君まとう道中々怪我の状態がよくならない尾のもとに杉が
「お前治るのおせぇんだよ、ほら食料」
とぶちぶち言いながらこたん近くの街にひっそり匿っている家に通うのに一年たった、ってことですよ。
尾を助けて森の小屋で介抱していたヴァを見つけた杉がこっそりと二人を匿ってたまに食料とかをもっていき、錯乱状態が続いていた尾も時間とともに回復していき
「お前もよほど暇なんだな、一等卒」
「俺もお前ももう軍属じゃねえだろ」
とかって軽口たたけるくらいになるし、お互いに色々と身軽になってるから
「お前、帝国ホテルでふるちんで走り回ってただろ」
「あっ!?なんで知って…あ、そうか!お前、あそこにいた軍人かっ」
と色々と話ができ、もちろん勇の話も出る。話せば話すほどに出会うキッカケが違えばこんな形にならなかったのだろうかと、お互いの満身創痍な姿にそっと思いを巡らす杉。
話の終わりに尾は毎回
「ところでいつ俺を軍に引き渡すんだ」
と言う。
軍がどういう結論を出したのかは杉は知らないが、鯉と月は杉と尾がここにいることをしっている。ここだけだと、見ている。軍にとって要注意人物である二人がこの北の大地から離れることをよしとしないだろうし一歩出ればすぐに拘束されることもわかっていた。尾はそれをわかって軍に戻ろうとしている。
列車の上でなにを見て、見させられて、そして答えを出したのか。杉が絶対に知り得ることのない世界を知っている尾はどこか満足気に、それでいて諦めたような顔で日々を過ごしていた。
「お前って目がいいじゃん」
「なんだいきなり、片方をえぐったのはお前だろ。杉」
「まあそうなんだけど。…良すぎるから、見えすぎたんじゃねえの」
「いいや、見えてなかった。見えてないことに、しようとした。それだけだ」
「だからだろ。正直いけすかねえ奴だと思うけどさ、お前は、目をそらさない奴だから」
あまりにも真っ直ぐな人間だったことに杉は気付くのが遅すぎたのかもしれない。
「なあ、尾。お前さ、ずきんちゃんの国に行ったらどうだ」
「は?」
あっちなら軍も介入できないだろうことを言っても尾は訝しむばかり。それどころかさっさと自分を軍に付き出せと言う。それには杉が頷かなかった。
「俺が助けてんだ、お前を生かすも殺すも俺次第だからな」
「横暴だな」
「るせー」
それでも頷こうとしない尾に
「花ざわ勇は地獄にはいないだろうけど、いつかあっちにいったら会えるかもしれないだろ。その時にさ、話してやれよ。ロシアのこと。勇は戦場しか見られなかったんだ。犬ぞりもバーニャもなんにも知らない。だからお前が教えてやれ、あっちでさ。土産話いるだろ。勇のぶんもいきて、世界見て、謝るついでに話してやれって」
尾はぱちり、とまるで幼子のように目を瞬かせると、やがてゆっくりと瞳を伏せた。
「そうか」
深く吐いたため息はどこか震えていた。
「そんな話を、あの人は、したかったのかもしれないな」
鯉たちにだけ事情を話し、船を用意してもらい見送りも杉一人。尾はいらないと言ったけれど、杉が頑として譲らなかった。
「言っておくが戻ってこないからな」
「わかってるよ、戻ってきたらぶっ殺してやる」
以前とは逆の言葉に尾は小さく笑んだ。顔を覗かせた太陽に照らされる姿はどこか眩しくも見え杉は目を細めた。
「お前ってさ」
ちらりとこちらを振り返った姿に、杉はこれ見よがしにため息を落としながら言った。
「強いよな」
認めたくはないが。そんな言外の言葉も尾はわかったのだろう。いつものように髪を撫で、誇らしげに顔を上げて尾は笑う。
「どんなもんだい」
その後、白から届いた手紙に触れた杉はざらりとした異国の紙に目を細めた。
中に入っていたコインの輝きは、あの日見た夜明けの輝きにどこか似ていた。そういえば、戻ってこないとは言われたが追いかけてくるなとは言われてないな。そう考えながら杉が見上げた空を、自由な鳥たちが悠々と舞っていた。