いつかどこかの縁日で 砂糖と澱粉で出来た板を、真剣に爪楊枝で掻く。
板には、オールマイトのシルエットが薄く掘られていた。凹凸とカーブが多く、細いところもたくさんある難易度の高い型だ。板自体もそこそこ脆いから、ほんの少しのミスで欠けてしまう。
指先に集中して、かりかりと溝を深くしていく。普段は見惚れる逆三角形の胸板が、今は少し憎い。なんとか削り終わって、板から生じた粉を吹き飛ばした。細くだが、板の向こうに天板が見える。さて次はどこを削ろうかとあたりをつけていたところへ、至近距離から、聞き慣れたブツブツ声が流れてきた。
「そこ難しいよね。オールマイトのトレードマークだから妥協はできないけど髪の根っこと毛先が細いからどうしたって削った時の負荷がそこに」
「ああああうっせうっせ! 解説すんな同意すんな距離がちけぇんだよ離れろボケェ!」
「わわ!」
板が小さいせいか、距離感が狂いやすいせいか、はたまたその両方のせいか。思ったより近くにいたらしい出久は、勝己の怒声に慌てて身を起こした。その拍子に、ずるりと斜めに掛けたオールマイトの面がズレる。
「かっちゃん、大声出したら割れちゃうよ。冷静にね」
「俺ァいつだって冷静だわ」
「それ本気で言ってる? 鏡見た方がいいよ」
「もう黙れよおまえ」
これで煽っているつもりがないのだから、本当にふざけている。出久がもに、と口を閉ざしたのを確認して、勝己は再び型抜きに集中した。
脆くて割れやすい板から憧れの輪郭を掘りおこしていると、周りの喧騒が少しずつ遠のいていく。その分だけ指先の感覚がくっきりとして、削った粉末がざらざらとした感触を訴えた。
ふ、と積もった粉末の山へ息をかける。
二本のツノが、緩い曲線を描いてくり抜かれた。
少しだけ、板から視線を上げる。出久は勝己の手元を真っすぐ見つめているので気付かない。
その口の端には、盛大に青のりがくっついていた。
たこ焼きを食べた時にくっついたのだろう。
間抜けである。
先程はただ黙れと返してしまったが、出久こそ鏡を見るべきだと思った。
悔しいが、笑いがこみ上げる。
「え、うそ、かっちゃんいま笑った? なんで?」
「鏡見ろ」
力強い両足をくり抜く。
勝己が引いた型はマッスルフォームだったが、どうやらトゥルーフォームの型もあるらしい。ぼんやりとした薄膜越しに、割れちゃったと泣くこどもの声が聞こえた。
「手、治って良かった」
距離を保っていても、歳を重ねても、いつだって出久の声は薄膜の内側で響く。
出久のことが煩わしかった時期は本当に堪ったものではなかったが、今ではもうすっかり馴染んでしまった。
ただ、素直にそうだと認めてやるのは癪なので。
「ったりめーだわ」
削り出したオールマイトの完璧なシルエットをつまみ上げ、勝己は腰を上げた。