恋するローゼマイン 心地の良いそよ風が頬を撫でて、ゆっくり意識が浮かび上がる。
(あれ? わたし、何してたんだっけ?)
見慣れた部屋の景色が、ぼんやりと映る。
部屋を包みこむ匂いも、本棚や魔道具の実験器具も、よく知っているものばかり。
(フェルディナンド様の隠し部屋ね)
世界でいちばん、安全な場所。
わたしは安心して、また目を閉じようとした。
けど、そこで自分の体勢に違和感を覚える。
フカフカの長椅子に、仰向けで寝ているようだ。
それなのに、頭のあたりが妙な感触なのである。
少しずつ意識を集中させて、ハッと気付いた。
(えっ? フェルディナンド様……?)
顔を動かさず、視線だけを天井に向ける。
分厚い本の表紙が目に入り、その瞬間、すべてを理解した。
(フェルディナンド様に膝枕されてるぅっ)
はわっ、と口が開いただけで、声はださなかった。
身じろぎせずに済んだのも、驚きで体が硬直したからだ。
その代わり、心臓がドッドッと早鐘を打ち始める。
(ええぇっ? こ、これは、夢っ)
眠気など吹き飛び、急激に体温が上昇する。
頬が熱くなり、けど、起き上がって顔を見る勇気もない。
(フェルディナンド様の枕、意外とやわらかいな)
などと、現実逃避の感想が頭をよぎった。
いや、そんな場合じゃない。
頭を働かせようとしてもドキドキが落ちつかず、焦りばかり募る。
そもそも、なんでこんな状況になったのか。
記憶をたどってみると、キッカケは些細なことだった。
寝る暇もないくらい忙しいはずのフェルディナンドが、わずかな休憩時間に隠し部屋にこもって趣味の実験をしてると聞き、これはいけないと乗り込んだのだ。
案の定、実験途中だったらしいフェルディナンドは、わたしを見てイヤそうな顔になった。
『フェルディナンド様っ、また徹夜を……』
わたしが説教しようとすると、見たことのない本を開いて顔面に押しつけてきた。
その後のことは、はっきり覚えてない。
読んだことのない新しい本に浮かれ、まんまと読みふけってしまったということくらいしか……。
(あぁ……あとで、みんなに怒られる)
ミイラ取りがミイラになったあげく、長椅子を占拠して昼寝をする始末。
でも、隠し部屋での出来事は、フェルディナンドさえ黙っていれば分からない。
(よし。フェルディナンド様に賄賂を渡して……)
「ローゼマイン?」
「ひゃいっ」
ビクッと肩が跳ねる。
ついでに変な声も出た。
「起きてるのは分かっているぞ」
(なんでバレた)
こんどは違う意味で、心臓がバクバクする。
そよ風では足りないくらい汗がにじんできた。
「暑いようだな。風量を上げよう」
フェルディナンド様がそう言うと、そよ風だったのが、強めの風に変わる。
なんか、扇風機みたい。
おそらく、そのような魔道具を作ったのだろう。
「あ、あの、フェルディナンド様っ」
起き上がろうとしたが、フェルディナンドの手に額を抑えられる。
視界から分厚い本が消えて、代わりにフェルディナンドの顔が出てきた。
(お、怒って……ないよね?)
いつも不機嫌そうな表情をしてるけど、今は違った。
なぜか、すごく機嫌がよさそうだ。
「寝ていなさい。君もろくに休んでいないだろう」
「フェルディナンド様。わたくしの本は?」
「君の体力が回復したら渡してやろう」
「わたくしの本ですよ!」
「持ち主は私だ。君に貸すかどうかは、私が決める」
すげない返事にムッとして、フェルディナンドをにらんだ。
いや、にらむ振りをしただけ。
(あぁ……どうしてフェルディナンド様を見ると、ドキドキするのかな?)
今まで、こんなことなかったのに。
初めての感情に戸惑いながら、フェルディナンドを見つめる。
「もう少し寝ていなさい」
「はぁい」
わたしが素直に返事をすると、フェルディナンドが口端を上げた。
フッと笑う口元が色っぽくて、鼓動が跳ねる。
(ドキドキしすぎて眠れないよっ)
だけど、そんな文句を言うわけにもいかず、わたしは胸に両手を当てて、ギュッと目を閉じた。
(終わり)