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    夕焼(ゆうや)

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    第二一回【穀雨】

    『移ろう熱を分かつ』

    雲さに

    ※捏造あり
    参加させていただきます
    ありがとうございます
    #刀さにお題_四季折々
    #刀さにお題_四季折々_穀雨

    移ろう熱を分かつ「そんな、謝らないでください、大丈夫ですから」

     手入れ部屋の中から審神者の慌てたような、困ったような声が廊下まで聞こえた。
     五月雨江はその手入れ部屋の前で足を止めた。先程まで出陣していた部隊の誰かが中にいると思ったからだ。自分は手入れの必要は無く済んだが、数振りが待機していた刀に支えられて手入れ部屋へ入っていったところまでは見ていた。その中に主を困らせるような刀はいただろうか、といささか気になった。
    「失礼します。頭、どうかなさいましたか」
     部屋の外まで聞こえた声からそのまま困った様子の審神者と、その前には畳に額をめり込ませる勢いで、見慣れた桃色の頭が下げられている。
    「雲さん?」
    「ほっ、ほら! 五月雨さんが来ましたよ、だから頭を上げてください、ね?」
    「ごめん、雨さんに見られることとか気にしてられない。これはちゃんと謝らせて」
    「もういいですって……」
    「良くない! 俺達と違って主はすぐに治らないんだから」
     村雲江の言葉を聞いた五月雨の視界に審神者の腕がうつった。肘から手首にかけての袖が鋭利な何かで裂かれたように破け、その下の皮膚から血が今も流れている。
    「頭、そのお怪我は」
    「だ、大丈夫です! なんかえぐい風に見えるだけで見た目ほど痛くはないんですよ、大丈夫、大丈夫です……本当に……」
     ──先刻の出陣。五月雨が手入れの必要がなく済んだのは村雲が多少の無理をしたおかげだった。
     その『多少の無理』をし、帰還した村雲の爪は普段とは異なり鋭利に伸びていた。もしその爪でついた傷なら審神者の言う、見た目ほど痛くないわけが無いことを五月雨ならばよく知っていた。
     なぜこの状況になったのかは置いておき、ただの怪我ではないその傷は一刻も早く治療をしなくては傷が残るかもしれない。
    「……頭。先程、篭手さんが呼んでいましたよ」
     五月雨は一瞬思考を巡らせ、嘘を吐いた。篭手切江とも何も打ち合わせはしていない。だが、彼ならばこの審神者を突然見ても上手くやってくれる自信があった。
    「篭手切くんが? わかりました、すぐに向かいます」
     審神者がふらつきながら立ち上がる様子を見た五月雨は、やはり想像通り気丈に振舞っていたことを察した。
    「っ、主! 待って、俺、」
     手入れ部屋を出ていく審神者の後を追おうとした村雲の前に五月雨は立ちはだかる。
    「雲さんは回復を優先させてください」
    「……俺もう治ってるけど」
    「いいえ。そうは見えませんね」
     手入れ部屋の特殊な空間と霊力のおかげで、こうして話をしている間にも確かに傷は癒え続けている。だが五月雨相手にも歯向かうほど冷静さを欠いている様子と、審神者を傷つけてしまったその爪はまだ鋭利なままだ。今の村雲は平常だと五月雨にはとても思えなかった。


    「……こてぎりくん、呼んだ?」
     篭手切に声をかけてしまったあとで審神者は自分の腕のことを思い出した。咄嗟に隠したが遅かった。
    「主? いえ、特には──え、主? あ、主!? どうされたのですかそのお怪我は……!?」
     振り返った篭手切は血相を変え、その怪我をみるため腕に触れた。血が止まって間もないようだが、処置が全くされていない。肌が心做しかいつもよりつめたく感じる。
     そしてこの傷跡と、そこにわずかに付着している審神者では無い血液からの気配。篭手切は誰がつけた傷なのかを察した。心配する部分は多々あるが、とりあえず主を傷つけた相手が敵では無いことに胸をなでおろした。
    「……ちょっと……ほんとにちょっとだけ、うん、ちょっとだけ……ちょっと、痛いだけ……大丈夫、大丈夫……だいじょうぶだよ。うん。それで、用は何?」
     傷口から目を逸らし、目の前にいる自分とも目を合わせずに自己暗示をかけているような審神者に、篭手切は幼子をあやすように声をかける。
    「主、内緒にしますから。私の前では、泣いていいんですよ」
     その言葉に視線を落とした、すっかり乾いた血の上にぽたりと涙が落ちる。
    「………………いたい」
    「痛かったですね、我慢していたのですね、手当てをしましょうね」
     その一言を発したことを皮切りに、嗚咽が、止まらない涙と一緒に零れる。その声で誰かに見つからないようにと必死に喉で声を殺して泣いていた。
    「きっ、きずあと、のこる?」
    「悪意のある傷ではありません。きっと……きれいに治りますよ、安心してください」
     安心させるためにそうは言ったものの、正直な話、断言は出来ない。血が止まったと思っていた傷口は審神者が泣き出すと同時に再び開いて血が滲みだしたからだ。刀剣男士からつけられた傷というだけでも特殊なのに、思っているよりも治癒に時間も手もかかりそうだと思った。
    「……むらくも、さんが、」
    「はい」
    「きず、のこっ、のこったら、たぶん、たぶん……」
     つまる声がそこで切れたが、審神者の言わんとしていることを篭手切は理解した。
    「……村雲さんの為にも、きれいに治しましょうね」

    「手際良いね、篭手切くん」
     薬研藤四郎あたりの知識がある刀を頼るべきとは思いながら、篭手切は自室にある物で審神者の手当をした。彼は口が堅いと思うが、少しでも話が広がるかもしれないと思うと躊躇った。
     幸いなことに、血を拭き取ってみればかなり傷は浅い。もちろん縫うほどの深い傷でもなく、着物や長袖を着ていれば巻いている包帯も隠れる所に傷口はあったので審神者が気をつけていれば他の刀の目に触れることも無いだろう。
     泣き止んだ審神者は己の腕にきれいに巻かれていく包帯をじっと見ていた。
    「はい、終わりました。しばらくは激しく動くと傷がまた開きますし、入浴の際など水がふれると染みると思いますから気をつけてくださいね」
    「傷、残るかなぁ」
    「そこは賭けみたいなところもあります。普通の怪我でしたら多少残っても仕方が無いでしょう。でもこれは普通の怪我じゃないですから」
    「……さっきはきれいに治るって言った」
    「私、断言はしていないはずです」
     拗ねる様子の審神者に、ふふ、と篭手切は微笑んで返した。
    「……主が傷が残るか否かを気にされるのは、村雲さんが気にするからでしょう」
    「だって嫌じゃない? 傷跡見る度に申し訳なさとか、罪悪感とか感じて欲しくない。私は別に身体に傷跡が残ることとか気にしないし」
    「そういえば、そもそも、どうしてそのようになったかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
     篭手切の質問に審神者は言いづらそうに事の始まりを語り出した。

    「……わからない、いつも通りだよ。出陣からみんなが戻ってきたから声掛けてて……村雲さんが一番酷かったから優先的に手入れ部屋に案内して……なんかすごく落ち込んでたから話を聞こうとしただけ。……何か気に障るようなこと、言っちゃったんだと思う。やめてって感じで手がこっちに来ちゃって、その時にとっさに自分を庇っちゃって。うーん……身体ごと後ろに倒れちゃえばよかったかも」
    「やめてください、それで頭でも打ったらそれこそどうしようも無いです……」
     思い出してまた泣きそうになる審神者に篭手切はあたたかい緑茶を差し出した。
    「落ち着いたら、村雲さんのところへ行きましょう。言葉を交わさなくては相手の想いは分かりませんから」


    「──八つ当たり、ですか」
    「ぐ、そう言われるとぉ……でも、うん、そう……」
     時間が経ち、すっかり落ち着いた村雲は五月雨の言葉に何も言い返せず、塗り直されていく爪紅を見つめた。

     今日の誉は村雲では無かったのだ。
     別に誉そのものに執着は無い。だが誉を獲ると審神者がいつもより自分を、自分だけを少しだけ特別に褒めてくれる。ほんのわずかな優越感が欲しかった。
    『部隊のために頑張ってくれてありがとうございます』
    『──っ、なにも、主はなにもわかってない!』
     ……そのほんのわずかな優越感を欲しがったせいで。頑張ったのは審神者の為だとわかってくれない苛立ちから、戦帰りで血が上っていた頭は反射的に手入れの為に伸ばされた審神者の手を払った。
     怪我を負わせるつもりは毛頭無かった。
     審神者のやわくうすい皮膚を裂いてしまった感覚と、気持ちを無下にした罪悪感が思考を占領する。
     驚いたような、悲しそうな顔が忘れられない。
    「……主に傷跡が残ったらどうしよう」
     自分は近侍で、他の刀よりも審神者と過ごす時間が長いことも、文字通りいちばん近くに置いてもらえてることがそれだけでもこんな自分にはもったいないほどに特別なことであるとわかっている。
     わかっている。審神者のために頑張ったのではない。自分が褒められたいが為だ。
    「頭はあまりご自身のことはお気になさらないと思いますが、そうですね……」
    「そう、それ。自分に傷跡があることより、傷跡残ってることを俺が気にしたらどうしようって気にしてそう」
    「ふふ、雲さんは頭のことよくご存知で」
    「主に避けられるのは嫌だなぁ……待って、今回のこれでもし近侍おろされたらどうしよう雨さん……! ううん、近侍おろされるだけで済むなら……いやそれも嫌だけど! でも、主が政府に俺が怪我させたこと言ったら……」
    「おやおや、それは大変なことですね」
    「……雨さん、本当にそう思ってる?」
     塗り終わった爪紅の小瓶をしまい、五月雨は手入れ部屋から出ていこうとする。
    「頭はそのような理由で雲さんをどうこうするとは思えないからですよ。それは雲さんもわかっているでしょう?」
    「……くぅん」
    「わん。……なんて、話をしていれば」
     廊下へ身体を半分出した五月雨が会釈をした先には、篭手切に手を引かれる形でこちらへ向かっている審神者がいた。
    「頭、傷は」
    「篭手切くんが手当てをしてくれました」
     このように、と審神者は控えめにその腕を五月雨へ見せる。
    「あの、村雲さんは」
    「中にいますよ。……入らないのですか?」
    「……」
     部屋の中へおそるおそる入っていった審神者を見送り、二言目には村雲の名前が出てくるその様子に五月雨と篭手切は顔を合わせてこっそりと笑った。
    「すみませんでした、篭手さん」
    「何事かと思いましたが大丈夫ですよ」
     あとは仲直りが出来ればいいのですが、と二人は部屋を離れていった。


     村雲も審神者も口を開かないまま、手入れ部屋にお互い堅苦しく座っていた。
     ちらりと村雲が審神者の腕を見る。破いてしまった服の間から見えた包帯から手当てがされたということがわかり少しだけほっとする。
     審神者本人はというと、何を考えているのかわからない表情で村雲の事を見ることなく、少し先の畳へ視線を落としていた。
     考えたくはないが、この無言の時間は審神者が口を開いた瞬間に先程思い浮かべていた結末が待っているのではと不安を感じるにはじゅうぶん過ぎる時間だった。
    「……あの、さ」
     先に口を開いたのは村雲で、ゆっくりと頭を再び下げた。
    「本当に、ごめん……なさい」
    「大丈夫ですよ。もう痛みませんし。こちらこそ先程はすみませんでした」
     審神者はいつも通りに笑っているつもりなのだろう。しかし村雲にはその笑顔が飾り付けられたように見えてしまう。
     いつもならどちらともなく近付く距離が、離れたままだった。審神者は村雲の声を聞いたにも関わらず、その場から動こうとしない。
     そして、村雲から近付こうと立ち上がろうとした時に、少しだけ後ろへ下がろうとしたのを見逃さなかった。
    「……俺の事、こわい?」
    「大丈夫です」
    「主がその『大丈夫』って言うの、俺、嫌い」

     近侍を任された際に、篭手切がこっそり村雲へ話をしていた。審神者は自己暗示のようにその言葉を口にしていることを。甘えるのが得意ではない人だから──だからもし、その言葉がでたら主をちゃんと見てくださいね、と。
     村雲の中に、先程とは別の感情からの静かな怒りが込み上げてくる。近侍をつとめてそれなりになる。こんな自分では頼りないのかもしれない。他の刀の方が、と胃を痛める事も多いがそれでも近侍という席を任されている以上、努力をして来た。
     ──もしかしたら自分は特別なのかもしれない、と思っていたのは勘違いだったようだった。
     勢いよく立ち上がり距離をつめる。案の定、避けようとした審神者の手を村雲が掴む。
    「主、嘘吐くの下手だよね。そんなに泣き腫らした目で騙せると思った?」
     審神者は何も言わない。言い返せない。村雲の目を見ることも無くただ目を伏せていた。
     無意識に掴む手に力が篭もる。審神者の冷えた手に村雲の手の熱が伝わっていく。おかしな話だった。この時は生まれてからずっと人間のはずの審神者よりも、村雲の方がよっぽど人間らしい体温をしていた。
    「誰の前で泣いたの? ……篭手くん? 篭手くんならいいの? 篭手くんの前なら主は泣けるの? どうして俺じゃ駄目なの? こんな俺じゃ頼りない? ……なら近侍なんておろせばいいのに!」
     思っていない言葉が勝手に口から出ていく。
     不思議なことに、審神者は村雲の手を振りほどこうとはしなかった。ただ何も言わず村雲の言葉をのみこんでいた。
    「……何か、言いなよ」
     握っている手がどんどん熱を帯びていく。汗ばんでさえきたその手はもうどちらの体温かわからなくなっていた。
     俯く審神者の顔を覗く。林檎のようなという言葉がそのままの顔色をしている。
    「……いや、だって、その」
     どこか戸惑いながら、震える声で審神者は話し出した。
    その目に恐怖なんてものはなく、村雲を見たその目はあまくやわらかい色をしていた。
    「……やきもちじゃないですか、それ……」
    「は?」
     ふ、と審神者は耐えきれず笑みをこぼした。今度は審神者の代わりに理解の追いつかない村雲が言葉を失っていた。
    「この事で村雲さんのことをこわいなんて思ってないですし、もう本当に痛くないし大丈夫って言葉に嘘は無いのに勝手に勘違いして話しだすし、うーんどうしよー、どう言おうって思ってたら急に暴走して……私が村雲さんではなく篭手切くんを頼ったことが気に入らなかったのですよね?」
     いたずらっ子のように審神者は村雲に問うていく。面白いくらいにどんどん村雲の顔が赤くなっていく。
    「やめて、ごめん、みなまで言わないで……」
     からかうように話す審神者はいつもの審神者で、村雲は力が抜けてしまった。本当に勘違いをしていた。火照るように顔が熱くなる。とてもじゃないが見せられない顔をしている自覚があった。
    「近侍かえるつもりはないのですが、やめたいですか?」
    「絶対嫌」
     食い気味の返答に審神者は再びくすくすとわらった。
    「はい、私も嫌です。あまり環境が変わることが得意では無いので……というのは建前で、村雲さんのことが好きなので」
    「えっ」
    「お慕い申しております」
    「いや、わか、わかる、わかるけど」
    「嫌われていたらやだなって思ってましたけど、やきもちを妬いてくださるくらいには嫌われてはいないんだなって思ったら勢い余って好きだと言いたくなってしまいました」
    「勢いって……俺以外にはやめてね、それ……踏みとどまって……」
    「好きだと伝えたいのは村雲さんだけなのでご安心を。ところでお返事いただけませんか、断るなら断ってもらって、っ?」
     掴んでいた手を引かれ、審神者はバランスを崩して村雲の胸の中へ倒れた。ばくばくばくばくと今にも飛び出してきそうな心臓の鼓動が鼓膜を揺らし、振動とその体温が頬に伝わる。
     胸に埋もれて村雲の顔が見えない。見せないようにされていることを何となく審神者は察した。
     名残惜しさはあるが移ろう熱を分かつように、審神者は村雲から離れた。
    「言葉で欲しいです、村雲さん」
     少しだけさみしくなった体温は、その表情を見てまた込み上げる。
    「……俺も、好き」
     想いを告げる時の言葉なんて随分前から考えに考えていたはずなのに、出てきた言葉はたったそれだけだった。
     たったそれだけで、じゅうぶんだった。



    「傷、残らなかったなぁ」
     一ヶ月後、包帯もガーゼも不要になった腕を見て審神者は呟いた。
     特殊な怪我だとはわかっていたが、それでも何かしら残ると思っていた。傷の程度の割に完治まで時間はかかったが、腕はどれだけ近くで見ても何も残っていない。
    「残らなくて残念そうだけど」
     村雲が後ろから声をかけ、傷があったであろう場所を指でなぞる。
    「残らなくてよかったんじゃないの?」
    「うーん……なんか、今となればなのですが、いや、やっぱりいいです」
     そこで審神者は口を噤んだ。袖を戻して村雲から離れようとする。
    「いや気になるでしょ、なに」
    「……村雲さんからの傷なら、残って欲しかったなって。見たら村雲さんのこと思い出せますし」
     何気なく思っただけなのだが、改めて口に出すととんでもない事を言っている気がした。
    「じゃ、俺も言っちゃおうかな」
     そう自覚して取り消そうとした時にはもう遅く──
    「こうなったら傷が残ってくれていたら責任をとる、なんて言おうかなって考えてたけど」
     自嘲気味にそう零した村雲は遊ぶように審神者の指に絡めた。手が空いているなら撫でてくれ、触れていてくれという犬のような甘え方だが、相手が村雲だとその行動は可愛いだけでは済まない感情になる、が、審神者はふと思った。

    「え、告白を傷のせいにするつもりだったのですか……?」
    「だよね! 主は気にするよね! 治ってよかったね!!」
    「私こんなに村雲さんのこと好きなのに、傷つけた責任から? え、かなしい」
    「俺も好き! そうじゃないって言ってるでしょ! ていうか傷残ってないし!」
    「もしかして、私があなたの主だから好きになったのですか……? え、え、え……」
    「それ気にする審神者多いよって他の刀から何回も聞いた、絶対違うから」
    「え、どこで訊いたんですか」
    「演練の時とか……他の本丸の……そういう関係持ってる刀に……」
    「……村雲さんって、もしかして私のこと好き?」
    「うん、そう言ってる、ずっと言ってる! これからも言うから!」
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