【玲夜】母親が亡くなった後の話誰も、来なくなった。

毎日、同じ天井を見て過ごす。
話し声は聞こえる。けど、それが何を意味するのか、頭が理解してくれない。
ただ音が鳴っているだけみたいだった。


お腹は、空かない。眠くもならない。
一日中、ただ、ぼーっとしていた。

自分がどうしてここにいて、生きてるのか。
もう、考えるのも面倒になっていた。

「やぁ、気分はどうかな、玲夜くん」

その声は、いつもと同じだった。
変わらない優しいトーン。

「………」

言葉が出ない。
声を出そうとしても、声にならない。

「ちょっといいかな」

望月先生が手を伸ばしてきた。
その光景があの日の“ママ”と重なった。

「うわあぁぁっ！」

気づいたときには、腕を振っていた。
先生の腕をはらって、全身が震えていた。

「やだ……やだっ……ママやめて……！」

頭の中で、あのときの記憶がこびりついて、離れなかった。

こわい。こわいこわいこわい。

「玲夜くん！　ごめん、ごめんね。大丈夫だから！」

先生の声がすぐそばで聞こえて、でもどこか遠くて、
なにが大丈夫なのかも分からなかった。

しばらく、泣いていたと思う。
息が苦しくなって、頭がぐらぐらして、
全部がぐしゃぐしゃだった。

_______

気がつけば、望月先生が僕の体を支えて、
ゆっくり起こしてくれていた。

頭がぐらぐらしたまま、
脇に体温計を差し込まれた。
少し冷たくて、はじめて自分の体が汗ばんでることに気づいた。

「……少し、熱があるね」

「……う……」

無意識に声が出た。
それしか、言えなかった。

「薬、飲めるかな？」

僕はうなずいた。
それだけでもすごく疲れを感じた。
でも、薬を飲んだ。
いつも通りに、口を開けて、水で流し込んだ。

「いい子だね」

先生はそう言うと、少し微笑んだ。

「僕はそろそろ戻るよ。玲夜くん、おやすみ」

先生が立ち上がる。
背を向けて、ドアの方へ歩いていく。

そのとき、
僕は咄嗟に叫んだ。

「……せんせ……い……いかないで……」

自分でも驚くくらい、かすれた声だった。

望月先生が立ち止まった。
振り返って、こっちを見てる。

「……っ」

「……ひとり……やだ……」


自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からない。
でも、今どうしても言いたかった。

先生はゆっくり戻ってきて、ベッドの脇に腰を下ろした。
優しい目をしていた。
いつもと同じ、落ち着いた声で言った。

「……そっか。ひとりは、怖いよね」

僕は黙ってうなずいた。

「今夜はここにいるよ。君が眠るまで」

その言葉を聞いたとき、少しだけ胸の奥が温かくなった気がした。
先生の手が、そっと伸びてくる。

「……手、握ってもいい？」

僕は迷いながらも、その手を取った。

あたたかかった。
ほっとして、涙がまたにじんだ。

「……せんせいの手……あったかい……」

「玲夜くんの手も、ちゃんとあたたかいよ」

静かな時間が流れた。
先生の手のぬくもりを感じながら、
僕の心は、少しずつ落ち着いていった。

「……ねぇ……せんせい……」

「ん？」

「……どこにも……いかないでね……」

それだけを、やっとの思いで言った。

先生は黙って、僕を見つめていた。
その目は、どこか遠くをに見ているような気がした。
でも、笑って、こう言ってくれた。

「うん。どこにも行かないよ、玲夜くん」

……その言葉で、僕は安心して眠ることができた。