後鏡(きぬかがみ)……まだ、眠っておいでなさい。
微睡の中に、愛おしい人の声を聞く。
再び目を開いた時、その人は居ないのだろう。それが哀しくて手を伸ばすのに、優しい声と手のひらに甘やかされて、再び瞼を下ろしてしまう。甘い微睡に誘われて、再び深い眠りの中へと落ちていって――。
独り、目覚める朝が来る。
眠りの海から、掬い上げられるようにして浮かび上がる。覚めきらぬ身体で最初にしたことは、傍にあったはずの――、そこに居てくれたはずの、離の薬売りの温もりを探し求めることだった。
自分は還り来た身で、かの人は翌朝には発つ身であった。久しぶりに顔を合わせたのに、語らう時間も取れないとは。そう嘆いたのを聞かれていたのか、離は夜半にも関わらず、坤を訪ねてきてくれたのだ。それが嬉しくて、短い逢瀬を惜しんで共寝をねだった頑是ない子供のような我儘を、かの人は拒まず、許してくれた。
1930