キスユー!銃兎は、目の前の男について必死に考えを巡らせていた。
毒島メイソン理鶯。彼はチームメイトであり、恋人だ。いつの間にか互いにひかれあい、付き合うようになった。特段大きな言い争いなどもなく順調に関係をはぐくんでいると思っていた。
しかし、チームリーダーである碧棺左馬刻からある話を聞いてからというもの、銃兎は胸のどこかに小さな引っかかりが生じていた。
彼曰く、『理鶯は銃兎に求められたがっている』らしい。
聞けば、理鶯は左馬刻とよくそういった事を話しているようだった。その中で、ぽつりと零した言葉だという。
いつも行動を起こすのは理鶯で、銃兎からそういったことをされた経験はほとんどない。自分の想いばかりを押し付けてはいないかと不安になることがある。たまには、銃兎からのアプローチも受けてみたいものだ、と。
そんなことを聞いた後だから、余計にこの表情が読めないでいた。
理鶯は今、目の前で小さく鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れている。いつも通りに見える表情の裏では、今も悲しんでいたり、怒っていたりしているのだろうか。
確かに、左馬刻が聞いた話は事実だった。自分の認識の中でも、あまり理鶯に行為を強請った記憶がない。手を繋いだり、キスをしたり、それこそ夜の誘いをかけるのも、思い返せばほとんどが理鶯からのものだった。
したくないわけでは決してない。ただ得意ではないのだ。今までこんなにも人を好きになったことがなかったから、どうしたらいいのかわからない。慎重になりすぎている自覚はあれど、どうしても一歩踏み込むのが怖いのだ。結果、こうして理鶯の積極性に甘えてしまっている、というのが現状だ。
こんなこと、言い訳でしかないというのは重々理解はしているのだけれど。
(……あれ、)
そういえば、少し前までは隙あらば距離を詰めてきたというのに、最近ではそういったこともなくなった。野外では適切な距離をとるし、必要以上に触れても来ない。
もしそれが、銃兎の消極的な態度に嫌気がさしたせいだとしたら。そのまま自然消滅、なんてことになったら、耐えられたものではない。
ふいに、左馬刻の言葉がよみがえる。
『考えてることなんてわかりっこねえんだから、行動とか言葉で示しとかねーと、気づかねえうちにどっか行っちまうぞ』
理鶯が自分以外を愛す。そんなこと、考えたくもない。
でも、どうやって。いきなり愛の言葉を囁けるほど、俺の心臓は強くない。ならば、思い切り抱きついてみるか。いや、ただよろけただけだと思われかねない。頭の中でいくつかの行動を想像してみるも、実践できそうな内容はひとつも浮かんでは来なかった。
「銃兎」
突然名を呼ばれ、反射的に顔を上げる。心配そうに眉根を寄せた理鶯が、銃兎を見下ろしている。
「どうした、気分が優れないのか」
綺麗な青い瞳。素直な色で、何者も逃さない強い視線。そんな彼にまっすぐに見つめられながら告白された日のことを思い出す。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか。しかし、小官はもう、お暇したほうがよさそうだな」
「え……? どう、して」
「先程から難しい顔をしている。考えたいことがあるのだろう」
悲しげな理鶯の顔。ちがう。そんな顔をさせたいんじゃない。
俺は、こいつを手放したくない。ずっとずっと理鶯を愛していたいし、愛されていたいのだ。
恥ずかしいとか何とか、もうそんなことを言っている場合じゃない。考えるよりも先に、手が伸びていた。彼の襟元を掴み、背伸びをして強引に口付ける。
「ッん、」
「っ……」
平坦な感触からそうっと離れると、理鶯は目を丸くしたまま固まっていた。その反応にはっと我に返り、冷や汗がどっと噴き出てくる。
やばい、完全にやらかした。
それはそうだろう。いくら何でも、流れというものがまるでなさ過ぎた。唐突な行為にきっと理鶯も引いてしまったに違いない。
じっと降り注ぐ視線から逃れることが出来ないまま、いったいどれほどの時間がたったのだろう。おそらく数秒程度だったのだろうが、銃兎には永遠のようにさえ感じられた。
してしまったことは仕方ない。こうなれば、さっさと謝ってしまおう。この気まずい空気を、まずはどうにかしなくては。
「あ、あの、理鶯。すみませんでした、つい戯れが過ぎ……っんぅ」
言い終わるより早く、息が苦しくなる。理鶯の腕に抱きこまれたのだと気づいた瞬間、顔をぐいと引き寄せられた。同時に唇を奪われ、ねっとりと舌をねぶられる。
「ん、ふぅ、んっ……は、んむ、」
「んんっ、ちゅ、んむ…ふう、ぁむっ…」
先程とは違う、あたたかい感触。一方的ではないキスの感触に、銃兎は瞬時に溺れていった。
気持ちが良い。とても、とても。息もつかせぬほどに唇を求めあい、艶めかしい動きで理鶯の舌が口の中を暴れまわる。うまく息ができずに苦しいはずなのに、頭の中は嬉しさでいっぱいに満たされていく。
「ん、りお、」
解放されて一番に飛び込んできたのは、理鶯の顔だった。驚きと、嬉しさと、少しの戸惑いが混ざった顔。こんなにも感情の乗った理鶯は、もしかしたら初めて見たかもしれない。
大切なものでも扱うように、指先が優しく頬を滑る。隠しきれない感情が、理鶯の口の端を持ち上げていた。
「銃兎からキスをしてくれるだなんて、明日は槍でも降るんだろうか」
「お前……超失礼だな」
「ふふ、すまない。それほどに気分が高揚している」
「でも、よかった。嫌われたのかと思ってました」
何のことだ、と首をひねる理鶯に、銃兎は抱えていたものを話して聞かせた。なるほど、と唸った彼の声は、どこか楽しそうな色を宿している。
話を聞いて納得した。どうやら、全て杞憂だったらしい。全ては彼の配慮だったというわけだ。安心した瞬間、一気に体の力が抜けていく。
「全部、俺の空回りってことか」
「そのお陰で、小官は銃兎からキスをしてもらえた」
「そんなに嬉しかったですか?」
「勿論だ。……ああ、銃兎、好きだ、愛している」
理鶯は噛み締めるようにそう呟きながら、再び銃兎を強く抱きしめた。伝わってくる鼓動は、今までで一番大きく、早く響いていた。頬や額にキスの雨を降らされ、銃兎もなんだかこそばゆくなってしまう。
自分の小さな勇気が、こんなにも甘い感覚に代わってしまうなんて。思っていた以上の効果に、今度は銃兎が驚く番だった。
銃兎はちらりと恋人の顔を覗く。すっかり甘い表情になった彼はその視線を催促と受け取ったのか、銃兎の唇を音を立てて攫っていった。恋人からの甘い応酬に、次第に銃兎の心にも熱が灯っていく。
「ねえ理鶯。私も愛してます」
だからもっと、してください。銃兎はまっすぐにそう伝えると、再び理鶯の顔を引き寄せたのだった。