空襲警報の鳴り響く基地を全速で走る。
「八丈島東距離100km、レーダーに敵の機影、数約30」
走ってついてくる電信員が簡潔に情報を伝えてくれる中、走りながら飛行帽のあご紐を絞める。
零が見えてくると既に整備員がエンジンをつけ俺を待ち構えていた。
「橋内中尉!ご武運を!」
気持ちばかりの敬礼を返し操縦席に飛び乗る。
「前離れ!チョーク取れ!」
俺の合図で手際よく外され、そのまま滑走路へと向かい離陸をすると、部隊の機体も後を続いた。
「どこから飛んできた?機体は何だ?どこを狙ってる?」
先日、横須賀にB29からの空襲があったばかりだった。B29ともなると零では高度で太刀打ちできないが爆弾を落とす時には高度を下げる。B29の場合はその時を狙うしかない。
「それともグラマンか?」
どちらに山を張るかで待ち伏せる高度も変わる為、博打のような気持ちで高度を上げ南下していく。他基地から迎撃に出た水上機も同じ考えのようで、俺たちの部隊の後を続いた。
高度5000に到達した頃、上方の雲の裂け目より小さな機影が見えた。グラマンだ。
「見つけた」
あちらもこちらを見つけた頃だろう、こちらに向かってくるはずだ。
部隊の部下が手信号で俺に合図をしてくると俺はより高度を上げ雲の中に突っ込んだ。
これが俺たち部隊のいつものやり方だった。部下たちに格闘戦を任せ、俺は上方で隠れてからの一撃離脱の繰り返しで敵の数を削ぐ。
格闘戦では零はグラマンよりも優位に立てる。部下たちには危険な役回りをさせ申し訳なくも思うが、このやり方で鍛えられた部下たちは格闘戦の猛者ばかりが育った。
雲越しにグラマンと格闘戦を繰り広げる部下たちを見ると、おかしなことに気がついた30と聞いていた敵機の数が20もいない。
残りの機体は雲の上か?そう思い上を見上げると雲の裂け目から急降下してくる機体がキラリと光る。あの独特な翼の形…
「コルセアか!」
まずい、敵も俺たちと同じやり方をしていた。一撃離脱を得意とするコルセアが上で待機していたのだ。
格闘戦で入り乱れる中に突撃していくコルセアを追いかけるが、急降下ではコルセアの方が性能が上だった。追いつけずにいるとコルセアが火を吹き木の葉のように回りながら落ちていく。
目を凝らすと先程見かけた水上機の二式水戦が応戦してくれていた。
「ありがたい」礼で翼を揺らすと横に並んだ二式水戦の操縦士が手信号で情報を教えてくれる。
それは遥か彼方下方にグラマン10機がいるとのことだった。
格闘戦を繰り広げる部下たちに他基地の戦闘機も多数合流し、こちらが優勢なことを確認すると俺は高度を下げ北を目指す。
教えられた通りグラマンは10機ほどの編隊で飛行していた。
「一人で相手するには少し多いな…」とぼやいても仕方がない。気が付かれないよう雲の中を先回りし、得意の背面降下で機銃を撃った。
迎撃は成功に終わった。あの後、部隊の者たちも加わり、敵の編隊は撃墜されるか逃げ帰り、こちらも部隊に先に帰るようにと撤退の指示を出す。
俺の意図が分かってか、部下がニヤリと親指を突き立てる。
ここからは一人の方が都合がいい。
「さて、見送りをするか。」
全速力で上昇しつつ先回りのルートを取るとしばらくして遥か後ろ下方に被弾したのかフラフラと飛ぶグラマン見える。
追われる時は後ろに気を取られ前方の警戒が疎かになる。前方上空から急降下しすれ違いざまに機銃を撃てば火を噴いたグラマンから落下傘が飛び出した。
同じ要領で燃料の持つ限り“見送り“を済ませると、日の暮れる頃にやっと一人遅れ基地に帰還したのだった。
「何機見送ってきたんだ?」
食堂で一人酒を飲んでいると向かいの席に八木がどかっと腰を下ろした。
「3機だ。コルセア1機とグラマン2機。」
イライラした素ぶりで煙草に火をつけるとハァーと深く煙を吐く。
「悪趣味な奴だな、撃墜数もこの基地じゃお前がダントツじゃねえか?」
俺の酒を勝手に飲み干すとグラスをドンと机に置く。動きが騒々しい奴だ。
「俺以外目撃者は居ないから、これは記録にはならん。」
グラスを取られないよう握りながら酒を注ぐとチッと八木の舌打ちが聞こえる。
「もっとタチが悪い…」
不味い酒をごくりと飲み干すが、今日も酔えそうになかった。
「そうだな、タチが悪い奴だよ、俺は。」