利己的ジェネリック 放課後、アズールは寮長として頼まれた仕事をすませ、寮へ戻ろうと廊下を歩いていた。授業が終わってから時間が経っているためか、普段騒がしい廊下には誰もいない。部活がある生徒は部活へ、帰寮する生徒はすでに寮に戻っている時間なのだろう。まだ明るいこの時間にひと気のない学園を歩くことに新鮮さを感じる。
一人になると、オーバーブロットしたときのことを思い出してしまう。
契約書を失い、二人に幻滅され、何もかも失ったと思った。けれど、二人はそばにいるし、アズールの作ったモストロ・ラウンジは変わらずある。
母が離婚したとき、母はアズールと祖母がいるから大丈夫だと優しく微笑んだ。そのあとに「リストランテもあるし!」と言った母の目には力強い光があった。その時の気持ちが今はとてもよくわかる。家族のいる家とは違う居場所。頭に思い浮かべれば、胸のうちから誇らしさと意欲が湧いてくる。
そして、その思い浮かべたモストロ・ラウンジには必ず二人がいた。
自分から離れず、一緒にいることを選んだ二人。不思議で仕方がない。情けない姿を見せて、幻滅されて。きっともう離れていくだろうと思っていた二人の距離は、むしろ近くなった気がする。
オーバーブロットをしてからというもの、以前契約した生徒たちが自分を狙ってくることがたびたびあった。これまでは体調をくずしたアズールを気遣って、放課後は双子たちのどちらか、または二人ともが側にいた。もう大丈夫だから、と二人をなんとか説得したのはつい昨日のことだ。
そんなに自分は信用ならないのか、弱いと思っているのか。そう問いつめると、渋々ながら二人は引き下がった。
一人きりになってせいせいしているのか、さみしいと感じているのか、アズール自身もよくわからなかった。こうして一人で歩いていると、横に二人がいないことに違和感を感じてしまう。全く自分で自分がわからない。
どちらにしろ、モストロ・ラウンジへ行けば、嫌でも会えるのだから、今はひとりぼっちの時間を堪能しようと、いつもよりはゆるやかに歩を進めた。
鏡舎へ続く廊下を曲がると、急に分厚い雲が太陽の光を遮ったように目の前が暗くなった。急に天気が変わったのかと、窓の方へ顔を向けると、辺りには煙のようにうっすらとした黒い霧が漂っている。
何かの魔法か、と思った瞬間。黒い霧はアズールの周りへ集まり、光が消え、視界を奪った。自分の周りに結界が張られた感覚。さらに闇が凝縮されたように濃くなる。咄嗟にマジカルペンを手にし、防衛魔法を使おうとするが、それと同時に腕と足に何か巻きつき、手からペンが離れてしまった。
「くっ」
カラン、とペンが落ちる音が響く。さらに重ねて魔法を使おうとしているのか、くぐもった声で詠唱が聞こえてきた。その声が耳に入ると、頭の奥が重くなるような眠気が襲ってくきた。催眠魔法か。そう感じ、抵抗しようと手を痛いほどにぎゅっと握りしめ、一度大きく息を吸う。
押し潰すようにのしかかってくる眠気に抗いながら、昨日の今日でこれでは二人に怒られてしまうな、と苦笑する。
さて、どうしましょうかね。考えを巡らせながらアズールは瞼を閉じた。
◇◇◇
アズールを拘束した犯人たちは、人気のない学園の裏にある森の中へ移動し、抱えてきたアズールを地面に放り出した。
「ははっ、やったな。楽勝だったじゃん」
「やっぱりユニーク魔法とあの双子さえいなきゃたいしたことねーな」
「おい、とっとと痛めつけてやろうぜ」
甲高く耳障りな声。ふざけた低音の声。男たちは万が一を考え、正体がバレないよう安物の魔法薬で声を変え、さらに玩具の仮面を被っていた。
彼らはアズールがオーバーブロットし、契約で奪ったユニーク魔法が使えなくなったと噂で聞いてから、すぐには行動を起こさず、しばらく様子を見ていた。噂を聞いたとたん襲いに行ったサバナクロー寮の血気盛んな生徒たちは、あのヤバい双子に全てやられたという。
であれば、一人の時を狙い、複数で襲いかかろう。協力することが苦手なこの学園の生徒としては珍しいことかもしれない。しかし、自分たちは喧嘩が強いわけでもなく、魔法が飛び抜けて強いわけでもない。お互いが計画を実行するための歯車。そう、寮の精神に基づき熟慮を重ねた結果だ。ずっと鬱屈した思いを抱えていた者同士で、計画を練り、機会を窺っていた。そして絶好のチャンスがやってきたのが今日である。
「よし、そろそろやるか」
一人の男が倒れているアズールを蹴りつけようと、足を上げた瞬間。
「ああ、大丈夫です。起きていますよ」
倒れたままのアズールが声をあげた。ふいを突かれて、蹴り飛ばそうした男は後ろに飛び退いてしまった。倒れたまま動けない状態で、自分に復讐しようとしている人間に囲まれているというのに、アズールは落ち着いた様子で薄笑みを浮かべ、三人を見つめていた。
「催眠魔法ちゃんと効いてねーじゃん」
「う、うるせー、落としたときに起きたんだろ。どうせ起こすんだからいいじゃねーか」
催眠魔法が得意だと自慢していた男に文句を言う。何をしても起きないと豪語していたくせに。だが、ここまで誰にも見つからずに連れて来られたのだから、十分だろう。
「あの、時間がもったいないのでご用件をお願いできますか?」
腹立たしいほどこの場にそぐわない涼しげな声がした。その声に互いの顔を見合わせ、本来の目的を思い出す。縛られて転がって窮地にいるはずの男の余裕ぶりに沸々と怒りがこみ上げてきた。
しかも先ほどの薄笑いとは違って、今度はモストロ・ラウンジで見せるような胡散臭い笑顔だ。初めて見たときは、優しそうで誠実そうだと思った笑顔。自分たちはこの顔とペラペラとよく喋る口に騙された。それを思い出し、余計に腹が立つ。
「わかってんだろ? お礼しに来たんだよ」
「契約書なくなって今は人の魔法使えないんだろ?」
「双子がいなきゃ、お前なんて怖くねーんだよ!」
口々に思いをぶつける。そう、そんな腹の立つ男は今、自分たちの前で無様に転がっている。強がって見せたところで、これからこいつは泣いて助けを乞うことになるのだ。
「人のユニーク魔法さえ使えなければおまえなんてたいしたことねーだろ。オーバーブロットしたばっかりじゃ、マジカルペンなしで魔法なんて使えないよなあ?」
一番背の高い男がアズールのマジカルペンをポケットから取り出し、それを見せつけると再びポケットに仕舞った。
「お礼ですか? すでに対価はいただいているのでけっこうですよ。そんな格好をしているから仮装パーティーにでもご招待していただけるのかと思いましたよ」
「うるせー、これなら俺らが誰だかわかんねーから、魔法使い放題だろ。なにせ、たくさん恨み買ってるからなーアズールさんは」
そう。この男を恨んでいるのは自分たちだけではない。犯人が誰か探しだすのは難しいだろう。日頃の行いというやつだ。自業自得。確か、この男のいる寮のモットーは自己責任だったはず。しっかり責任を取ってもらおう。仮面の下で笑みを浮かべた。
「いえいえ、ちゃんとわかりますよ。スカラビア寮の先輩方ですね。協力して僕を拘束するなんで、なかなかの連携です。褒めて差し上げましょう」
アズールは続けて、自分たち三人のクラス、名前、部活、ユニーク魔法などをあげ始める。
「ああ、ご安心ください。僕に相談した内容は守秘義務がありますので言いませんよ。お互い知られたくないこともあるでしょうし」
「な、なんでわか……」
「契約したお客様のことは忘れませんよ」
くすくすと笑うアズール。状況ははじめから変わっていない。縛られ地面に転がるアズール。それを見下ろす自分たち。普通に考えればまだ自分たちは優位に立っているはず。正体がバレようと奴の方がピンチのはず。それなのに焦りを感じる。
「おい、どうする?」
「や、やめるか? バレずやるつもりだったのにこれじゃあ……」
背の低い一人の男は怖じけづいたようだ。元々、少し痛めつけて逃げるつもりだった。魔法を使ったことが学園にバレたらまずいことになる。それ以上にあの双子にバレたら、と思うとこのまま逃げた方が利口ではないだろうかとも思えてくる。
「知るか! ここまでやって今さら退けるかよ! とにかく俺は今までの恨み返せればいいんだよ!」
なかばヤケクソ気味に自分たちの中で一番血の気が多い、背の高い男が言う。
今度こそアズールを蹴りつけようと再び足を上げる。すると辺り一面に黒いもやのような物が漂いだした。だんだんと濃縮されたように暗くなる。暗い、というより黒い。
「は? おい、なんでユニーク魔法使ってんだよ! 逃げる気か!?」
黒い霧は背の低い男のユニーク魔法だ。怖気付いた男が発動させたのかと、怒声を上げる。
「違うよ! 俺じゃない!」
「はあ!? 何言ってんだよ! おまえじゃなきゃ……」
その時、先ほどアズールを襲ったときを再現するかのように、身体に何かが絡み付いてきた。足を取られ、三人はバランスを崩し、土の上に音なく倒れる。
ぎゅうと締めつける魔力の束。絡みつく蛇が頭に浮かぶ。これは、俺のユニーク魔法だ。
「うわっ!」
「痛って!」
「くそっ」
驚きと身体を打ちつけた痛みに声をあげた。その声が遠い。違和感。自分の声なのに遠くから聞こえた気がした。耳がおかしい。音がおかしい。
「あれ? なんだ……これ、なんか変だ……」
口から出した声が闇に吸い込まれるように消えていく感覚。そうしている間に足だけでなく、腕にも魔力が巻きついてきた。
「おい!……おい! なんだよ、これ!?」
大声で叫んでも、声は響かない。森の中にいるはずなのに、どこか別の空間へ来てしまったような気がする。
身体は拘束され、身動きも出来ない。闇の中、何も見えない。縛られている手の指先が触れた土の感触に、あの森なのだとわかってほんの少しだけほっとする。
「おい! おまえらいるか? 聞こえるか? なあ! おい!!!」
喉が引き攣れるほど、声を張り上げ叫んでも、音は消えていく。叫ぶのをやめると、今度は自分の心臓の音と骨の軋む音が聞こえる。気持ち悪い。目を瞑っても開いても、全く変わらない黒。静寂。心臓の音がうるさい。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。誰か助けてくれ。怖い。怖い。こわい。いやだ、たすけて、おとが、こわい、くらい、たすけて。
精神に恐怖が染み渡り、動くことも出来ず、ただ血の流れる音を聴き、土の匂いを嗅くだけの塊になりかけたとき、光が戻った。
「……ぁ? ああ、もどっ……た? ……」
突然戻った視界と声の感覚に安堵を感じる。身体を拘束も解けていた。
長い時間だったのか、短い時間だったのかもわからない。
「いかがでしたか?」
アズールの声に三人が声のした方を見ると、奪ったはずのマジカルペンを持ち、優然と自分たちを見下ろすアズールがいた。先ほどと逆転している。今のはこいつの仕業か? モストロ・ラウンジに来た客に挨拶でもするような笑顔。
先ほどの恐怖を思い返してゾッとする。あんな恐ろしい、あんな残酷な魔法を使っておいて綺麗に笑うのか。
自分を孤独な闇に落としたのはこの男であるのに、魔法を解いてくれた、それだけでその闇から救ってくれたように感じた。復讐しようとしたことが、大きな過ちであったと激しい後悔の念が湧きでてくる。
目が光に慣れ、ようやく頭が動き始めると、疑問が湧いてくる。
「……なんで、どうやってマジカルペンを。それにこれは俺のユニーク魔法。使えないはずじゃ……」
黒い霧のユニーク魔法を持つ男が訊ねる。
「マジカルペンがないと魔法が使えないわけではありませんよ。大量の魔力を消費する魔法を使うと危ないというだけです。ポケットから移動させるだけの魔法ならたいしてブロットは溜まりません」
そう言われてみればそうだ。学園に入学してから魔法を使うときは、必ずマジカルペンを使うよう指導され続けたので忘れていた。物を移動させる初歩的な魔法ならば、気にすることもないだろう。
「それと、先ほどのはユニーク魔法ではありません。普通の魔法です」
「え、そんなはず……」
「ふふ。特別授業をしてあげましょう」
そう言って、にんまりとまた綺麗に笑った。
「ユニーク魔法は本人の資質に依りますが、一種類の魔法が強力になるか、複数の魔法を複合し発動させるかの二種類なんですよ。前者なら威力は弱いが似た魔法は使える。後者なら使われている魔法が全てわかれば再現出来ます。僕は手に入れたユニーク魔法は実際に使ってみて解析します。複雑に混ざり合った魔法を、ほどいて、ばらばらにして、また紡ぎ合わせる。これを完璧に理解するまで繰り返します。もちろん本物より弱くなったり、発動に時間がかかったりしますし、僕と合わなくて全く使えないものもありますが……」
くすくす笑いながら、淀みなく解説を続ける。
「そちらのあなたのユニーク魔法は黒い霧の召喚、増幅、移動、そして結界を張って凝縮し、相手の視界を奪うもの。たった四種類です。単純過ぎてユニーク魔法と言ってよいのか。それから、あなたは……」
そう言いながらこちらを見る。
「魔力を蛇のように変化させ絡みついて相手を拘束する。蛇は筋肉は強靭ですからね。いいチョイスだと思います。僕は蛇ではなく想像しやすいものに変更させていただきましたが……。ああ、本物より弱くなる、と言いましたが、それは同程度の魔力で使った場合のことです。あなた方のユニーク魔法程度なら僕のただの魔法の方が強いです」
複合魔法を発動させるのは難しく、普通の生徒であればせいぜい二種類。優秀な者でも四種類となれば時間をかけて詠唱してやっと出来るもの。さらにはユニーク魔法と見紛うほどの威力。それを当たり前のように使ってみせた。
やっとそれが何を意味するのか理解して、その恐ろしさに気づく。そもそも、「オーバーブロットをした」という事実は、オーバーブロットできるだけの魔力があるということだ。自分たちとは魔力の桁が違う。バケモノ、と思わず口に出かかるが、それを飲み込む。
「授業はここまでです。さて、どうしましょうかね? 僕も問題を起こしたばかりですし、魔法を使った私闘がバレたらまずいんですよね。先輩方がこのまま戻って誰かに話してしまったと思うと不安で不安で……」
そして、ふっ、と笑顔が消える。
「もう一度、何も話せなくなるくらい闇の中にいてもらった方がいいですかね? 今度はもっとゆっくりと」
「……ヒィッ……あ……あ……」
「はい? なんですか?」
「い、言いませんから、許して……ください……」
先ほどの虚無と暗闇を思い出し、喉の奥から搾り出すように答える。他の二人も続けて声を出す。
「…俺も…誰にも言いませんからっお願いします!」
「絶対、言いませんっ!」
「ふふ、ありがとうございます。そうそう、それと今、モストロ・ラウンジの従業員を募集しているんです。あなた方はイソギンチャクの中でも優秀でした。内心はどうあれ、勤務態度は真面目。今回も各々が得意な魔法を使った連携。襲ったタイミングも完璧です。後先考えないどこぞの野蛮な寮の方々とは違って、行動を起こした後のことも考えて正体を隠していた。実に素晴らしい! 流石は熟慮の精神を持つ寮の生徒だ。優秀な人材は歓迎です。先輩方いかがですか?」
「「「やります!」」」
「ありがとうございます。今日は僕とバイトの話をしただけ。ということでよろしいですね? ではバイトの契約書を作成しますので、そちらにサインを」
◇◇◇
鏡舎へ入ると各寮へと続く鏡が並んでいる。アズールはオクタヴィネル寮へ繋がる鏡の前に立つ。鏡に映る自分を見て、髪に土がついていることに気付いた。危ない。ジェイドに見つかったら、問い詰められ、大量の嫌味を言われるに違いない。
手で払うだけでは足りないと思い、魔法を使って身体全体の土と埃を払う。これであとは何事も無かったように戻れば問題ないだろう。
開店を待つモストロ・ラウンジの従業員口から中へ入ると、双子たちが揃って待っていた。
「あ、アズール来た〜」
「お疲れ様でした。アズール」
「おや、早いですね。今日は2人とも部活に行ったのかと思っていました」
「途中で飽きた〜」
「僕もです」
フロイドはわかるがジェイドが? ジェイドの顔を見るとあからさまに嘘ですけど、という顔をしていた。
昨夜の二人を思うと、きっと二人は心配して戻ってきたのだろう。少し前の自分ならそんなことは考えつきもしなかったと思う。でも今はそれくらい自惚れてもいいかな、と思うくらい二人に絆されている。
「何かありましたか?」
ジェイドが訊ねてくる。特段、報告するようなことは起きていない。敢えていうなら、従業員が増えたくらいだ。
「いえ、特に何もありませんでしたよ」
そう言うと、ジェイドがアズールに近づいて、髪に口付けるように顔を寄せ、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「ちょっ!? なんですか!」
逃げようと身を捩ると、今度は横からフロイドが抱きついてきて、肩をがっしりと掴まれる。フロイドはアズールの頸に顔を埋めるとジェイドと同じように匂いを嗅いだ。
「タコちゃんの墨の匂い〜」
「それと土の匂いもしますね。……倒れて墨を吐かないと逃げられないような相手に襲われましたか?」
まずい。ウツボの嗅覚を舐めていた。シャワーを浴びてくるべきだった。と思ったが、そうしたらなんでシャワーを浴びたのか聞かれるだろうから、どちらにしろバレただろうとアズールは隠すことを諦めた。
「少々、”お話し”して従業員を確保しただけです!」
「ほう。ではやはり襲われたと」
「だから今日も付いてくって言ったのに〜!」
「昨日、元契約者で自分を襲って来そうな相手はもういないと自信満々におっしゃいましたよね?」
「う」
「襲って来たって近づけさません〜って言ってたよね?」
「うう」
二人はアズールが思っているよりも怒っているようだ。ジェイドだけでなく、フロイドまで嫌味を言ってくるとは。フロイドが入れる力がぎゅうぎゅうと強くなり、ジェイドの腕が首に掛かった。回答を間違えたらこのまま落とされる。
「わざとです!」
「は?」
「はぁ?」
「実験してみたかったんですよ! 前に担保にしていただいたユニーク魔法、解析して再現できるようになったので、使ってみたかったんです。なのでわざと捕まりました!」
嘘ではない。襲われたときに二人のことを考えていて、初手が遅れたことは否めないが、嘘ではない。黒い霧に包まれ、ユニーク魔法だと気づいた瞬間、せっかくだから再現してやろうと反撃しなかったのだから。
「黒い霧を結界に閉じ込めて、視界を奪うユニーク魔法だったんですが、僕の場合、墨を霧にするのが楽だったので」
「なるほど。それで墨の匂いが」
「わかったなら離せ!」
アズールはもがくが、二人の腕は緩まない。それどころか再びすんすんと匂いを嗅ぎだす。
「オレ、アズールの墨の匂い好き」
「僕も好きです。エレメンタリースクール時代のアズールを思い出しますね」
「思い出すな!!! そして離せ!!!」
その後も二人はなかなか離れなかったが、アズールがマジカルペンを手にすると、名残り惜しそうにやっと拘束を解いた。
「それと新しい魔法も使って見たかったんです。あなたたち以前、街の楽器店でピアノの試弾をさせてもらった時の部屋を覚えていますか?」
「あー、あの部屋オレきら〜い。気持ち悪かったぁ」
「防音室ですね。壁に吸音材が貼ってあって音が反射しない。……それが何か?」
「あれを結界に使えないかと思いましてね。色々研究して音が完全に響かない無響結界を作ったんです。黒い霧と合わせたら高い効果を得られるのではないかと。人間相手に使ったらどうなるか一度見てみたかったので。結果は上々でした。これをジェイドの『かじりとる歯』と組み合わせたら、どんな相手とも”お話し”できると思いませんか?」
「……完全な闇と無響結界」
「……アズール、えっぐ〜」
二人はそれを想像したようで、顔を歪めた。アズールも自身を結界で包み、わずかな時間試してみたが、二度とやりたくないと思った。音が響かないというのは、たった一人世界に取り残されたような、そんな感覚だった。それと闇を合わせたら、さぞかし嫌だろうなと考えたら魔法だ。二人なら面白がると思ったのだが。
「えっぐ〜」のあと黙り込んでしまった双子に、もしかして、引かれてしまったのだろうかとアズールは少し不安になる。
「……僕は慈悲深いので五分でやめてあげましたよ?」
二人の顔を伺うように伝える。
「ふっ、ふふふっ」
「あはっ! 全然フォローになってねーし!」
アズールの言葉がどこかツボに入ったのか、二人はひとしきり笑った。
「ねえ、アズール。やっぱり明日からも送り迎えするね」
「なんでだよっ!? 今までの話聞いてました!? 全く問題ありませんでしたよ!」
「違いますよ。そんな楽しいこと一人でするのはズルいです」
「うん、オレ見たかった〜。ずっと一緒にいればアズールが面白いことするの見逃さないでしょ?」
二人はキラキラとした目を向けてくる。その光は海にいた頃と変わらない。
「……え、ええ、そういうことなら、仕方ないですね。いいでしょう!」
「やったー!」
「ありがとうございます」
こうして、前にも増して二人と一緒にいることが多くなった。うっとおしいと思う時もあるが、二人が自分について来るのは、二人が自分といるのが面白いと思っているということ。そう思うと、なんというか、ふつふつと胸がむず痒いというか、くすぐったい気持ちになる。
もっと二人に楽しいことを見せたい。新しい何かを見せたい。この先もずっと。