いますか」
     声に反応してこちらを見てくれるが返事はない。小さな口元から白い息が漏れている。
    「あっ、ナンパとかじゃないです。本当です。主さん待ってます? 頭の上に雪が積もってますけど、寒くないですか?」
    「……この塵の……消えて……」
     手にしていた傘を広げ、泛塵くんに降り積もる雪がやんだ時、その傘の影で彼は堰を切ったように言葉を紡ぎその場にしゃがみこんでしまった。
     泣いてしまったのかと、一緒にしゃがみその背中をさする。
     その時、違和感を感じて失礼ながらうつ向くその額に触れた。
    「おい、勝手なことを」
    「肥前くん、この人、熱ある……どうしよう……」

     肥前くんにお説教をされながら、結局連れて帰ってしまった。
    私が背負う、と言ったくせに一歩も動けず、肥前くんが呆れながら「今度なんか奢れ」と泛塵くんを運んでくれた。
     幸いなことに戦闘による負傷ではなく、体調面なので時間はかかるが手入れではなくとも人間と同じ方法で回復できる。
     流石に人通りの多い万屋街にいて本当に審神者がいないことはないだろう。肥前くんが言うにはこの泛塵くんが言っていることが真実とも限らないので政府へ報告、審神者について調べさせた方がいいらしい。管理不行き届きがどうとか言っている姿を見ると、さすが元政府にいただけあると思った。
     ──もし、この泛塵が自分から逃げ出した、或いは本当に捨てられたのだとしたら。
     いや、嫌な方向へ考えるのはやめよう。
     こんのすけに泛塵くんの現状を報告し、回復後に政府へ届け出ることになった。

     泛塵くんが気絶するように眠り出して数時間。
     つきっきりで看病とはいかない。仕事を放棄するわけにもいかないので、執務室に布団を敷きそこに寝てもらっている。
    「主、お疲れさま。泛塵の体調どう? これ飲むかな」
    「わ、本当に泛塵だ。あとこれ、よかったら厨当番から」
    「大将、これ薬研から。粉薬だけど飲ませる時に気をつけなってさ」
     執務室に来る男士が何かと持ってくるおかげで、泛塵くんのまわりにはたくさんのお見舞いの品が集まってきた。
     うちにはまだ泛塵は顕現していない。物珍しさから見に来る刀が一人二人いるかもと思っていたが、冷やかしに来るようなことは無かった。
     また幸いにも、どこの本丸の刀なのかわからない泛塵くんに怪訝な顔をする男士もいなかった。むしろただの来客よりは親しげに、同じ本丸の仲間よりは少しだけ遠慮がちにという不思議な距離感をもっているようだった。
     ただ一人を除いて。
    「肥前くん、風邪、うつされたくないなら別室に行ってもいいんだよ……?」
     肥前くんだ。運んでくれたことはとても感謝しているが、甘味を食べ損なったせいか仕事が遅れたせいか、はたまた病人と同じ空間が苦手なのか、彼はとても、とてつもなく、すこぶる機嫌が悪かった。
    「仕事もあと少しだし……なんなら、泛塵くんの看病をしてる間は近侍代わってもらっても」
    「……そんなんじゃねぇよ!」
     ばさりとまとめた報告書が机に乱暴に置かれ、立ち上がった肥前くんは部屋を出ていってしまった。
    「う、」
     出ていった肥前くんと入れ替わるように、泛塵くんが小さく唸った。
     端正な顔立ちが少しだけ歪むと、静かにその瞼が上がっていく。
    「……」
    「おはようございます、泛塵くん」
    「……ここは」
    「すみません、あなたの本丸ではなく、私の本丸です。一時的に保護させていただいています。詳しくお話しますか?」
     泛塵くんはそのまま眠りそうなくらい再びゆっくりと瞼を下ろすと、飽和状態まで砂糖を注がれた琥珀糖のような声で呟いた。
    「……たまゆらだ……」
     すう、と静かに呼吸をする。また眠ってしまったのかと思い、額に置いていた冷やすための手拭いを交換する。
     別に自分がつきっきりでなくても構わないのだが、もし、もしもの可能性としてこの泛塵くんが本丸の中で刀を振るわないとは限らない。
     知らない本丸だというのに警戒心の欠片もなく、すやすやと眠る少しだけ幼い寝顔を見ているとそうとは思えないけども。

     一晩安静にしていると、泛塵くんの体調もそれなりに戻っていた。
     本調子とはいかなさそうだが、刀剣男士と人間の違いだろうか、回復が早い。あっという間に布団から身体を起こしている時間の方が長くなっていた。本丸のことを他所の刀にあれやこれやと任せる訳にもいかないので、基本は私か誰かが必ずついているようにしている。
     というよりも、泛塵くんはまるで刷り込みをされた雛鳥のように私の後ろに勝手に着いてきているので、あまり歩かせるのもと執務室に私がいる時間がいつもより長くなっていた。
     口数はたぶん、普通の泛塵よりかなり少ない気がする。まったく話さない訳では無いから個体差のようなものだろうか。
     食べ物を差し出すと看病の時にお粥を食べさせていた名残だろうか、無防備に「あ」と口を開けるので本当に雛のようだった。
     つい、心の中で可愛い可愛いと構うことも多くなっていた。肥前くんから「あまり甘やかすんじゃねぇ」と小言でちくりと刺された。

     かくして、泛塵くんは回復した。
     そうなればついにやってきたのは政府への報告だ。
     ……着いてきて欲しい。出来れば政府に詳しい刀に。
     遠征部隊、出陣部隊を確認する。特命調査から来てくれた刀達はただ一人を除いてみんな出払っていた。
    「肥前くん……」
    「っ、しっ、かたねぇなあ!! 本当によぉ!!!!」

    「ああ、担当のこんのすけから話は聞いています。拾得した泛塵の件ですね。看病お疲れ様でした。それじゃ、早速ですがこの書類にサインしてください」
     窓口の担当の人が一枚の紙切れを差し出してきた。びっしりと文字が敷き詰められている訳ではなく、思っていたよりも直ぐに理解出来る内容だった。
     要約すると、
    『この刀は出陣、政府からの報酬、交換所などの正当な理由以外で発見、保護したので報告します』
    『拾った審神者、つまり私は書類提出にあたり担当者に嘘をついていません。もしついていたならいかなる罰も受けます』
     このような感じだろうか。その下に同意として所属の国と本丸名や審神者名を記入する欄がある。
    「あの、この、報告に虚偽ありません、って言うのは?」
    「うーん、これだけ審神者様がいると、残念だけど悪い審神者様もいまして。例えばどこかの本丸から攫った刀剣男士を『迷子を保護した、主が見つからなかったらうちで引き受ける』とかいって手に入れようとしたり、ね」
     担当者さんはちらりと私の影にいる泛塵くんを見る。同時に泛塵くんが掴んでいた私の腕に少しだけ力を込めたのがわかった。
    「ところで。今回の件にあたり、あなたの本丸のデータを調べさせてもらいましたが、御祖父様から引継ぎをされているのですね。……そして、泛塵の顕現はまだ、と」
    「あ? んだよ、どっかから盗んだって言いてぇのか?」
     私が戸惑いの声を漏らすより先に肥前くんが庇うように前に出てくれた。
    「はは、刀剣男士はみんなそう言って主を庇います。……なんてね、違いますよ。そういう審神者様もいる、という話です。気を悪くされたなら申し訳ございません」
     笑えない冗談だなぁ、と少しだけ不安になっていた気持ちは肥前くんのわざと聞かせるような大きな舌打ちが吹き飛ばしてくれた。

    「では、該当刀剣男士、泛塵は顕現を一時的に解いた状態でこちらで預かります。審神者様が見つかればそちらへ返還。そしてもし見つからなかった場合、または審神者様が自本丸での所持を放棄している場合。あなたがこの泛塵を引き取るか否かを最後に伺いたいのですが」
    「……もし、私が引き取らなかったら?」
    「それはそこにいる肥前忠広が詳しいんじゃないかな」
     担当さんはさっきの仕返しとばかりに肥前くんにバトンを渡した。小さな舌打ちのあとで説明が続く。
    「……基本は刀解。または政府権限での管理。政府の仕事が合えばいいが、向いてなけりゃ地獄だろうな。最悪、政府にまだいる先生あたりの実験台だ」
     はは、と担当さんは掴みどころのない笑いをこぼす。
    「人聞きの悪い。……そしてもし、あなたが引き取る場合。こちらは刀の状態であなたへ渡すことになります。そしてその場で顕現させてほしい。それが特殊例として新たに所有することの条件であり、その場に立ち会う政府の役人、僕達が証人になり、何があっても新しい主を迎えた泛塵と受け入れてくれたあなた、本丸を守ると誓います。またその場合、現在の泛塵の練度等はすべてまっさらになります。いままでの記憶は残るけどね」
    「何があっても、て」
    「……双方に個人情報、本丸情報の提供は一切しませんが、何があるか分かりませんからね。何かの因果でどこかで巡り会ってしまった時……元の主が泛塵を見て何かに気付き、やっぱり返せって言ってきたり、ね」

    「と、言ってもそんなに練度が高くないねこの泛塵……おそらく、特もまだついていないんじゃないかな」
     まだ担当さんへの警戒心を解いていない泛塵は隠れきれていないのに私の後ろへ完全に避難していた。
    「泛塵くん、出陣とか遠征にどれくらい行ったことがあるとか覚えてますか」
    「……あまり」
     そっか、とそれ以上は深く訊くのをやめた。担当さんは知りたそうだったが、どちらにしてもこのあと調べあげられるのだろう。
    「それでは、お預かりします」
    「泛塵くん、いってらっしゃい」
     後ろに隠れていた泛塵くんはおそるおそる、前に出る。やわらかな薄桜の色をした髪がふわりと目の前で揺れる。
    「……僕はいま、願望を言える立場ではないことを存じている。その上で、申し上げたい」
     その顔がゆっくりとこちらへ向く。長い前髪から琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を貫いた。
    「……叶うなら、あなたの本丸へ所属したい。その時はこの泛塵、今度こそ、この身すべてをあなたへ捧げると誓おう」
     私の返事を聞く前に、泛塵くんは少しだけ微笑んで自ら顕現を解いた。
     言葉の中身より、こんなに自分の意思を話す泛塵くんを初めて見たことへの驚きが大きかった。看病をしている期間も、本当に何も話さない刀だった。暑い? 寒い? 食べたいものは? 食べれそうなものは? 何を聞いてもとぼけるように微笑んで首を傾げた。
     視界を埋め尽くす桜吹雪が広がるとその場に残ったのはうつくしい脇差が一振。
    「……熱烈な告白ですねえ、若いっていいなぁ!」
    「若くはねぇだろ、泛塵は」
     泛塵を回収する担当さんに、肥前くんは吐き捨てるように言っていた。

    「改めて、いかがしますか? この泛塵」
    「……もし、可能ならうちの本丸で引き取ります」
     拾った時からずっと考えていた。
     それはうちにいないから欲しい、なんて安直な理由ではなく、手を差し伸べたなら最後まで責任をとりたいという理由だ。
     あとは単純に、情がうつってしまった。
     懐かれている自覚はあった。自惚れかと戒めていたがとてもそれでは片付かないくらいに、言葉を話さない泛塵くんの行動は正直で真っ直ぐだった。
     元の主さん……人から離れていたのもあって、さみしがりなのかもしれない。
     私の返事に、担当さんは肩の荷が降りたような表情になった。
    「そうですか! よかった、実はもう泛塵についても調べてありまして」
    「えっ」
     説明手順簡略化クッキングよろしく、担当さんはまとめられた数枚の書類を出してきた。
    「本来なら預かったあとで調べるのですが、看病されている間に済ませておきました。こんのすけを通じても確認出来ますしね。一応、儀式上の手続きとしてこのようになっただけです」
    「ちなみに、この泛塵くんは」
    「……所持を放棄された刀です。ただ」
    「ただ?」
    「……失礼しました。今はこれ以上の情報開示はできません。すべてを調べた、ただの政府の人間である私から話せる限界は『本当によかった』とだけ」
     担当さんから、その手の中にあった脇差がこちらへ渡される。
     ──泛塵を、放棄した。
     それが泛塵という刀にとって、どれだけのことだっただろう。
    「では、どうぞ顕現を。その瞬間からこの泛塵は……『あなた』の刀です」

     ──この泛塵という刀を想う。
     どのような過去をもっていて、あの雪の花びらが降る日に出会うまでに何があったのか。今の私にはわからない。
     知ろうと思えば、この担当さんから聞けるかもしれない。でも、出来るなら泛塵くんが話したくなったら話して欲しいと思う。
     そしてこれから先、来年も、再来年も、十年後も、もし、私がこの本丸をおじいちゃんのように誰かへ引き継ぐその日が来たとしても。百年後も、千年後も、来世でも。
     どうか、人の隣にいて心の底からわらっていて欲しいと祈る。
     戦う為に呼び起こした存在だけど、人の身を得たこと、ほんの少しでも悪くないなって思えたらいいなと、願う。
     少しずつその刀はやわらかな熱を帯び、手のひらから伝わってくる。ひとひら、ふたひら、そこから数えきれない、先程よりも凄まじい量の桜吹雪と共にどこか懐かしい香りがした。

     偽りの花びらは幻のように消えていく。
     そこに佇んでいたのは、あたりまえだけど少しだけ安心した。
     困ったように、恥ずかしそうにわらう、同じ泛塵くんだった。



    「……悪ぃな。上手く言ってもらってよぉ」
    「おや、やはり気付いていましたか」
    「全員気付いてる。覚えてないのは本人だけだ」
    「本当に。何の因果でめぐり逢うのか」

    「あの泛塵、うちの本丸から放棄された刀だろ」



    「さっそくだけど、しばらくは不安だと思うし、泛塵くんは近侍をお願いします。近侍の仕事には肥前くんも当分の間は同席して」
    「なんでおれが」
    「仕事の引き継ぎがあるでしょ。……さて、肥前くん!」
    「今度はなんだよ」
     うぜぇ、と今にも邪険にしてきそうな肥前くんに端末の画面を見せつける。
    「政府の近くにある最近人気の甘味処、期間限定さくらもちもち雪見パフェ。食事系サイドメニューも豊富。実は今朝、物吉くんの幸運ぱぅわ〜もあり、なんとなんと! 予約席が三人分とれました」
    「行くか」
     ちょろ……いや、理解が早くて助かる。
     泛塵くんの件が落ち着いたのもあるし、これは運んでくれた肥前くんへのお礼と、泛塵くんの歓迎的な、ささやかだけどお祝いだ。盛大な歓迎会は本丸の方で宴会が開かれることだろう。
    「三人分……僕も、いいのか?」
    「もちろんですよ! こうしてうちの本丸へご縁があったのです、これからよろしくお願いいたします! ……刀剣男士は、こんなにやさしい神様達はいないからみんなを大切にしなさいって……これはおじいちゃん……祖父の教えですが」

     私の本丸は、おじいちゃん……祖父から引き継いだ本丸だ。
     祖父の娘、私の母は適性がなかったから孫の私に引き継いだと遺言書からの話で聞いている。父親もまったく無縁の人間とだけ。……母と別れたらしいので、本当に無縁だ。
     祖父は古臭くて厳しい人だと母から耳が痛くなるほど言われていた。でもそうとは思えないほど私のことを可愛がってくれていた記憶がある。
    『おれが死んだら、ぜんぶお前にやる。大切に、大切にしてくれるお前なら任せてもいい』
     遺言書を読む前から口癖のように、私を膝に乗せては私と、隣にいた祖父の近侍に何度も約束するかのように言っていた。
     言葉は力だ。祖父は本当にそこに何度も何度も、重ねるように言葉に力をこめていたように今では思う。
     引き継いだと言っても、小さい頃からみんなのことは知っている。母は忙しい人だったから私をほとんど祖父の本丸に預けていた。正直、母の顔はもう覚えていない。

    「なあ、おまえ、『さくらちゃん』って覚えてんのか」
    「さくらちゃん?」
     肥前くんの口から何か試すように出された名前。記憶を辿るが、親しい仲に『さくら』という名前の子はいない。
    「……ごめん、どんな子? なんで肥前くんが知ってるの?」
    「着いたな。とりあえず店入ろうぜ」
    話しながら歩いているうちに、いつの間にかお店が目の前にあった。

    「お待たせしましたー」
     店員さんが可愛らしい春色のパフェ三つを運んできた。いただきますをして、小さな桜餅をスプーンで掬い一口で頬張る。甘く絡まるバニラソフトに桜の塩漬けの風味が最高に美味しい。
    「それで、桜餅……じゃなくて、さくらちゃんって」
    「先代の近侍」
     おじいちゃんの近侍?
     おじいちゃんの隣にいたのは長谷部さんだった気がする。私が本格的に引き継ぎの為に仕事を教えてもらっていた期間もずっと。
    だから、私が正式に引き継いだあとで話しやすい肥前くんにお願いしたことがすごく申し訳なかったのだ。
    「……長谷部さん?」
    「の、前」
    前? 長谷部さんの前?
    「やっぱり覚えてねぇのか。おまえ、先代の近侍の名前覚えられなくてさくらちゃんって呼んでたんだよ。ずっと桜が降ってるからっつって」
    「???」
    「さくらちゃんさくらちゃんってしつけぇくらい着いて歩いて、先代がいる前で大きくなったらさくらちゃんと結婚するとか言い出した時はどうなるかと」
    「……それって」
    「おまえは当時、審神者になってねぇからな……と、言いたいが。相手はどう思ってただろうな」
     どろりとパフェのソフトクリームが溶けて雪崩のように流れていく。

    『さくらちゃん、さくらちゃんどこいったの』

    「う、わ、うわ、あ、いた、さくらちゃん! いた!」
     大きな声を出してしまいそうになるが、お店の中だと思い出してこらえる。
     そうだ、いた。
     おじいちゃんの昔の近侍。私がまだおじいちゃんの膝に乗っていた頃の近侍。いまの肥前くんと同じで、いつも桜が周りに降っていてきれいで、髪も桜みたいな色で、確かそれでさくらちゃんって呼んでいた。
    「食わねぇなら寄越せ。溶ける」
     肥前くんが空になった自分のパフェグラスを横にのけ、私のパフェに手を伸ばす。
     こんな感情でまともに食べるどころではない。大人しく肥前くんに差し出した。
    「誰だっけ、髪の色ピンクだよね、宗三さん? 違う、秋田くん、でも無い、え、誰……」
    「誰も何も、目の前にいるだろ。なぁ? 『さくらちゃん』」
     肥前くんが見ろと言うように向けた視線の先にいたのは、私と同じくどろどろに溶けたパフェに困った視線を落としていた泛塵くんだった。

    「……どこから話せばいいのか、この塵にはわからないが」
     肥前くんが泛塵くんの分のパフェも綺麗に食べてくれた後、追加で頼んだミルクティーを両手で包みながら泛塵くんはぽつりぽつりと話し始めた。
    「……先代、が、この塵を近侍として置いてくれたのは初孫が生まれたことがきっかけだ。まだ本丸に来て間もない塵に一番に教えてくれた。本当に幸せそうだった。
     もう、その時から先代には『孫を頼む』と言われていた。あまりにも気が早いのではないかと笑ったものだ。
     引き継ぎの本丸の場合、政府からはじまりの刀を受け取るか否かを選択できるだろう。先代はまだ練度のほとんど無い僕をはじまりの刀と同じ感覚であてがうつもりでいた。
     ただ、この塵が戦場へ出たいという気持ちを汲んでくれた先代は、孫を導くために練度を上げるかと言ってくれたが、僕は共に歩んでいくからいいと言った。人の子が審神者になるまで待つ時間など、たまゆらだろう」

     こくりこくりと泛塵くんが少しだけ冷めたミルクティーを飲み込んでいく。

    「母親……先代の娘と、先代が折り合いが悪いのは知っているな? 表向きは素質がないということになっているが。……僕は、本丸をもらえなかった先代の娘に腹いせに持ち出され、売れないとわかると適当な所で捨てられた」

     審神者でもなんでもない母だ。幸か不幸か、距離はあるとはいえまだ人の気配のある場所に捨てられたらしい泛塵くんが何とか辿り着けたのがあの万屋街だったという訳らしい。
    「でも、それなら盗難ってことにならないの? なんでおじいちゃんが放棄したことになってるの」
    「審神者死亡時に出陣、遠征、物資買出し等の正当な理由が無く本丸結界内から出ていた時。死亡した審神者の霊力が絶たれて帰り道がわからなくなる、放棄したことになんだよ」
    「……あんまりじゃない、そんなの」
    「正当な理由で不在ってことがほとんどなんだよ。それなら外に出てても本丸に帰れる。だいたい、審神者が死んだ時なんて一番敵からしたら狙い時だろうが。もし、不安定な存在についてきて本丸に辿り着いちまったらどうすんだよ」
    「てか、肥前くんそんなに政府のこと喋っていいの」
    「こんなもん裏話でもなんでもねぇよ。審神者就任時に訊いてこねぇから、わざわざ話さねぇだけだ」
     それはどうなのかと思っていると、ハッ、と肥前くんは自嘲気味にわらった。
     そして静かに言葉を続ける。

    「だからおれ達にとって、先代を看取ったその瞬間は、先代が孫の為に残した泛塵を諦めなきゃならねぇ瞬間でもあったんだ」

    「わかるか? 先代が大切に育てた孫に託す本丸も、刀も、苦労しないようにと貯めていた小判も資材もすべてある。そしてその孫は念願叶って審神者になった。それを一番近くで見たがっていた刀がいねぇんだよ」


    「帰り道がわからないまま、ずっと彷徨っていた。不思議なものだ。どれだけ歩いても、辿り着けない。あの場所に辿り着いたのは本当に偶然だ。どこか懐かしい気配がした。そこに……先代、の孫がいた。見間違えることか、一番近くで見ていたんだ、……大きく、なったな」
     ──そっか。
     いろんな部分の点が線でつながっていく。
     泛塵くんの回復がやたら早かったのは、自分の本丸だったからだ。霊力が肌に合っていたから。
     政府の担当さんが守ると言ってくれたのは、きっと本丸を実の父親から引き継げなかった母からということだろう。
     引き受けると言った時。担当さんがあんなに嬉しそうだったことも、泛塵くんの看病をしていた時や回復してからずっとみんながあんなに優しかったのも、みんなにとっては泛塵くんは『帰ってきた』からなんだ。
     でも騒ぐと私が置いてけぼりになる。だからみんな、たぶん、私が理解するまで待っていてくれたんだ。
     やっぱりみんな、おじいちゃんの刀だ。
     その説明役を引き受けたのが肥前くんなのだろう。
    「……ありがとう、肥前くん」
    「んだよ、気持ちわりぃな」
    「デミグラスソースのオムライス追加注文していいよ」

    「ところで、もうこの塵のことをさくらちゃんと呼んでくれないのか」
     私は飲みかけのメロンソーダに噎せた。肥前くんが頬張っていたオムライスを吹き出しそうになった。
    「ごほ、ごぼっ……かは、はー……もう呼びませんよ……いつの話ですか、忘れてたくらい昔の話ですよ……」
    「敬語もやめてほしい、さみしい」
    「……まあ、それは……うん……」
     花が咲いたように泛塵くんはわらった。少なかった口数が嘘のように一気に話すようになってから、表情だけでなく言葉で全部言う。
     なんなの、遠慮とか無いの? と思うが遠慮なんてして欲しくないからこのままでいい。
     どうやらうちの泛塵くんはおじいちゃんの刀の中でも毛色が違う。
     顕現してからずっと近くにいた、一体どこのお嬢さんに似たのかわからないけど相当なあまえたがりの個体らしい。雛鳥のように着いて歩き、食べさせてもらえるなら身を委ねる。
     そんな彼に、あんな告白をされたのだ。
     ならば私もぜんぶあげよう。彼の言う、たまゆらの時の限りをぜんぶ。

    「あまえたがりの君を、存分にあまやかしてあげる!」
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