わたしのえ 真っ白い画用紙に、みっちりとたくさんの人が並ぶ。
だが、出久はまだまだ人を描き足して行くつもりらしい。脇目も振らず、せっせとクレヨンを走らせている。
勝己は心底ゲンナリした。クレヨンを強く握っているせいで包装紙がよれてしまい、出久の爪先には色取り取りの顔料がこびりついている。これではキラキラの『キレイにおかたづけできた』シールは貰えない。
諦めて、もう一度描かれた絵を見る。頭にお団子をつけているのは出久の母──おばさんで、隣にある電話の子機は、きっと海外出張中の父──おじさんだ。
勝己だってもうほとんど覚えていないけれど、父親なのだから、せめて人の姿で描いてやれと思った。
哀れなおじさんの隣には、ウニのような頭の子供が並ぶ。おそらく自分だ。ウニ頭の背後にはメガネをかけたシャツ姿の男と、少し毛足の長いウニ頭が、スカートを履いて並んでいた。順当にいけば、こちらは勝己の両親だろう。おばさんの方には、園の先生や同じ組の子供が並ぶ。その背後には、全てを守るように大きく描かれたオールマイト。彼も例の如く歯を輝かせている。
みんな笑顔だ。
人だけではない。
犬や猫や、なんなら太陽や花まで満面の笑顔である。
「太陽に顔なくね?」
花にもないが、とりあえず聞いてみる。
「あんなにまぶしいんだもん、きっとオールマイトみたいに笑ってるよ。ちょー遠いから見えないだけ」
回答は憶測の形をした妄想だった。
遠くて見えないだけならば、父親だってそれっぽく描いてやれと思いつつ──大して興味もなかったので、勝己は適当に流した。
出久はまだクレヨンを動かしている。
画用紙の隙間が人で埋まっていく。
みな笑顔で、幸せそうだった。
「出久は?」
その問いに、しまった、という表情で出久が固まる。
自分のことをすっかり忘れていたらしい。
眉が下がって、じわりじわりと涙が滲む。
「ど、どうしよう…わすれてた…」
画用紙にはもうひとりだって描き足せるスペースはない。
無計画に描き殴るからこうなるのだ。
勝己は鼻を鳴らした。
「どーすんだよ。コレ、『わたしのえ』だぞ」
「えっと…えっと…」
ふる、ふる。
涙の粒が目の縁で揺れる。汚れた手で唇を触ったから、最後に塗った空色が口元にもくっついた。赤い唇はよく見るけど、青いのはなんだか見慣れない。プールに浸かりすぎた時だって、こんなに青くはならないだろう。
出久は汚れに気付かず、唇をいじりながら、なんとか自分を描き足せないかと唸り始めた。
塗りつぶして修正すれば早いが、きっと出久は嫌なのだ。
仕方なく、勝己は手を挙げた。
「センセー、セロハンテープつかっていい?」
「いいわよ。画用紙、破れちゃった?」
「ううん、出久のとくっつける」
勝己は出久から画用紙を取り上げると、裏返しにして机に置いた。その隣に、自分の画用紙も裏返してくっつける。
セロハンテープを切り取って、ずれないように、慎重に二枚を貼り付けた。
そうして、一枚の大きな画用紙が出来上がる。左右で絵の密度が違うのでバランスは悪いが、良しとした。
ぽかんとした顔で勝己を見つめる出久の前へ、繋げた画用紙を押し返す。勝己の描いた『わたしのえ』には自分自身しか描いていないから、まだ少しだけ余白がある。
出久ひとりくらいなら、十分描き足せるだろう。
「ん」
「かっちゃん、いいの?」
「スキマくらいならかしたる」
「ありがと…!」
泣いたカラスがもう笑った。
にこにこ笑っているが、唇は汚れて青いままである。
勝己はポケットからティッシュを取り出し、数枚抜きとった。折り畳んだティッシュで出久の唇をゴリゴリ擦ると、やっと元の色が戻ってくる。
全く手が掛かる。
「かっちゃんのとなり!」
「となりじゃねーし。後ろだ後ろ。
エンキンホーってしらねーの?
俺よりちっちゃくかけよ」
「えー? となりじゃだめ?
僕かっちゃんのとなりがいい」
突然図々しくなるのはなんなのだろう。
言い負かしても良かったが、お絵描きの時間は残りわずかだった。
仕方なく、勝己は出久が隣に並ぶのを許してやった。