雑諸⑦雨が、降っていた。昨日も、その前も、ずっと。
梅雨の空はいつも同じ灰色で、どこを見ても逃げ道がなかった。風のない、重たい湿気の中。尊奈門は、ふすま一枚隔てた部屋の外に雑渡が居ることを知っていた。いや、感じていた。
──見張られている。
その感覚は、日に日に濃くなっていた。優しい笑顔の奥にある、底知れぬ執着。それに気づいたのは、きっと随分前のことだったはずなのに、心のどこかで見ないふりをしてきた。
「組頭は、優しい。私のことを、思ってくれてる。」
そう言い聞かせてきた。どんなに行動が過剰でも、どんなに言葉が過ぎていても。
けれど──
今日、ふと棚の奥にしまわれた小箱を見つけたとき、その言い訳は崩れ去った。それは、尊奈門がかつて落とした手ぬぐい。もう捨てたと思っていた古い頭巾。幼い頃に描いた、稚拙な絵……。どれも、尊奈門が忘れていたもの。なのに、雑渡はひとつ残らず、それを持っていた。きれいに、丁寧に、愛おしそうに保存された「私」が、そこにいた。
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