さくらちゃんのはなし ─────嗚呼、あの日。
「見てみたいとは、思わないか?」
あの日、止まればよかった。
「響子、お前と」
願ってしまった。
「ゆめと」
夢を見てしまった。
「そしてオレとで」
胸が、高鳴ってしまった。
「この世の、最上の景色を!」
あの手を、掴んでしまった。
……自分なんぞが、並び立てると、思ってしまった。
彼らと違って、私にはなにもないのに。
これは私の罪。私の後悔。私の懺悔。
届かない星に手を伸ばして、夢やぶれて、墜ちた。
翼がないのなら跳べばいい。努力は決して無駄にはならない。いつかはきっと、手が届くはず。ずっとそうしてきた。今までもこれからも、そうだと思っていた。
……でも。翼のある人々と、二本の足を不格好に動かすしかない、凡百の徒である自分とでは、生きる世界が違った。見る景色が違った。埋めようのない距離。差し伸べられた手は遠く、手を重ねることすらできない。
何故踏み出してしまったのだろう。自分が並び立てると思ってしまったのだろう。眩い二人と自分では、月とすっぽんの方がいくらかマシだ。
知らない彼女。誰よりも眩しい光。確かに、私が背中を押してしまった。見てみたいとすら思ってしまった。自分以外と歌うあなた達なんて、嫌な、はずなのに。ああ、嫌だと、そこは私の居場所と叫べたなら、どんなによかったか。あなた達が、あまりに自然だったから。私の居場所なんて初めからなくて、彼女の席を守っていただけだったのかも、なんて、過ぎってしまったから。……私は所詮、暗がりから日向を羨んでいるに過ぎないのだ。
圧倒された。感情なんて関係なしに、誰もが魅了される。痛む胸なんて置き去りに、視線を釘付けにされる。瞬きすらさせてくれない。見なければいいのに、見たくなんてないのに、目を逸らすことが許されない。身体は冷えて、呼吸は浅くなるばかり。ただただ、早く終わって欲しいと願うことしかできなかった。永遠のような一瞬。
二人はきっと、自分の元に帰ってきてくれるのだろう。そう頭ではわかっていた。けれど、二人の温もりに安心できるほど、縋ってしまえるほど、私の心は強くない。きっと、ひどい顔をしていたろうと思う。金縛りがとけて、指先の感覚が戻ってくるのを感じる前に、私は走り出していた。走って走って、誰にも見つからないような場所まで。情けなくてつい、笑みが漏れた。惨めさか、諦めか、はたまた失望か。暗い感情が広がるのを抑えられない。帰って寝よう。もう……忘れてしまおう。大丈夫。明日にはいつも通りなはず。朝早く起きて、日課のランニングをして、学校で勉強に励む。放課後はライブのために、練習をする。大丈夫。越えられない壁なんてない。今までもこれからもそう。大丈夫だから。応援してくれている人たちのためにも。私は自信家で、完璧なアイプリなのだから。
寝て起きて、夜が明けて、想像していたよりいつも通りだ。頬は濡れているし、枕は冷たいけれど。大丈夫だ。二人はきっと心配しているだろう。ほら、着信も入っている。……大丈夫、と返さなくては。
大丈夫。
これくらい、平気。
もっと練習すればいいだけ。
翼がないのなら、その分だけ高く跳ぶ。それだけの努力はできる。自分にはそれしかないけれど、だからこそ、ただ一点だけを見据えて、がむしゃらに走ればいい。……そのはず。どうか、そうであって欲しい。
きっと大丈夫。
……けれど……けれどもう、忘れることはないでしょう。思い上がることなどはしないでしょう。どれだけあなた達が私を必要と囁いても、もう笑い飛ばせるでしょう。だって、あんたたちに私なんか必要ないじゃない?