Case18 健康診断記録
研究施設の一角にある簡素な検査室。床は冷たく無機質なタイル張り、室内には複数の医療機器と白衣の研究員たちが忙しく立ち回っていた。
中央にいるのは、黒っぽいもちもちとした体に、大きな口と上下二対の牙を持つ「Case18」——やんちゃな実験体の少年だった。
「身長測定、失敗です!またスケールに乗ってくれません!」
「体重測定もダメです!なんかスケールの上でジャンプして遊んでます!」
「聴診器を噛まれました!」
「聴力検査は音が出る機械のスピーカーを破壊されました……!」
「歯科検診中、舌でライトを押し返してきます!口もすぐ閉じちゃって……!」
「おれは健康だー!ドクターが言ってたもん!」
ぴょんぴょんと跳ねながら言い放つCase18に、研究員たちは額に汗をにじませていた。明らかに「健康診断」と呼べる代物ではない。周囲には倒された椅子や落とされた道具が散乱しており、完全に“嵐の後”のようだった。
そのとき、扉が開く。
「……騒がしいと思えば、貴様ら、またコレを制御できなかったのか」
フューシャピンクの体躯を持ち、鋭い視線と威厳を湛えたCase4が姿を現した。4本の金属の腕が静かに揺れ、彼が一歩踏み出すたびに、周囲の空気が冷えたように感じられる。
「Case4…」
研究員の一人がすがるように頭を下げた。
「Case18の健康診断なのですが、あまりに手がつけられず……頼めますか?」
「ふん、下等な人間どもがこの程度の制御すらできぬとは……まあいい、見ていろ。私がやる」
Case4の声に、18の跳ねる動きがぴたりと止まった。
「……ドクター?」
「おとなしくしろ、18。検査を受けないのなら晩飯抜きだ」
「……ぅ……やだ、それはやだ……」
途端におとなしくなる18。研究員たちが唖然とする中、Case4は簡潔に指示を出し、手早く健康診断を進めていく。
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測定・聴診・検査
「身長xxx.xセンチ。体重xx.xキロ。少しずつ伸びてはいるな」
Case4の声に、18はにへらっと笑った。
「ドクター、おれ大きくなってる?」
「……ほんの少しだけな」
次に聴診器を胸に当てられたときも、18はじっとしていた。くすぐったそうに笑いながらも、ふざけはしない。
「心拍に乱れなし。……イタズラしなければ、お前もまともな検体になれるということだ」
聴力検査も問題なく終了し、歯科検診では口を開けて「あーん」と素直に従った。すべての工程が、嘘のようにスムーズだった。だが——
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採血の番
「……注射、か……」
18の表情が曇った。ピクリと体を震わせ、じり、と後ずさる。
「いやだ……それだけは、やだ……」
「動くな、18」
「でも!ドクター、あれはいたいんだもん!」
子どもそのものの泣きそうな声に、Case4は小さくため息をつく。そして懐から、ひとつの包みを取り出した。
「終わったらこれをやる。特別製のロリポップだ。貴様の好きなぶどう味だぞ」
「……ほ、ほんと?」
「貴様が騒がなければ、だ」
18はぐっと拳を握りしめ、意を決して腕を差し出す。
「うぅ……がんばる……おれ……ドクターのぶどうキャンディのために……!」
ぷすっ。
「うわぁああああん!!!」
「……終わったぞ。ほら、キャンディだ」
「……うぅ……いたかった……けど、ぶどう……おいし……」
ロリポップを口に入れた18は、目を潤ませながらも幸せそうに笑った。
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研究員たちは唖然としながら、遠くでその様子を見ていた。
「……さすがCase4……」
「というか、なんであんなに懐いてるんだ……」
その答えはCase4のみぞ知ることであった。