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    sakanagi_out

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    sakanagi_out

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    転生(?)した虎杖と七海の、怪奇とゆるい日々のものがたり。
    書きかけ序章、こんなかんじというお知らせ。

    記憶の最初は中三の夏。
     近所の神社でやっていた、夏祭りでのことだった。


    「あれ?」
     
     スピーカーからざらざらとした雑音と共に流れる祭り囃子を聞きながら出店を冷やかして回っていると、ちょうど金魚すくいと書かれたテントをよぎった瞬間に、その視線の端で何かがきらっと光ったような気がして虎杖悠仁は足を止めた。
    (なんか今あの金魚……金色だった?)
     思わずまじまじと平たい水槽を覗き混んだが、先程の一匹がいくらか他と見目が違ってはいたものの、ひらひらと泳ぐ金魚たちはみな一様に赤い。恐らく見間違えだったのだろう。だから、本当ならただ通りすぎてしまえば良かったのだ。


     けれどその日、気紛れに尾ひれの綺麗だった一匹の金魚を掬い上げて連れ帰たことが、続く不可思議な日々のはじまりだった。


    ***


     やっぱり、金色だよなぁこれ。
     高校一年生になった虎杖は、金魚鉢の中でゆらゆらと泳ぐ一匹の金魚を眺めながらひとり呟いた。
     あの日夏祭りで掬い上げた金魚は、出店で見かけるような細長の体ではなく、丸みを帯びたラインにそれぞれのヒレは先端に向けて広がる優美なものだ。特に長く大きな尾ヒレが水のなかで羽衣のようにゆらゆらとするのが綺麗で、見ている虎杖を飽きさせない。だが、あれからそろそろ一年になるその期間、そんな金魚をずっと丁寧に世話をしてきたのだが、すっかり大きくなった体を覆う鱗が、いつの間にかその縁取りに鮮やかな金を掃いていたのだ。
     飼い始めた時は、光の加減によって金色に見える気がする、程度だったのに、今ではあの屋台で見たのは紛れもなく金だったと確信できるほど、朝焼けを透かす美しい尾ひれがきらきらと目に飛び込む。綺麗だけれどいつのまにこんな色になっていたのか。
     不可解なのはそれだけではなかった。ちょうど金魚の鱗の色が気になり始めた頃、虎杖は自身の周辺の影の中に、強い違和感を覚えるようになっていた。例えば裏路地の奥、夕暮れ時の高架下、日の沈んだ橋の下。そういった場所から纏わりつくような視線を感じ、時にやけに長く伸びた影がこちらに向かってくるような気さえするのだ。
    「なんか……気味が悪いな」
     お前、何か知んない? 思わず尋ねてみたが、金魚鉢で泳ぐ金魚はいつものようにぷかぷかとヒレを揺らすばかりだった。




    ***


     
     それは、夏の入りの夜のことだった。
    「なんっ、だよ、これ……ッ」
     叫ぶだけ酸素を失うのがわかっていても、混乱のままに声が出た。背後から音もなく地面を舐めるようにして黒い影がぞろりと這いながら迫ってくるのだ。『それ』はどれだけ足を早めても離れることなく、それどころか距離はどんどん詰まってくる。振り返るたびに『それ』は周囲の景色を黒く塗り潰しながら虎杖に伸びてくる。
     あれに呑み込まれたらいけない。本能的な恐怖に突き動かされながら、全力で走りきった虎杖は、カンカンと赤錆の浮いたアパートの外階段をかけ上がって自分の家に飛び込んだ。
    「……っ、……!」
     ドアを閉めて、安全圏に入った。家に帰ったとき誰しもが無意識にそう思うように虎杖もまた深く息つく。
     だが現実には形のないものにそれは意味はなく、ドアの僅かな隙間から、ずるる、と影は水が広がるように入り込んできた。
    「うわっ!?」
     慌ててどたどたと転がるようにして部屋の奥へ飛び込んだが、狭い部屋では逃げ場がなくなるのはすぐだ。窓際まで追い込まれた虎杖は「クソっ」と吐き捨てながら迫る黒い『それ』に足をばたつかせた。が、走るのには自信のあった虎杖の足でもそれは振り払えず、むしろ触れた瞬間に、水に手を突っ込むよりも抵抗もないくせに、埋もれた爪先からは生温さと共にぞわりと鳥肌を立たせるようなべとべととした感触が伝わってきて、咄嗟に体を縮めた虎杖は手近にあったグラスや電話を投げつけたが、それらは『それ』にぶつかったと思った途端にとぷりと沈むようにして黒い影のなかに呑まれて見えなくなった。
     このままでは自分もああなる。それがわかって、恐怖ばかりが深まっていく。
    (何だこれ何だこれ何だこれ)
     奇妙な視線が日に日に強くなるのは感じていた。それでも、まだ半分くらいは思い込みぐらいだと思っていたのだ。影が意思を持って自分を見ている気がするなんて、誰に言ったところで気のせいだと言うだろう。それがまさか、目があった、と思った途端に、自分に向かってくるだなんて。
     手元まで迫った『それ』は、近くで見ると影などという平面的なものではなかった。動いているときはぶよぶよとしたゼリーのような印象があるのに、じわじわと紙に広がるシミのようにその輪郭は空気を侵食しているようだ。墨汁なんかよりもっと濃い黒は、すぐ目の前にあるようで、どこまでも奥へ続いているようでもある。
    「あ……」
     これは、覗き込んではいけない、と、思った時には遅く『それ』は虎杖の足元から這い上がり、ぎゅうと喉元へ纏わりついていた。呑み込もうと思えばそう出来るのに、まるで苦しめたがっているような悪意が肌に伝わってくる。じくじくと気管支を泥で埋められていくような感覚に喉を掻き毟ってみてもとうにもならない。
    (くるし……)
     酸素の足りなくなっていく息苦しさに、じわっと生理的な涙が浮かんで視線がぼやけた。その、時だ。意識の揺らぎかけた虎杖の耳に、微かな音が滑り込んだ。
    「……風、鈴……?」
     それは、涼やかな音だった。薄いガラスの内側を震わす、高く澄んだ響き。それが二度三度と連なると、まるで水面に波紋を広げていくように部屋のなかで満ちていくように虎杖には聞こえた。そして。
    「……あ、れ?」
     気付けば、あれほど苦しかった呼吸が元に戻り、黒い塊がその輪郭をぼろぼろと崩しながらすうっと消えていっている。いったい何が、と安堵より先に戸惑ってきょろきょろと視線をさ迷わせると、窓側に淡い光がゆらっと揺れたのが見えた。正確に言えば、窓側に置いていた金魚鉢だ。それは覗き込もうとする間にすっかり光を消していたが、虎杖には見間違いとは思えなかった。そこにはもう一匹の不思議な生き物がいるのだ。
    「おまえが助けてくれたん?」
     金魚鉢の主に尋ねてみたものの、一瞬ちらりと虎杖を見たような気がしたが勿論答えてくれるはずもなく。金魚はやはりいつものように我関せずとばかりヒレを揺らがしながら泳いでいるのだった。




    ***




    「はぁ……っ、はぁ……!」
     我ながら逃げるのがうまくなったな、と自嘲気味に内心で吐き捨てながら、虎杖は帰路を急いでいた。
     黒い影のようなものに襲われてから数日。あの日を境に虎杖の周りは何かに塗り替えられてしまったかのように平穏からはほど遠くなってしまっていた。暗がりから感じる視線は一層強く、目線が交わったり耐えきれず振り返りなどすればそれは影の中から輪郭を伴って虎杖へと向かってくる。
    (なんで……こんなんなったんだ?)
     今も背中に迫ってくる『それ』の手が自分に届かないように足を早めながら、その始まりの日を思った。あれは確かーー金魚が、その体に金を掃いた頃からだ。
    「……まさか、だよな」
     口ではそう言いながらも、虎杖のなかでじわりと滲んだ疑念はすぐには消えなかった。
     助けてくれたことを感謝をしていなかったわけではない。不思議で柔らかだった光が金魚のものだと思ったとき、嬉しいと思ったのだって本当だった。
     けれど、ずっとそれを無邪気に受け止めていられるほどには、この非日常に苛まれ続ける虎杖には余裕がなかったのだ。
    「っ、うお……!」
     ひた、と首裏に生暖かさを感じ、もうすぐそこまで迫った『それ』に慌ててドアを開けて室内に転がり込んで鍵をかけ、ようやく息をついた虎杖はよろよろと靴を脱いで玄関に並べると、どすりとそのまま床に座り込んだ。
    「……助かった、かな……」
     幸い、襲われたあの日を別にすれば、黒い影は建物の中までは入ってこないようだ。深々とため息を吐き出して、ずりずりと座ったまま部屋の奥まで進んで窓にもたれた虎杖は、今日も変わらず金魚鉢のなかでゆっくりと体を翻す金魚を何気なく見つめた。
     変わらない? いや、変わっている。カーテン越しに入ってくる街灯の光を弾くその尾は、燐光と言えるほど輝きを湛えて金の輪郭を浮かび上がらせている。
    「……なあ。あいつらが見えるようになったの、お前が来てからだっけ」
     まだ電気も点けていない部屋のなかで、一匹だけが違う生き物のように揺れる様は、あまりに美しくて。まるで、この世のものではないようで。
    「それって、お前が原因だったりするの」
     すると、まるでその声が聞こえていたかのように、ゆうゆうと泳いでいた金魚がぴたりと止まって、くるとその顔を虎杖の方に向けた。
     気付けば、その鱗ひとつひとつはもうほとんど金といか言い様のないほどに染まり、赤色だと思っていた部分はよく見ると赤い線で描かれた紋様のようなものが集まってそう見えているのだとわかった。模様と言えば模様だが、鱗としては明らかに異様なそれを、虎杖は不気味だとしか思えなくて、またたきもしないでじいっとこちらを見つめる金魚の、無機質めいた深い色の目にぞわりと首裏を撫でられたような心地がして、気付けばシャッと音を立ててカーテンを引き寄せて金魚を鉢ごとその向こうへと隠していた。
     一度だけ、ぷくぷく、と沫の吐き出される微かな音がしたような気がしたが、虎杖は耳を塞いでしまったのでそれ以上は何も聞くことはなかった。




    ***




     金魚鉢を見えないところへやってしまってから、数日。ただカーテンの隙間から餌をやる日々のなかで、不気味なモノたちが見えなくなったかと言えばそんなことはなかった。
     相変わらず視線はことあるごとに感じるし、気を抜けば迫ってくるのも変わらない。見たくないと蓋をしてみたところで、無くなるものではないのだ。
    (じゃあ、どうすれば……?)
     思い悩んでも、解決する方法なんてわかるはずもなく、ひとつだけよぎった手段は実行に移すのが躊躇われた。
     もし金魚が原因なのなら、手放せばいい話じゃないか。頭のなかでそんな声はずっとしていたけれど、どうやってと言えば方法はほとんどひとつっきりしかない。
     川や池は生態系を狂わすから無理だ。もしこれまでの異常が本当に金魚のせいなら他人に譲るのはもってのほか。となれば、というところで思考はいつも閉じる。
    「……はぁ」
     出来るだけ何とも目を合わせないようにと俯きながら歩く足元に、深い溜め息が落ちた。何処にもやらないで自分のそばからいなくするなんて、死、以外にはない。例えばこのまま餌をやらずにおくとか、水から出してしまうとかやり方はいくらでもあるが、そのどれも金魚が苦しむだろうと思うと選べるはずがなかった。
     そもそも飼い主としてそんなことが出来るはずもないというのに、今日に限ってやけにそんな方法が頭のなかに沸いてでてくるのはどうしてだろう。手放せと言う声と出来ないという声がうるさいぐらいにぶつかり合うのに煩わしさを覚えながら、同時に胸のあたりがざわざわとするのに、虎杖は家路への足を早めた。
     たぶんそれは、予感だったのだろう。
    「ただいま」
     挨拶もそこそこに、どたどたと窓際まで駆け寄ってカーテンを開くと、変わり果てた金魚がぷかりと水面に揺れていた。
    「……っ!」
     はくはくと口を動かしているので辛うじて生きてはいる。けれどそれで安心なんてできるはずがなかった。
    「お前……」
     金色だったはずの鱗がくすんで錆色になっているのにも驚いたが、金魚鉢の底には黒い泥のようなものが溜まり混んでいる。世話をサボったせいだろうかと思っていると、その泥が突然震えてだして金魚鉢の淵からぞるぞると虎杖に向かって這い上がってこようとした。
     本能的に、それがいつも襲ってくるあの影なのだと察してびくっと体が強ばったが、それが水面を越えるより早く、いつか聞いた風鈴の音が響いた。が、その響きはあまりに弱々しくか細い。
     そして、まるでその音に導かれるようにして金魚がゆらゆら力なく泳いだかと思うと、そのまま泥の中に体を突っ込み金色に輝きはじめるのに驚いていると、数秒して光が消えると泥も無くなっていた。
    「あ……」
     そうして光が消えていくと、現れた金魚はその鱗から金色を完全になくし、碧がかっていた目は濁っていて、力尽きようとしているのは明らかだ。
     もしかして、金魚は今までもただこうやって身を削って守ってくれていただけだったのだろうか。虎杖に誤解されても、見て見ぬふりをして遠ざけられている間もずっと、こんな風になってしまうまで。しかし、それに気付いたところでもう、あまりにも遅かった。
    「ごめん……」
     酷い後悔が襲って鉢に触れると、金魚はよろつきながらめ変わらず、どこか甘えるように虎杖に向かってガラスごしに体をすり寄らせてくるのに、ずきりと胸が痛む。するとまるで虎杖の指から力をもらったとばかりに、ふわふわと淡い光が金魚を包んでいった。それで少し元気になったように見えたが、やはりもう手遅れだったようだ。
     金魚は最期の力を振り絞るようにしてぱしゃんとその体を金魚鉢の外へ踊らせると、今までで一番に美しい金の光を灯しながら虎杖の掌に飛びこんだ。冷たさはなく、むしろ熱いほどの塊が指先に触れると、まるで分け与えられるようにぽつりとそこに光が灯った。それは、虎杖の全身を淡く金の膜を張るようにして包み込んでいき、そしてーー……その光が収まると、金魚は虎杖の手のひらのなかで、静かに動かなくなっていた。




     それから2ヶ月ほど過ぎた。
     あの金魚と出会ってからは、ちょうど一年になる。
     相変わらず不気味なモノは見え続け、ざわざわと近付こうとしはするものの、迫るほどの距離を詰めてくるものはなかった。金魚が最後に守りの力をくれたのだ、と改めて思う。それを嬉しく思う反面で、信じてやれなかった不甲斐なさもまた蘇ってちくんと胸が痛んだ。
     と、俯いていた虎杖の耳に遠くから祭り囃子の音が流れてきた。
    「……そういえば、そろそろ夏祭りだっけ」
     ふと、あの金魚と出会った日のことを思い出し、その足はあの日と同じように林のそばに建つ小さな神社に向かった。


    ーーそこで出会ったのは、あの金魚の鱗の色に似た髪色の男だった。


    ***


    「……あれ?」
     気付くと真っ暗な闇の中にいて、虎杖は目を瞬かせた。
     ついさっきまで自分は祭り囃子の真ん中にいたはずだ。並んだ出店を冷やかしながら、何とはなしに金魚すくいの文字を探していた。足元でじゃらと砂の音がするくらいはわかるが、知らぬ間に林の中に入り込んでしまったのだろうか。
    (どこだ、ここ……)
     ざわざわとざわめきがしてそちらを向くと、ぽつぽつと燈籠の灯りが列をなしているのが見えた。やはり、ぼんやりしていて道を外れたのだろう。そう思って、灯りの方向に向かって行こうとした、その時だ。
    『危ないですよ』
     大きな手が虎杖の腕を掴んだと思った瞬間、ぐいっと後ろに引かれた。ずいぶん強く引かれたので、意識が一瞬そちらに持っていかれた、その、瞬きの後。
    「えっ」
     さきほどまで真っ暗だったはずの視界に、両脇に並ぶ出店たちと、周囲を煌々と照らす祭り提灯の灯りが飛び飲んできた。並ぶ出店のど真ん中。もしかして自分は、さっきからずっと動いていなかったのだろうか。
    (じゃあ、さっきの声は……?)
     先程まで居た場所がなんだったのかとぞっとなるより先に、自分を引き戻してくれた声の主を求めて慌てて振りかえると、その視界の端で小さく金の色が揺れるのが見えた。それがあっという間に人混みのなかに紛れてしまおうとするのに、あれだ、と何故かそう思って、気付けば虎杖の足は地面をとっくに蹴っていた。
    「待って……待って、くれよ!」
     ざわめく人の間をかき分けて行く先で、すいすいと遠ざかっていってしまうその後ろ髪。まるて金色の淡い光が尾を引いているように揺れるそれが、水中で揺れていたあのヒレのようだ、と虎杖は不意に思った。
    「待ってってば、なあ!」
     逃げるように遠ざかるその色を追いかけながら、そういえば名前もつけてなかったことを思い出す。
    「おまえだろ、金魚!」
     呼べる名もなくそう叫ぶと、それまでずんずんと進んでいた足がぴたりと止まり、やたらと不本意そうな顔が振り向いた。その間でなんとか追い付くと、他より頭ひとつは背の抜きん出たかなり大柄な浴衣の男は「……呼び方」と不服そうに言う。見上げるような背のせいか、提灯の明かりが強すぎて表情が見えないがきっと不機嫌な顔をしているだろうとわかる声だ。
    「………ナナミンです」
     ぽつ、と躊躇うように漏れた言葉の意味がわからず「なんて?」と返す虎に男は続ける。
    「名前です。私の。正確には私に固着した呼び名ですので、君だけが呼べる名でもあります」
     淡々と返す温度のない声は、金魚がぷくぷくと沫を吐くのに近い気がした。現実感のなさにぽかんと立ち尽くしていると、
    そんな虎杖の手を取って、男はすたすた歩き始めた。
     その身長にふさわしい長い足がかなり大股でずけずけと歩くので、一緒に歩くと言うよりほとんど引っ張られているのに近い。周りの景色があっという間に流れていくのに虎杖は目を瞬かせた。
     これだけ混雑しているのに、何故か男の体も、彼に引っ張られる自分の体も全然誰にもぶつからないのだ。避けるそぶりなどまったくないのに、水のなかを泳ぐようにすいすいと体は進んでいく。しかし不思議だと思うよりも、虎杖は自分の手を取るその指が固く長いことや、少し冷たいことにばかり意識がいった。
    (でかい手だな……)
     誰かに手を引かれることなんて、いつぶりだろう。わずかに胸を刺した気持ちを飲み込んで、黙って男について歩き続けること数分。鳥居のすぐそばまで来てみれば、あれだけ賑やかな祭りだったのに、光も喧騒もやたら遠いところにあるみたいに音が一気に微かなものになった。
     虎杖が目を瞬かせていると「……金魚鉢、まだ残っていますか」と男が聞く。
    「取ってあるよ。ちゃんと」
    「結構」
     反射的に応じた虎杖に頷いた男はすっと鳥居の向こうを指差した。
    「良いですか。階段を降りたらホームセンターへ向かってください。恐らくペットコーナがあるはずです。そこで玉砂利を買って金魚鉢に入れてください。可能であれば水草も」
     一息で続けられたその内容に目を瞬いていると、その手に引かれるまま鳥居を一歩踏み出した瞬間、男の姿はなくなっていて、代わりに虎杖の手には一匹の金魚の入った袋が提げられていた。
    「えええ……」
     何が起こったのかさっぱりわからないが、ビニール袋の中でぷくぷくいっている金魚の鱗は、遠い街灯の色を淡い金に弾いていて、どうやら夢ではないようだった。


    つづく
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