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    hota_kashima

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    hota_kashima

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    きーや←マエ。出撃前の日。きーやは薄情な博愛主義という思い込みから書いたもの。

    「鍵谷上飛曹、ご近所の方がお見えになっています。」
    そう声をかけられるときーやは弾かれたように起き上がり駆けて部屋を後にした。

    「きーやさん、よく近所の方から声かかってますよね。この近くに親戚とかいるのかな?」
    きーやの後ろ姿を見送りながら園が不思議そうに呟く。
    「バーカ、ありゃ特攻見送りに来る女学生がきーやさんに惚れちまったんだよ。事あるごとに会いに来てたけど、きーやさんの出撃決まってからは毎日トメちゃん会いに来てるぜ。」
    きーやと煙草を吹かしている小池は事情をよく知っている様で、相手の名前まで知っているようだった。
    「きーやはモテるからな。その女学生だけじゃない、この前は裏門近くに住む婆さんにこっそりおはぎ貰っていたのを見たぞ。」
    園の太腿を肘置きにして寛いでいる鳴子飛曹長が付け足すと皆がおはぎ食いてえー!とざわめき出す。

    あの女学生はきーやに気があるのか、特攻見送りのため基地に訪れる度に熱心に話しかけていた。
    桃色に上気する頬と食い入るような瞳、きーやのことを好きで好きでたまらないことが一目瞭然で、俺はそんな彼女を見るのが嫌で仕方がなかった。

    女性というだけで俺には可能性すら持てないことを得ることができる彼女が、きーやを連れていってしまうのではないかと気が気じゃない。
    きーやが彼女と逃げたりなどするはずも無い事はわかっている。だが、心の奥深くにある不安に思う気持ちを収めることが出来ず、いけないとわかりつつも気がつくと面会の部屋の前まで来てしまっていた。

    廊下の窓からこっそりと覗き込むと、教室の窓から見える桜から桜吹雪が吹き荒れ、一面桃色に染まった窓の手前にきーやと女学生が向かい合って立っていた。

    桜に負けない真っ赤な顔をした彼女が布を手渡している。
    「皆で縫ってきました。無事を祈ってはいけないのはわかってますが、何もしないことができなくて…」
    恐らく千人針だろう。
    「トメちゃんの村にこんなに女の人いないだろ?大変だったんじゃねーか?」
    「寅年の者が居たので…」
    きーやがそれを受け取ると彼女の頭をポンと撫でる。
    慈しみの混じったきーやの視線が彼女に向けられていることに心臓がキュウと強く痛んだ。

    「これから外に出れませんか?」
    絞り出すような微かな声が聞こえる。
    「頼めば特別に出れるかもしれないが、外で何かあるのか?」
    下を向き、震える彼女が言葉を続ける。
    「鍵谷さんとの…思い出が欲しいんです」
    きーやは驚いた顔をした後、頬をかくと少し困った顔で彼女の手を取った。
    「俺は明日には死ぬから無責任なことはしたくないんだ。いつかトメちゃんがお嫁に行く時のために綺麗なままでいた方がいい。」
    その言葉に堪えていたであろう涙が弾け、彼女は声を上げて泣き出した。
    「あなたと添い遂げたかったっ!」
    いつまでも泣き止まない彼女の顔を覗き込むと
    「これで勘弁してな。」と接吻をする。
    昔見たアメリカ映画のような光景に固唾を飲む。
    あの時はアメリカでは気軽に接吻をするもんやなぁ…としか思わなかったが、今目の前で俺の思い焦がれるきーやが口付けをしていることに対する劣情と、彼女への嫉妬が胸の中で渦巻いた。
    耐えきれずにその場を逃げ出すように後にする。息をすることを忘れていたのか、荒い息を深呼吸で整えていると涙が頬に落ちた。

    気を落ち着かせてから部屋に戻ると、間を置かずきーやも部屋に戻ってきたことに小池が驚き声をかけた。
    「あれ?外行かなかったんですか?」
    「別れの挨拶しに来ただけだよ。辛気臭ぇからこういうのはもういいやぁ」
    畳に座ると流れるような仕草で煙草に火をつけ、深く吸い込んだ。
    「あの子きーやさんのごど好ぎだべな?何がねがったんですか?」
    斎藤がニヤニヤと探りを入れると「あ、そうだ」と懐から先程の布を取り出した。
    「妹もあれくらいの年頃でな、慕ってくれると妹を思い出すんだよ。千人針を貰ったんだ。折角作ってくれたけど俺は明日には征くし斎藤にやるよ。」
    執着なく斎藤に千人針を押し付ける。
    お前は妹に接吻をするのかと心の中で毒づいているときーやがこちらを見つめている視線に気がついた。
    「マエ、目が赤くねーか?」
    先程水で目を冷やしたが、まだ赤かったのだろうか
    「桜の時期は目が痒くなりやすいタチなんよ」
    咄嗟に昔どこかで聞いた話で誤魔化すと、きーやが手を目元に添えてきた。
    きーやの指先はひんやりとして仄かに煙草の匂いがする。
    「泣いてるのかと思った。よかった。」
    あの慈しむような彼女に向けられていた視線が今俺にも向けられている事に気がつき耳がカッと熱くなる。
    「冷やしてくるっ」
    きーやの手を振り解どき、俺は部屋から掛けて行った。
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