告げる、想い「伊作先輩、お慕いしております」
何度も脳内で繰り返した言葉。それを音として発することは初めてだった。
口にしてから、心臓がまるで大砲のようにドッと打ち鳴らされた。知らず知らずのうちに呼吸も浅くなっている。きっと、顔は真っ赤になっていることだろう。
言ってしまった。遂に。ずっと恋い焦がれていた先輩に、自分の気持ちを伝えてしまった。
不運だけど優しくて、困った時に頼りになって、そして誰よりも心が強い人。そんな歳上の彼に、いつしか恋心を抱いてしまった。これが忍として持っていていい感情ではないことは薄々気がついていた。でも想うことは止められなくて、日々その感情は溢れるばかりだった。
「乱太郎、本当に善法寺伊作先輩のことが好きだよな」
きり丸からそうからかわれたその時に、乱太郎は覚悟した。この感情は、ずっと自分から離れることはないのだと。
そう心に決めてから、まずこの想いに区切りをつけなければならないと思った。直に伝えて受け入れてもらえばそれでいい。けれど、もし受け入れられなかったその時は──。
「乱太郎」
先輩の、静かな声が風に乗って耳に届いた。
顔を上げる。見据えた先に立っている彼の表情を見て、乱太郎は肩を震わせた。
「気持ちは嬉しいよ。でも……ごめんね」
伝えられた『否』の言葉に、視界が歪みそうになるのを唇を噛むことでどうにか抑えた。
ダメだ、泣いてはいけない。こうなることは分かっていたのだから。
努めて冷静に吐き出した息が震えていることに、きっと彼も気がついていただろう。でも、この距離が縮まることはない。まるで、自分達の間にとても分厚い壁が挟まれているようだった。
「……はい。分かってました。聞いてくれて、ありがとうございました。伊作先輩」
情けない顔を見られたくなくて、深々とお辞儀をした。
まだ忍として未熟な乱太郎には、彼が何を考えているのかすら読むことができない。
悔しい、と思ってしまった。せめてこの先輩の感情を少しでも乱すことが出来たら、まだ気が晴れたであろうに。
「乱太─「私、そろそろ干していた薬草を回収してきますね!」……うん」
空気に耐えきれず、その場から逃げ去るように飛び出した。勢いあまって戸が大きな音を立てていたが、そんなことまで気が回るほど、今の乱太郎は冷静ではなかった。
走って、走って。そして誰も居ないところまで来たのを確認してから、膝を抱えるように蹲る。
ほろりほろりとあたたかな雫が頬を伝うのを感じながら、必死に声を押し殺した。
「…ひ、ぅ……っ」
分かっていた。彼に、乱太郎の想いが受け止められるはずがないのだと。
あんなに優しくて、強い人なら、もっと他に好い人が居るはずなのだと。
分かっていたのだ。でも、ほんの少しだけ期待をしてしまっていたのも事実。
だって。
『乱太郎』
あんな風に、愛おしいものを見るような目で呼ばれてしまえば、勘違いのひとつくらいしてしまうのも仕方ないと思った。
*
乱太郎が立ち去った保健室。その場には二つの人影があった。
「……いいのか?」
「なんだい、留三郎。お前に盗み聞きの趣味があるとは思わなかったな」
「はぐらかすな。……もう一度聞くがいいのか、追いかけなくて」
「うん、いいんだ」
そこで言葉を区切った伊作は、目を閉じて先ほどまでの乱太郎の姿を思い返した。
顔を真っ赤にさせながら、必死に想いを伝えてきた後輩。その姿に「僕もだよ」と抱き締めることが出来たらどれだけよかったか。
「…乱太郎は、まだこの学園で過ごさなくてはいけない。忍として成長し続ける彼の未来を、僕の勝手な欲望で閉ざす訳にはいかないよ」
愛おしいあの子。想いが受け入れられず泣いていたあの子。……その涙が、己を想って流したものだということに、喜びを感じてしまうことをどうしようもないなと渇いた笑いがこぼれた。
「……お前がそれでいいと決めたのなら、俺はこれ以上何も言わない。けれど伊作」
「…?」
「俺は、お前達に幸せになってほしいと思ってるよ」
「……はは、ありがとう。留三郎」
「気にするな、同室じゃないか」
そう言って肩を叩いた留三郎を見送って、一人残された保健室で思いにふける。
乱太郎。あたたかな陽だまりのように笑う、大切な子。
あの子が幸せでいられるのなら、自分はなんだってやれる。
それこそ、感情を偽ることだって。
「……好きだよ」
誰に当てたでもない一人言は、静かな部屋に溶けて消えた。