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    PN_810

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    PN_810

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    暗めの雑諸。
    雑→諸のクソ重感情、監禁描写ありますので苦手な方はご注意ください。

    #雑諸
    miscellaneousThings

    雑諸⑦雨が、降っていた。昨日も、その前も、ずっと。
    梅雨の空はいつも同じ灰色で、どこを見ても逃げ道がなかった。風のない、重たい湿気の中。尊奈門は、ふすま一枚隔てた部屋の外に雑渡が居ることを知っていた。いや、感じていた。

    ──見張られている。

    その感覚は、日に日に濃くなっていた。優しい笑顔の奥にある、底知れぬ執着。それに気づいたのは、きっと随分前のことだったはずなのに、心のどこかで見ないふりをしてきた。

    「組頭は、優しい。私のことを、思ってくれてる。」

    そう言い聞かせてきた。どんなに行動が過剰でも、どんなに言葉が過ぎていても。
    けれど──
    今日、ふと棚の奥にしまわれた小箱を見つけたとき、その言い訳は崩れ去った。それは、尊奈門がかつて落とした手ぬぐい。もう捨てたと思っていた古い頭巾。幼い頃に描いた、稚拙な絵……。どれも、尊奈門が忘れていたもの。なのに、雑渡はひとつ残らず、それを持っていた。きれいに、丁寧に、愛おしそうに保存された「私」が、そこにいた。

    「なんで……」

    箱を閉じる手が震えた。雨音が妙に大きく聞こえる。耳が詰まったように、自分の鼓動しか聞こえない。身体の奥から、何かが叫びだしそうだった。

    ──ここに居たら、壊される。

    気づいたのだ。いや、本当はずっと知っていた。けれどそれを「愛」だと思い込んでいた。信じたかった。

    「でも、もう……」

    私が、私じゃなくなる前に。
    ごめんなさい、と胸の中で呟いて、私はそっと動き出した。畳が軋む音にさえ息を止めながら、押入れの奥にしまっていた風呂敷を取り出す。用意していた荷物。簡単な着替えと、少しの金、そして…組頭からもらった小刀。護身用ではない。ただ、彼のことを思い出すには十分な重さだった。

    ──今夜しか、ない。明日でも、明後日でも駄目だ。今夜。

    夜になるのを待った。灯りを落とし、眠ったふりをして布団に潜る。時間がゆっくりと、じわじわと溶けていく中、尊奈門は何度も何度も拳を握った。怖い。見つかれば、許してもらえない。でも。

    「逃げなければ」

    雨が強くなってきたのは、ちょうどその時だった。雑渡の気配が遠のいた瞬間、尊奈門は息を止めるようにして立ち上がった。下駄は音がするからと裸足のまま、裾をたくし上げて部屋を抜け出す。忍び足で裏口に向かい、戸を押すと──かすかに開いた。空気が、外の湿気が、どっと押し寄せる。目が潤んだ。自由の匂いがした。走った。とにかく走った。庭を抜け、塀を越え、土を踏みしめて、雨の中を駆ける。足元はすぐに泥に塗れ、髪も肌も濡れそぼる。どこかで足をくじいた気がする。でも止まらない。

    「遠くに……遠くに……!」

    頭の中で、それだけが響いていた。遠くへ。組頭の目が届かない場所へ。あの優しい声が、届かない場所へ──

    身体の芯まで冷えきって、肺がきしむように苦しくなってきた頃。ようやく、古びた蔵のような小屋を見つけた。

    「少しだけ…少しだけ、休みたい…」

    泥だらけの足で中に転がりこみ、膝を抱える。肩が震えて止まらない。寒さと、恐怖と、罪悪感と……でもその奥にある「正しさ」を信じたくて、尊奈門は唇を噛んだ。息を整え、目を閉じる。けれど──その静寂は、長くは続かなかった。

    「……そんなに慌てて、どこに行くの?」

    その声が、雨の音を割って、耳元に落ちた。ピシッと、背筋が凍った。振り返らなくてもわかる。柔らかい声。いつもの優しい声。なのに、そこにあるのは、怒りだ。呼吸が止まった。背後に立つ男──雑渡昆奈門の視線が、尊奈門をまるごと貫いていた。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    「……そんなに慌てて、どこに行くの?」

    湿った空気を割って届いた声は、優しく、静かだった。けれど、それがなにより怖かった。尊奈門は振り返れなかった。背筋が凍りつき、足の指先から頭のてっぺんまで、全身の血が逆流していくような感覚に襲われた。

    「…………ぅ」

    喉が詰まって、声が出ない。肩が震えて止まらない。軋む木の床に、重たい足音がひとつ、またひとつと近づいてくる。

    「……私に、黙って出て行ったんだね。」

    あのいつもの、微笑みながら語るようなトーンで。でも、音のない雷が落ちてくるような──底知れぬ怒気を、尊奈門は背中いっぱいに浴びていた。

    「尊」

    その一言で、心臓がひゅっと縮む。

    「ここまで、よく走ったね。こんな雨の中、裸足で、泥だらけになって。」

    目を閉じて、歯を食いしばった。けれど雑渡は容赦しなかった。尊奈門のすぐ後ろまで来ると、そのままゆっくりと、腰をかがめる。

    「尊。振り向いてよ。」
    「……っ」
    「怖い?」

    尊奈門は、かすかに頷いた。

    「うん、そうだね。きっと、今の私は怖い。だって尊が、私を置いてけぼりにしたんだから。」

    そこで、静かに笑う気配がした。吐息のような、低く喉で鳴る音。それは、柔らかな愛情と、ねじくれた執念の入り混じった──支配の音だった。

    「尊、私がどれだけお前を大事にしてきたか、わかっているよね?」
    「……わ、わかって、ます」

    震える声で答えると、背中に指先がそっと触れた。濡れた衣の上からでも、その体温ははっきりと伝わってくる。優しい指だった。だけどその指が、今はまるで刃のようだった。

    「だったら…どうして、こんなことをしたの?」
    「…外に…外に出たかったんです…少しだけ……」
    「それは、なぜ?」

    返事が、できなかった。ほんとうはわかっている。「組頭が怖かった」と言えば、それで全部説明がつく。でも、そんなこと言えるわけがない。そんな言葉を口に出した瞬間、自分はもう「可愛がられる存在」ではなくなってしまう気がして。それを思うだけで、怖かった。
    けれど──
    雑渡は、待たなかった。尊奈門の肩に手をかけて、ぐいと振り向かせた。濡れた頬に髪が張りつき、涙と雨の境界はもう曖昧だった。そして、その瞳を見た。
    ──怒っていた。静かに。底なしに。笑っている。でも目が笑っていない。黒曜石のような瞳が、じっと、獲物を捕らえるように尊奈門を見据えていた。

    「私から、離れようとしたんだね。」
    「……ご、めんなさい」
    「尊」

    ふたたび名前を呼ばれる。それだけで胸がきつくなった。

    「私は、お前に鎖をつけたことはない。檻に閉じ込めたこともない。そうだろう?」

    ──していない。でも、しているも同然だった。行動は監視され、いつもじっとりとした視線を受けていた。組頭の目の前では、ただ「お利口な尊奈門」でいるしかなかった。

    「でもね、尊──」

    そこで、雑渡の顔がすっと近づいた。

    「これからは、本当に鎖をつけないといけないのかもしれないね。」

    そう言って、濡れた尊奈門の頬に口づけを落とした。冷たい唇。でも中にある熱は、焦げつくほどに激しかった。

    「お前は私のものだ。それだけは、絶対に、忘れさせない。」
    「…………っ、ぅ……!」

    尊奈門の身体が小さく震え、肩をすくめると、雑渡はそのまま腕をまわし、抱きしめてきた。雨の音が、遠くなっていく。この腕からは、もう逃げられないと、心の奥が理解していた。

    静かに、檻が閉じる音がした。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    肌寒い雨の夜道を、雑渡は濡れた尊奈門をしっかりと抱きかかえたまま歩いていた。尊奈門は抵抗しなかった。──できなかった。
    温かくて、優しいのに。どうしようもなく怖い。大きな掌が背を撫でてくる。抱きしめる腕は、逃げられないほどに力強いのに、撫でる手はひどく優しい。

    「濡れちゃったね。風邪を引く。ちゃんとあたためてあげるから、ね、尊奈門。」

    耳元でそう囁く声に、尊奈門の心はぎゅっと縮んだ。拒否したい。でも、この人は私を拒ませてはくれない。戻る頃には、夜が深まっていた。あの抜け出した裏口ではなく、正面の門から堂々と。廊下は静まり返っていた。誰もいない、誰も止めてくれない──二人きりの、箱庭の世界。雑渡はそのまま、尊奈門を庵へと運んだ。雑渡と尊奈門の三年間が詰まった、普段、誰も入れない部屋。畳は乾いていて、障子からわずかに雨音だけが聞こえた。濡れた衣が体に張り付き、冷えた手足がかすかに震えていた。

    「はい、尊。これに着替えて。お湯も沸いてるよ。」

    柔らかい口調だった。まるで看病でもするかのように。けれど、渡された浴衣は──紐がない。尊奈門は震える手でそれを受け取って、そっと口を開いた。

    「……組頭。あの、これは──」
    「着替えて」

    低く、短い言葉だった。尊奈門の言葉を遮って、雑渡は笑ったまま、しかし目だけは笑っていなかった。

    「もう、お前を自由にはさせないよ、尊。私から逃げようとした罰は、ちゃんと受けてもらうから。」

    そう言って、すっと手を伸ばし──尊奈門の髪に触れた。濡れた前髪を梳く指先が、異様なほどに優しい。

    「怖がらなくていい。痛いことはしない。私はお前を、壊したくはないから。」

    でも、檻には入れておきたい。触れられない場所に、誰にも奪われない場所に。その本音が、皮膚越しに伝わってくる。

    「お前はね、尊、誰よりも私の可愛い人なんだよ。」

    浴衣の襟元に指が触れる。身動きできず、尊奈門は目を伏せるしかなかった。涙が、また頬を伝う。

    「泣かなくてもいいのに。…泣き顔も可愛いけどね。」

    抱きしめられた。その大きな体に包まれると、すっぽりと覆われてしまう。逃げ場はない。温かさと苦しさが、同時に襲いかかってくる。

    「愛してるよ、尊。私の、たった一人の可愛い子。」
    「……ん、組頭、わた、し……っ」
    「大丈夫、大丈夫。お前がちゃんと“私のもの”ってわかってくれるまで、何度でも、何日でも、ずっとそばにいるから。」

    窓の外では、まだ雨が降っていた。その音は、外の世界を遠ざけるように、深く、重く、屋敷を包んでいた。そして、尊奈門の世界は、静かに──閉じられていった。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    目が覚めたとき、外はまだ雨だった。ぼんやりと天井を見つめる。障子越しの光はなく、部屋の明かりだけが、柔らかく灯っていた。

    「……あれ」

    寝台の上に寝かされていた。しっとりとした布団、甘い香りのする枕──それらすべてが、あの時のままだった。動こうとして、足に引っかかるものがあった。薄い金属の輪が、足首を包んでいた。
    ──鎖だ。
    細い鎖が、柱の根元へと繋がっている。布をかけられていたから、すぐには気づかなかった。

    「……っ」

    嫌な汗がにじむ。逃げようとしていたことを、もう一度思い出す。雨の中を走って、怖くなって、見つかって──「罰」として、ここに。
    ガラリ、と障子が開く音がした。

    「おはよう、尊奈門」

    笑顔だった。いつものように、柔らかく、優しい──でもその手には、器があった。湯気の立つ雑炊の匂いが漂う。

    「今日は少し食べて、それからまた、眠ろうね。疲れてるでしょ。」
    「……組頭」

    震える声で呼ぶと、雑渡は嬉しそうに目を細めた。

    「はい、尊」
    「……この鎖、外しては、いただけませんか。」

    目を逸らさずに言った。精一杯、声を平らに保った。でも、返ってきたのは、笑顔のままの返事だった。

    「ダメだよ」

    柔らかくて、残酷な一言だった。

    「お前が逃げようとするから、こうなったんだよ? 今の尊には、ここが一番安全なんだから。」
    「……安全、じゃないです。ここは……」
    「檻?」

    声を重ねるように、雑渡は囁く。

    「そう思ってもいい。なら、私は喜んでその鍵を持っていよう。」

    微笑んだまま、そっと器を差し出してきた。

    「はい、あーんして?」
    「……っ、」

    尊奈門の唇がかすかに震えた。心も、身体も。なのに、その手からは熱が逃げていかない。むしろ、どこか安心してしまいそうになる。
    ──この人は、私を絶対に見捨てない。それが、恐ろしくて、嬉しい。ひと口、受け入れる。柔らかい雑炊が、温かく喉を通る。それだけで、なぜか涙がこぼれた。

    「……ああ、泣かないで。ほら、よしよし」

    背中に手が回され、ぎゅっと抱きしめられる。優しい腕。強い腕。逃げようとすれば、きっと壊されてしまう。

    「尊は可愛いね。ほんとうに、ずっとこうしていたい。」
    「……組頭」
    「なあに?」
    「……私も、組頭のこと、大好きです」

    それは本心だった。でも、だからこそ苦しい。だからこそ、この檻の中でもう、何も考えたくない。愛しているから逃げたい。でも、逃げられないから、愛を信じるしかない。雑渡は、満足げに笑って、尊奈門の額にキスを落とした。

    「それでいいんだよ。尊は私だけを見ていればいい。……ずっと、ね」
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    PN_810

    PROGRESS現パロ高諸♀

    大学生になった尊奈門がモブ男に弄ばれて高坂さんのところに戻るお話。
    今まで女子校で異性との付き合いもなく、悪い虫がつかないように守られてきた尊奈門が大学進学をきっかけに外の世界を知り心に傷を負ったところにすかさずつけこみ自分のものにしてしまう高坂さんが書きたかっただけです。
    このあと普通にヨシヨシ慰めセックスするだろうから、そこを加筆してpixivにあげます。
    高諸①雨が降っていた。五月の終わりにしては肌寒く、窓の外には濡れた街路樹が風に揺れている。高坂は、キッチンの時計をちらと見た。
    ――23時14分。今日も、尊奈門はまだ帰ってこない。

    「……遅いな」

    呟いた声が、静かな部屋に落ちた。
    大学進学を機に、尊奈門がこのマンションに転がり込んできてから一年が経つ。最初は賑やかで、毎晩のように今日の出来事を語ってくれた。講義で隣になった子が面白かったとか、サークルに誘われたけど断ったとか、やけに細かく報告してくれるものだから、高坂はうんざりしながらも耳を傾けていた。
    ――だけど、あの男と付き合い始めてからは変わった。

    「……尊」

    小さく呼びかけるように名前を呟いたとき、カチャリ、と鍵が回る音がした。
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