幸せを紡ぐ歌 緑谷と二人で暮らすようになってしばらく経つが、最近妙に緑谷に見つめられることが増えてきた気がする。今もそうだが、隣からとても熱心に見つめているのがひしひしと伝わるような視線だ。ひとまず腹が減っているのかと思って作ったばかりの玉子焼きの端を薄く切り、緩く開いた口に放り込む。
「そんなに見なくても、もうすぐできる」
「ん?」
玉子焼きを咀嚼しながらきょとりと大きな瞳を丸くして首をかしげた緑谷に「腹減ったんだろ」と言いながら、手早く盛り付けを進めていく。つまみ食い防止だとでも思ったのか、そばかすの散ったまろい頬を赤く染め、本人的には睨み付けているのだろう潤んだ瞳で見上げてきた。
「お、お腹は空いてるけどそこまで食いしん坊じゃないよ!」
「そうか。口開いてたから催促されてんのかと思った」
素早く口を閉じてむぐぐと唸り声ともなんとも言えない声を出しながら睨んでくる緑谷だが、俺の目には必死に威嚇する小動物に見えてきて自然と笑いが込み上げてくる。
募る愛しさに促されるまま、出来上がった料理片手に引き結ばれた緑谷の唇へ触れるだけのキスを落とした。一瞬の沈黙のあと、勢いよく顔中真っ赤にした緑谷を置いて料理を運ぶ。
「轟くん!」
「早く食わねえと冷めちまうぞ」
「っ…!ほ、んとっ、君は…!」
モゴモゴと文句を言いながらも配膳を手伝う緑谷に再びキスしそうになるのを抑え、二人揃って席に着く。並べた品々を見てぱっと目を輝かせた緑谷が、待ちきれないとばかりにこちらを見つめるのが可愛くて仕方ない。緩む頬もそのままに食べるか、と声をかければ、勢いよく返された頷きにひとつ笑いを零し、持ち上げた両手を胸の前で合わせた。
いただきます、と声を揃えて箸をとり、機嫌が直ったらしい緑谷と他愛ない話をしながら食べ進める。プロヒーローになって二人のスケジュールが合わない日も多いからこそ、何気ない日常のひとつひとつが大切だ。温かな食事とともにしっかりと噛み締めながら、改めてそう思う。
だからこそ、不満にしろ何にしろ溜め込まずに言ってほしい。食事を終えて満足そうに片付けをする緑谷の隣に並びながら、心の奥でひそりとため息をついた。
「俺、何かしたか?」
「何かって…どうしたの、急に」
「最近すげえ見てくるから」
ソファに座る緑谷の太ももに頭を預けて横になりながら、気になっていた視線の意図を聞いてみる。首をかしげてぱちくりと瞬きを繰り返す緑谷が、なぜか突然ものすごい勢いで顔を赤くさせて狼狽え始めた。
「……!い、いやあの!じろじろ見るつもりはなかったけどつい見てしまうというか見惚れていると言った方がいいんだけどむしろ聞き惚れていると言うのが正しい気もするけど勝手に意識が向いてしまうというか…!」
「…聞き惚れる?」
あわてふためく緑谷の言葉を遮るように、引っ掛かった単語を口に出す。ぴた、と喋りをやめて視線をうろつかせた緑谷が、おずおずとこちらを見下ろす。
「歌ってるときの轟くんの声、すごく優しいから…。声だけじゃなくて…何て言うんだろう、雰囲気とかも、柔らかくて、その」
「…?歌なんざ歌った記憶ねえんだが」
「え?!さっきも歌ってたよ、ね…?」
何を言ってるんだという顔をされたが、俺も何を言ってるんだと思った。最近同じ歌を繰り返し口ずさんでいると緑谷に言われても、やはり覚えがない。
「何の歌なのかな、って気になってたからいつか聞こうと思ってたんだけど」
「覚えもないからな。わかんねえぞ」
「そっか。そうだよね」
知らないうちに覚えてる歌ってあるもんね。そう言って小さく笑う緑谷の顔に手を伸ばし、指の背でそばかすをなぞってから手の甲でゆっくりと頬を撫でる。
「なんか、歌ってくれねえか」
「なんかって…、適当だなあ」
ふわりと頬の赤みを増して笑う緑谷に、心の奥底から愛しさが沸き上がる。僅かな沈黙ののち、柔らかなアルトが子守歌を奏で始めた。幸せが降り注ぐような優しい歌声に合わせて、暖かな手のひらがゆっくりと頭を撫でる感覚に自然と瞼が重くなる。緑谷の頬を撫でていた手を腹の上に戻されるのをうっすらと感じながら、緩やかに眠りの中へと誘われていった。